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「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第3部 隣国帝国編・皇太子妃候補とシリーズ最大の揺らぎ

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第9話 黒薔薇の夜、浄化儀式の幕が上がる

「黒薔薇の夜」と呼ぶのだと、案内役の若い神官が笑った。

 笑い声が、神殿の石壁に吸われて消えるまでの間に、わたくしの手元へ薄い紙束が押し込まれる。

 式次第。参列者名簿。配置図。

 そして、わたくしの名前の横にだけ、朱で印が打たれていた。

 聖遺物の傍。最前列。逃げ道のない場所。

 胸の奥が、冷たい指でつままれたように縮む。


 今夜、帝国は「浄化」と呼ぶ儀式で、黒薔薇の聖遺物を台座から降ろす。

 そして前世の筋書きでは、その直後に「強奪」と「濡れ衣」が来る。

 戦争の導火線は、いつだって清らかな言葉で巻かれていた。


 控え室の扉を閉めた途端、空気が少しだけ軽くなった。

 皇太子ユリウス殿下と皇女リディア殿下が、机の上に地図を広げている。

 クロード様は壁際に立ったまま、窓の外の神殿を見ていた。眼鏡の縁が、灯りを細く反射する。


「式次第、やっぱり最前列だね、君は人気者だ」

「人気の内訳が不穏すぎますわ」

「姫君、危なくなったら僕が攫うよ」

「殿下」

 クロード様の声が、いつもより硬い。

 丁寧な敬語が、刃物みたいに綺麗で、だから余計に怖い。


 リディア殿下が額に手を当てた。

「その冗談、今は控えて、護衛の取り合いは後でやって」

「取り合いじゃない、合理だ」

「合理なら尚更、黙って配置を決めて」


 わたくしは式次第の紙を机へ置き、指先で朱印を叩いた。

「内部は殿下方、神殿の人間と動線を握れる」

「外周は王国側、濡れ衣を防ぐ証拠確保」

「同意だ、君と僕で内部を押さえる」

「殿下」

「内部は危険です、皇女殿下の護衛は帝国騎士団で充分でしょう」

「充分じゃないから、君に頼むんだよ、宰相殿」


 言葉の応酬は軽いのに、互いの目だけは真剣だ。

 この国では、恋と政治が同じ机の上に置かれる。

 ……王国でも似たことはある。でも帝国の方が、堂々としている。


 クロード様が、わたくしの手元に湯気の立つカップを置いた。

 香りは紅茶。甘さが、先に鼻へ来る。

 砂糖、入れ過ぎですわね、と言いかけて飲み込んだ。

 今それを言えば、わたくしは自分から火種を撒く。


「レティシア」

「最前列に立つ必要はない、配置は交渉で動かせる」

「動かせないから朱印があるのですわ」

 わたくしは紙面から目を離さずに答える。

「でも、動かせないなら利用します」

「最前列は、誰が聖遺物に触れるか見える場所ですもの」

「利用、ね」

 ユリウス殿下が口角を上げた。

「君は本当に、戦場の歩き方を知ってる」

「戦場を歩きたいわけではありませんの、歩かされるのが嫌なだけですわ」


 クロード様の気配が、わずかに揺れた。

 その揺れが、わたくしの胸の奥へ刺さる。

 この人は今夜、宰相としてではなく、婚約者としてわたくしを止めたい。

 でも止めれば、筋書きが勝つ。

 わたくしは、破滅ルートを拾い直す趣味はない。


 扉がノックされた。

 先ほどの若い神官が顔を出す。笑みは消え、儀礼の仮面だけが残っていた。

「レティシア様、……お席の変更がございます」

 耳が熱くなる。

 嫌な変更ほど、儀礼の場は丁寧に告げる。


「変更?」

「はい」

「大司教セルジオ様のご意向で、聖遺物の傍へ、浄化の証人として」

 わたくしの指先が冷える。

 最前列どころではない。聖遺物の傍。台座の影。……逃げ道は消えた。


「断ります、と言える立場ではないな」

 リディア殿下が低く言った。

「でも、逆に言えば……内部を押さえる口実ができた」

 ユリウス殿下の目が、鋭くなる。

 小さな逆転。足場が崩れたと思った瞬間、別の足場が出現する。

 筋書きが用意した席なら、座り方はこちらで決める。


 クロード様が、わたくしの手首へ触れた。

 指は冷たいのに、圧は強い。

「……無理はするな」

「無理はしません、必要なことをしますの」

 言い切ってしまった途端、自分の声が遠く感じた。


 儀式の開始を告げる鐘が鳴る。

 音は澄んでいる。澄みすぎて、背筋が凍る。


 回廊を進むと、香が濃くなる。

 黒い布で覆われた柱。薔薇の意匠。花びらが、床へ撒かれている。

 参列者の衣擦れは静かで、静かすぎて、逆に息が荒く聞こえる。


 案内された場所は、台座の真横だった。

 黒い覆いの向こうに、聖遺物がある。

 視界の端が、わずかにちらつく。文字列のような、光の残像。

 気のせいだと決めたいのに、心臓がそうは言わない。


「姫君」

 ユリウス殿下が、背後から囁く。

「君の顔色は信じる、無理だと思ったら合図して」

「ありがとうございます」

「顔色で政治を動かす殿方は、帝国らしいですわね」

「褒め言葉として受け取るよ」

「受け取らないでくださいませ」


 その会話の隙間へ、クロード様の気配が割り込む。

「殿下、彼女の合図は私にも送っていただきたい」

「もちろん、嫉妬?」

「安全確認です」

「嘘」

 リディア殿下が即答した。

 わたくしは笑いそうになり、喉の奥で止めた。

 笑えば息が乱れる。息が乱れれば、相手に弱さを渡す。


 聖歌が始まる。

 光薔薇教の旋律は、王国より低く、長い。

 言葉は祝福。浄化。平穏。

 けれど混ざる。混ざるのだ。


 大司教セルジオの声が、穏やかに響く。

 同じ口調で、祈りと命令が並ぶ。

「……世界の筋書きを正し」


 花びらが降る。

 白い薔薇のはずなのに、灯りの加減で灰色に見えた。


 参列者が膝をつく。

 帝国式は左から。王国式は右から。

 身体が迷い、次の瞬間、訓練されたように左が落ちた。

 誰かが用意した台本が、わたくしの関節まで知っているみたいで腹立たしい。


 僅かな距離の向こうで、黒い外套が揺れた。

 神官の衣ではない。騎士団でもない。

 袖口に、黒薔薇の刺繍。

 見た覚えのある意匠が、胸の奥で嫌な音を立てる。


 聖歌の裏で、別の囁きが交わされた。

「物語を正すために」

「棘を恐れず」

 言葉は消えたのに、意味だけが残る。


 手袋の指が、台座の留め具へかかる。

 大司教が祝詞を高くした瞬間、参列者の視線が揃う。

 今だ、と世界が言う。


 覆いが外され、黒い核が姿を現した。

 薔薇の形に見えるのに、花弁は硬い石だ。

 光を吸う。音を吸う。祈りすら吸う。


 わたくしの視界が、またちらついた。

 黒い文字列が、まぶたの裏へ走る。


 台座から聖遺物が離れた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。黒薔薇の夜、聖遺物が動きました。次話は追跡と現行犯――誰が脚本を書いているのかを掴みに行きます。「続きが気になった」「この三角関係が好き」と思ったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで背中を押していただけると励みになります。


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