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「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第2部 国庫再建と闇商会、薔薇の使徒の資金源を断て

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第8話 山賊の包囲網と、過保護宰相の限界突破

「白い棘を、北側の庭へ」


 闇から飛んだその声が、合図みたいに山道の空気を変えた。

 直後、馬車の屋根に矢が突き刺さり、乾いた音が木を割った。

 御者台が跳ね、馬が悲鳴に近い嘶きを上げる。

 わたくしの心臓も、同じ調子で暴れた。


 前世の画面が重なる。固定されたカメラ。狭い山道。飛び出す山賊。攫われるヒロイン。

 ここでスチルが入って、選択肢が出て、取り返しのつかない分岐が始まる。

 ……でも今は、攻略本の余白ではない。現実だ。


 わたくしは唇を噛み、背筋を伸ばした。

 ここから先は、わたくしが書き換えたルートだ。


「中を開けろ! 金と女だ!」


 荒い声が車輪の横から響く。

 馬車の扉が叩かれ、鍵が軋む。

 護衛役の兵が息を呑む気配がした。わたくしはあえて震える息を漏らし、手袋の指先を丸める。


「お、おやめ……くださいませ……!」


 声を細くする。怯えた令嬢の演技は、わたくしの得意分野だ。

 扉が開いた瞬間、土と汗の臭いが雪崩れ込む。

 男が顔を突っ込んできた。頬に古い傷、腕には雑な薔薇の刺青。

 布の旗の端にも、棘だらけの薔薇が描かれている。


 わたくしは目を伏せたまま、男の腰の革袋を見る。

 封蝋の赤。薔薇の意匠。土に汚れても、そこだけ妙に丁寧だ。


「へえ。綺麗だ。値が付きそうだな」

「……金なら、出します……ですから……」


 怯えを作りながら、息の揺れを計算する。

 外で金属が擦れる音が走った。矢ではない。剣だ。

 山道の両側から短い合図が返る。クロード様が張った包囲が、締まり始めた音。


「黙れ。仕事だ」


 仕事。

 その単語が、背に冷たく張り付いた。

 男が腕を伸ばした瞬間、馬車の床下から細い光が走った。

 クロード様の魔法灯。見えない護衛の合図だ。


 わたくしは座席から転げ落ちるふりで男に縋りつく。

 悲鳴を作り、指先で革袋の口を探る。

 紐がほどけ、封蝋の付いた紙束が手に触れた。


 同時に外の音が爆ぜた。

 近くで叫び声。馬の蹄。草が裂ける音。

 包囲は完成している。ここからは時間稼ぎだけでいい。


「……誰の指示ですの……金環会……それとも……庭の方……?」


 わたくしはわざと曖昧に言った。

 男の目が、ほんのわずかに動く。


「庭だと? 知ったふうに」

「……さっき、そう仰いました……北側の庭へ、と……」


 男の喉が鳴った。

 合言葉は現場の人間にも浸透している。背中が粟立つ。


「ちっ。余計なことを聞くな。白い棘は……」

「白い棘?」


 鸚鵡返しにした瞬間、男は口を噤んだ。

 遅い。もう刺さっている。


 外で風が鳴り、次いで低い声が通った。


「動くな」


 クロード様だ。

 扉の外に立つ影は、文官の衣ではない。黒い外套、剣の柄、眼鏡の縁が月光を拾う。

 わたくしの呼吸が止まった。安心と恐怖が、同じ場所で絡まる。


「宰相……!?」

「宰相が前に出るのは、君が余計な手を伸ばしたせいだ」


 怒りが声の底にある。

 でもそれは、わたくしではなく、わたくしを脅かした世界に向いている。


 クロード様が踏み込み、山賊の手首を捻った。

 男が膝をつく。首筋に刃が添えられ、息を詰めた。


「生きたいなら言え。誰が金を出した」

「……っ、金環会だ! 当主の使いが……」

「名前」

「知らねえ! 若いのが来る。やけに丁寧な口調の……」


 ロイ。

 その名を心でなぞっただけで、胃の奥が冷えた。


 周囲の抵抗が連鎖して倒れる。

 兵が山賊を押さえ、別の兵が薔薇の旗を踏み潰す。

 山道の奥の叫びも、ほどなく静かになった。


 クロード様が刃を収め、わたくしを見た。

 手が伸びてくる。躊躇のない速度だ。

 わたくしは反射で後ろへ下がり、馬車の座席に膝をぶつけた。


「……怪我は」

「ありません。ですけれど、クロード様の方が……」


 外套の袖が裂け、赤い線が走っていた。

 血の色に視界が狭くなる。

 怒りが湧く。怖さが遅れて追い付く。胸が熱くなる。


「どうして前に出たのです。指揮だけで良いはずでしょう」

「良くない」

「良くない、ではございません」

「君がここにいる時点で、良くない」


 理屈が噛み合わない。

 けれど、クロード様の指先がわたくしの頬に触れた瞬間、言葉が途切れた。

 指が震えている。クロード様が震える姿を、わたくしはまだ数えるほどしか見たことがない。


 その震えが、胸の奥を大きく揺らした。

 わたくしは息を吐き、演技の仮面を外す。


「……生きて戻ってくださって、よかった」

「当然だ」


 当然だと、言い切る声が少しだけ裏返る。

 その歪みが、甘い毒みたいに残った。


 押収品が運ばれてくる。

 薔薇の旗。封蝋の紙束。革表紙の薄い帳簿。表題の端に金の輪の刻印。

 わたくしは紙束の封を切り、指先で開いた。


 そこには、見慣れた単語があった。


『庭師代』


 毒殺事件の帳簿にも出てきた欄だ。

 同じ匂いがする。人を殺す金と、国を蝕む金は、同じ道を流れる。


 紙の下に、別の紙片が挟まっていた。

 急いだ筆跡で乾いたインク。


『白い棘を、北側の庭へ。棘が触れた者から剪定せよ。報酬は金環会経由』


 文字が、さっきの闇の声と重なった。

 わたくしは紙を握り、笑みを作る。悪役の仮面を、また被る。

 震えを隠すために。


 少し離れた岩場の上に、商人風の影が立っているのが見えた。

 月の縁に輪郭だけが浮く。こちらを見ている。測る目だ。

 唇が動いた。風が運んだのは、短い吐息みたいな言葉だった。


「……これはやり方が違う」


 呼びかける前に、影は身を翻し、闇に溶けた。


 クロード様がわたくしの手から紙を抜き取った。

 眼鏡の奥で冷たい光が揺れる。


「薔薇の使徒が、現場に言葉を落としている」

「……彼らは、物語を動かすのが上手ですわね」

「なら、こちらも動かす。帳簿で」


 その言い方が、あまりにも宰相で、あまりにも戦友で。

 だからこそ、次の言葉が不意打ちになった。


 休憩が取られ、兵が水を回す。

 クロード様はわたくしの肩を掴み、低い声で言った。


「次に勝手に囮を名乗ったら、婚約者から妻に昇格させる」

「……はい?」

「君が危険を選ぶなら、私は手続きを増やす。逃げ道を塞ぐために」


 言い切ってから、クロード様は自分で気付いたのか喉元を押さえた。

 耳の先が赤い。あの人が。


 わたくしは呆然として、言葉を探した。

 皮肉は得意なのに、甘さの返しは遅い。


「それ、脅しとして機能しておりまして?」


 クロード様が眉を寄せ、目を逸らした。

 兵が咳払いをして空気を整える。

 わたくしの胸の奥だけが、勝手に騒がしい。


 黒い帳簿が腕の中で重い。

 その重みは、戦利品ではない。次の戦場そのものだ。

 わたくしは表紙を撫で、息を整えた。


 次の反省会は、宰相執務室。

 そこでわたくしたちは、この紙の中の敵を捕まえる。


 ……けれど、帳簿の挟み紙の端に走り書きされた肩書きを見た瞬間、背中が凍った。


『白い棘:侯爵令嬢。引き渡し。』


 わたくしの役は、まだ終わっていない。

ここまでお読みくださりありがとうございます。帳簿に残った白い棘――次話でクロード様が動きます。『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけたら、広告下の【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆評価】で応援いただけると励みになります。感想も大歓迎です!



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