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「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第3部 隣国帝国編・皇太子妃候補とシリーズ最大の揺らぎ

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第10話 追跡戦と、脚本を書き換える影

「――逃がすものか」


 石の回廊に靴音が弾け、松明の火が揺れた。

 黒い核を抱えた影が前を走る。薔薇の形をしたはずの聖遺物は、腕の中で光を吸い、影だけを増やしていた。


 追うのは、わたくしとユリウス殿下。背後からリディア殿下の指示が飛び、帝国騎士が続く。

 けれど狭い地下では隊列が伸びる。呼吸の音すら武器になる。


「レティシア、どっちだ」

「左です」

「曲がった先で段差が来ます」


 配置図で見た線が、脳裏で重なる。前世の地図の感触も混ざり、現実の石壁に貼りつく。

 その瞬間、視界の端がちらついた。

 黒い文字列。拒否不可。閲覧権限。

 聖遺物が近い。


 影が角を曲がると同時に、低い祈りが落ちた。

 空気が冷える。香が甘く濃くなり、喉が粘る。


「止まれ」


 ユリウス殿下の声が硬い。

 次の瞬間、床がうねった。


 崩落。

 石が鳴り、粉塵が舞い、松明が倒れて火が跳ねた……


 ユリウス殿下の腕が、わたくしの肩と腰を強く引く。

 背中が壁にぶつかり、息が詰まった。

 覆うように落ちてきた外套が、粉塵から目と喉を守る。


 暗い。

 音だけが近い。

 石が砕ける音と、どこかで誰かが叫ぶ声。


「大丈夫か」

「はい」

「殿下こそ」


 外套の内側は、体温で熱かった。

 胸の近くで、心臓の鼓動が乱れている。わたくしのものではない。

 護るという動作は、ここまで暴力的なのだと知った。


 揺れが止まり、外套が持ち上がる。

 ユリウス殿下の頬に細い血が走っていた。

 それが、妙に現実的で怖い。

 わたくしは手を伸ばしかけ、殿下の血に触れる直前で止めた。

 聖堂の粉塵と混ざった赤が、現実を突きつける。

 殿下がここで倒れれば、帝国も王国も、外交も恋も、別の筋書きへ滑る。


「走れる」

「走れます」


 殿下が頷き、前を見た。

 崩れたのは、追ってきた側の天井だった。後ろの回廊は石で塞がれている。

 影が作ったはずの障害が、こちらを孤立させた。


 けれど同時に、影も戻れない。

 この地下は迷路だ。出口は限られる。


「殿下、真っ直ぐではありません」

「右の細い通路へ」

「君の勘を信じる」


 その言葉で、胸の奥が大きく揺れた。

 信じられることが、こんなに重いとは。


 右へ滑り込むと、空気がさらに冷たくなった。

 壁に、黒薔薇の刺繍と同じ意匠が彫られている。

 祈りのための通路ではない。搬入のための道。


「そこまでです」


 背後で、低い声が落ちた。

 遅れてきた足音が、石を踏み砕く。


 振り向くまでもない。

 丁寧すぎる敬語と、鋭い沈黙。


「クロード様」


 宰相の眼鏡の奥が、暗い。

 目が向くのは犯人ではなく、わたくしの肩に残った殿下の手。


「殿下、距離を」

「距離」

「安全確認です」


 ユリウス殿下が笑いかけたが、咳で途切れた。

 わたくしは喉の奥が痛くなり、目線を走る影へ戻した。

 逃走者の肩が上下し、黒い核が揺れるたびに、周囲の音が薄くなる。

 あれは宝ではない。世界の裏側へ刺さった楔だ。


 逃走者は、扉の前で立ち尽くしていた。

 鍵穴の周囲に、光薔薇教の封印。

 自分で閉めた扉に、自分が塞がれている。

 影が振り返り、短剣の黒光りが走った。

 ユリウス殿下が身を引くより早く、クロード様の杖が刃を弾く。

 金属音が回廊に響き、わたくしの心臓が遅れて跳ねた。


 小さな逆転。

 筋書きの都合で作ったはずの道が、逃げ道を奪う。


「開けますわ」


 指先が勝手に動いた。

 封印の文言の癖が、さっき耳に入った祈りと同じだ。

 扉に触れた瞬間、また黒い文字列が走る。

 拒否不可。

 閲覧権限。


 扉が、重く軋んで開いた。


 部屋の中央に、白い布が敷かれている。

 その上に、黒い核を収めるための箱。

 そして、穏やかな声。


「乱暴はおやめなさい」

「浄化の最中ですよ」


 大司教セルジオ・メルカドが、祈るように手を重ねていた。

 隣には軍服の男。腕章の色が、帝国の近衛を示している。


 逃走者が膝をつき、聖遺物を差し出す。

 儀礼の手つきで受け取る大司教の指が、黒に触れる。


 ――ここまで丁寧に演出して。

 わたくしを悪者にする気だ。


「王国の女が暴れた」

「護衛の名を借りた強奪だ」


 軍服の男が言った。

 その言葉が、あまりに滑らかで腹が立つ。


「違います」


 ユリウス殿下が前に出た。

 血のついた頬のまま、声だけが冷たい。


「ここは皇女の監督下だ」

「勝手に聖遺物へ触れた時点で、君たちは現行犯だ」


 軍服の男の目が細くなる。

 大司教は微笑んだまま、わたくしを見た。


「庭を正すための剪定です」

「棘に触れた者から」


 聞き覚えのある言葉が、背骨を撫でる。

 紙切れに残っていた甘い匂いと同じ形。


 クロード様が、短く息を吐いた。


「ご立派な建前です」

「では本音の勘定は、誰の帳簿に載せるおつもりですか」


 丁寧な口調なのに、刃の温度だった。

 軍服の男が踏み出す。

 その瞬間、扉の外で金属音が鳴った。


「動くな」


 リディア殿下の声。

 崩落を迂回した騎士たちが部屋を埋め、槍先が揃う。

 形勢が、静かに反転する。


 大司教の笑みが、僅かに薄くなった。

 それだけで、勝っていないと分かる。


 黒い核が、箱の中で震えた。

 視界の端に、また文字列。

 けれど今度は、読み取れない。

 黒い霧が文字を塗り潰す。


 霧の奥から、声だけが届いた。


「脚本を書き換えようとする者は、どの世界にもいる」


 声の主は見えない。

 けれど分かる。

 この場を眺め、笑っている。


 わたくしは喉の奥で息を飲んだ。

 書き換える。

 わたくしが、ずっとやってきたこと。

 破滅を避けるために。

 誰かの筋書きを踏み潰すために。


 クロード様が、わたくしの前に半歩出た。

 背中が盾になる。

 その仕草が、さっきの殿下の外套と重なって見えた。


 ユリウス殿下が、わたくしの方へ向き直る。

 目の色が、政治の冷たさではない。


「レティシア、今夜のことを、君に……」


 言葉が途切れた。

 粉塵の残る空気の中で、殿下の手がわたくしの肩に触れる。


「政治を抜きにしても、僕は君を――」


ここまでお読みいただきありがとうございます。殿下の言葉の続き、そして脚本を書き換える影の正体――次話で一気に動きます。面白かった、続きが気になると思っていただけたら、広告下の【☆☆☆☆☆】から評価&ブックマークで応援して頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いします。


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