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「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第3部 隣国帝国編・皇太子妃候補とシリーズ最大の揺らぎ

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第7話 戦争ルートの式次第と、凍りつく背筋

 日付も、場所も、順番も――前世で見た画面と同じだった。

 帝国から届いた封書は、薄いのに重い。封蝋の黒薔薇が、指先に刺さるみたいに冷たい。


 表題は「黒薔薇聖核浄化儀礼 式次第」。

 わたくしの喉が、勝手に鳴った。


 序、参列, 祝詞、献納、聖核奉安、誓約文朗読、閉式。

 欄外に、王国特使の名で空欄が用意されている。


 次の頁。添えられた挿絵のせいで、視界が揺れた。

 硝子の棺に眠る黒い核。薔薇の棘みたいな曲線。見ただけで、こめかみが脈を打つ。


 ……嫌だ。

 あれに触れた瞬間から、戦争が始まる。


 背後で扉が開く音がした。

 わたくしは反射で紙を伏せる。遅かった。


「レティシア」

 クロード様の声は低い。怒っていないのに、逃げ道が消える声だ。


 机の上から封書を拾い上げられた。紙が擦れる音が、やけに大きい。

 わたくしは笑おうとして、失敗した。


「顔色が悪い」

「……帝国の朝は、空気が硬いだけですわ」

「言い訳の精度が落ちている」


 指先が、わたくしの額に触れた。冷えている。

 その接触だけで、張り詰めていた何かがほどけかけるのが悔しい。


「これは何だ」

 クロード様が式次第を開き、視線を走らせる。

 挿絵の頁で、眉が僅かに寄った。


「……気分が悪いのか」

「気分だけなら、可愛いのですが」

「可愛いで済まないから聞いている」


 逃げても、椅子は奪われる。

 わたくしは息を吸って、口の中の乾きを噛みしめた。


「この順番が……覚えのある筋書きと重なりますの」

「筋書き」

「前世の記憶ですわ。戦争に繋がる方の」


 クロード様の目が細くなる。理性の光。

 それでも、式次第の最後の欄外で止まった。


「誓約文朗読。王国特使が読むのか」

「空欄が、わたくしの名前を待っています」

「……その役は、断ればいい」


 その言葉が優しいほど、胸が痛い。

 断れば、帝国の面子を潰す。受ければ、濡れ衣の舞台に立つ。


「断って済む相手なら、最初から呼ばれていませんわ」

 言い切った瞬間、こめかみがまた痛んだ。

 挿絵の黒が、紙の外へ滲み出す錯覚。


 クロード様の手が、紙を閉じた。

 強引ではない。けれど、決定を宣言する動き。


「ならば、情報を増やす。君の不安が根拠なら、それを数字に落とす」

「……はい」


 気丈に頷いたつもりが、声が震えた。

 怖いのは戦争だけではない。筋書きが、わたくしを道具にすることだ。


 その時、廊下の向こうから軽い足音が来た。


「姉上。王国の黒薔薇令嬢を借りるよ」

 扉も叩かずに顔を出したのは、皇太子ユリウス殿下だった。


「借りるではなく、相談を持ち込む、の間違いですわ」

「細かいね。君のそういう所が好きだ」


 好きだ、と平然と言える顔。

 横でクロード様の空気が、静かに冷える。


「クロード卿。君も来る?」

「当然だ」


 皇太子が肩を竦める。


「うん。君はそう言う」

「殿下はそう言うと分かっていて誘ったのでしょう」


「僕は、君たちの会話の結論が早いのが好きだ」

 皇太子は笑って、わたくしの手元の封書を見た。

 視線が紙に触れた瞬間、真顔になる。


「……それ、式次第?」

「はい」

「君、顔色が……いや。君の顔色は、嘘をつけない」


 軽口の形をした警告。

 わたくしは頷き、紙を抱え直した。


 場所は皇女リディア殿下の私室に付属する書庫だった。

 壁面を埋める年代記。戦役記録。議会の議事録。宗教儀礼の年表。

 皇女は机の上へ紙束を広げ、筆を走らせていた。


「来た。ちょうど良い」

 リディア殿下は挨拶より先に言った。目が、研究者の光だ。


「あなたの言う『筋書き』、仮説として扱う。証拠を積む」

「助かりますわ」

「助かるのは私の方。帝国史の穴を、外から刺してくれる」


 わたくしたちは年表を並べた。

 浄化儀礼が行われた年に印を付け、その直後の国境紛争を重ねる。

 指先が止まらない。偶然ではない、と数字が言っていた。


「……全部、儀礼の後」

 わたくしの声が、自分でも信じられないほど掠れた。

 背筋が冷え、呼吸が浅くなる。


 リディア殿下が、紙の端に式を書き始める。

 書かれるのは言葉の式だ。


「浄化儀礼→聖遺物騒動→国境衝突」

「そこに、外交の失敗が挟まるのですね」

「失敗じゃない。演出の可能性」

 皇女はさらりと言った。帝国を愛しているからこそ、容赦がない。


 わたくしの中で何かが反転した。

 戦争は、向こうから来る災厄ではない。

 誰かが、順番を作っている。


 怖さが形を持った瞬間、涙が出そうになった。

 わたくしは紙の端を握り、爪を立てて堪える。


「レティシア」

 クロード様が、わたくしの手を上から覆った。

 熱い。現実の温度。


「呼吸を」

「……はい」


 皇太子が机に肘をつき、式次第を指で叩いた。


「で。君の記憶の戦争ルートは、どこから始まる?」

「最初は……聖遺物が消えます」

「盗難か」

「はい。次に、王国の特使が疑われます」

「濡れ衣」

「最後に、国境で火が上がります」


 言葉にした途端、胸の奥がさらに冷えた。

 わたくしがここにいるだけで、犯人役の椅子が用意されている。


 クロード様が短く息を吐いた。


「聖遺物強奪。濡れ衣。開戦」

 3つの語が並んだだけで、書庫の空気が重くなる。


「殿下」

 わたくしは皇太子を見た。

 この人は軽い。けれど、軽さの奥に刃がある。


「信じてください、とは申しません」

「うん。僕はゲームの話は信じない」

 皇太子は即答し、次いで笑った。


「でも、君の顔色は信じる」

 その言い方が、妙に救いだった。


 リディア殿下が頷く。


「なら対策。まず、聖遺物区の警備を皇族権限で増やす」

「増やすだけでは足りない。内側から抜かれる」

 クロード様の声が冷える。相手が帝国でも遠慮がない。


「公開の記録を残す。警備配置も、入退室も」

「良い。逃げ道を塞ぐ」

 皇太子が指を鳴らしかけて、やめた。帝国式の癖が出たのだろう。


「問題は濡れ衣だ。君が誓約文を読むなら、目立つ」

「目立たないなら呼ばれていませんわ」


 わたくしは笑って、すぐに笑えなくなった。

 恐怖が喉を締め付ける。わたくしが怯えれば、相手の筋書きが勝つ。


「……わたくしの役は、変えられます」

「どうやって」

 クロード様が即座に問う。目が真剣だ。


 わたくしは式次第の欄外を指した。

 そこには、誓約文の雛形が添えられていた。

 文末に、小さく花の言葉が挟まっている。


 庭を正すための剪定。

 それは、丁寧な言葉の形をした刃だった。


「この台本の通りに転ぶほど、退屈な女ではありませんので」

 自分の声が、自分の耳に遠い。

 それでも言い切った。震えを押し殺して。


「では、ここで選択肢を変えましょう」

 わたくしはそう言って、雛形の頁を裏返した。


 裏には、追記があった。

 大司教セルジオの筆跡らしい、流麗な文字。


 大神殿視察 明日正午。特使は聖遺物前へ。


 視界が白くなる。

 挿絵の黒薔薇が、また脈を打つ。こめかみに杭が刺さったみたいに痛い。

 紙の隙間から、見覚えのない文字列が瞬いた気がした。


 明日。

 わたくしは、あの黒い核と対面する。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。式次第の裏に書かれた「明日正午」――レティは大神殿で何を見せられるのか。

続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります。感想も一言でも嬉しいです。

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