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「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第2部 国庫再建と闇商会、薔薇の使徒の資金源を断て

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第7話 囮馬車、山道をゆく

 馬車の床板に、紙が落ちた。

 踏めば破れる薄さなのに、落ちた音だけが妙に大きい。

 拾い上げると、粗い印刷の文字が目に刺さった。


 ――平等の庭を作れ。枝は折れ、根は残る。


 背筋が冷える。

 昨日、襲撃現場から届いた包みの中にも、同じ匂いがあった。煽動ビラの束。紐でまとめられ、薔薇の印が押されていた。

 そして、もう1枚の小さな紙片。

 北側の庭へ、白い棘を誘え。


 誘う。囮。

 わたくしは息を吸って、吐いた。

 今日は、台本の次の頁だ。けれど書き手は、もう1人ではない。


 扉の外で蹄の音が揃う。

 馬車を揺らす振動が、胸の内側にも響いた。


「レティシア」

 クロード様の声が近い。低くて落ち着いていて、だから怖い。

 外套の留め具を直す指が、必要以上に丁寧だった。指先の温度が、計算を崩してくる。


「目立つ装いだな」

「目立たなければ、食いつきませんもの」

「食いつかせるのは私の仕事だ。君は……揺れに備えろ」


 言い終える前に、クロード様の視線が馬車の窓へ走った。

 まだ薄い霧の中、見送りの兵が離れていく。誰もが、笑顔を作ろうとして失敗していた。


 わたくしは、膝の上のビラを折り畳む。

 目立つ囮仕様のドレスは白を基調に、裾だけ深紅。遠目には祝いの衣装に見える。笑える。死地に向かうのに、祝祭の色だ。


「君が乗る必要はない」

 出発前、クロード様は同じ言葉を繰り返した。

 宰相としてではなく、男として。

 その差が、わたくしの心臓を余計に痛ませる。


「必要ですわ。これは、わたくしのフラグですもの」

「その言い方をするな」

「では、筋書きと言い換えます」


 クロード様の眉が僅かに動く。

 怒りでも諦めでもなく、噛み殺した不安の形だった。


 馬車が動き出す。

 石畳の音が土の道へ変わり、車輪の響きが山に吸われていく。

 護衛は見えない距離。そう決めた。見えないからこそ、想像が勝手に増える。


 山道に入ってしばらく。

 わたくしの記憶では、ここで最初の襲撃が起きる。

 木々が密になり、視界が狭まる曲がり角。前世の攻略本の挿絵が、薄紙みたいに脳へ貼りつく。


 だが、矢は飛ばなかった。


 代わりに、倒木が道を塞いでいた。

 根ごとではない。切り口が新しい。わざとだ。


 御者が馬を止める。

 護衛が前へ散り、木の周囲を確かめる気配が伝わってくる。声は低く、合図だけが飛ぶ。


 馬車の窓を少しだけ開けた瞬間。

 黒い外套の影が、木の上を跳んだ。


 クロード様だった。


 宰相の黒は、会議室で椅子に座るための黒だと思っていた。

 けれど今の動きは、書類ではなく戦場の動きだ。足場を選び、体重を預け、剣の柄に指を掛ける。

 呼吸が止まりそうになった。


「見えない護衛のはずでは」

 わたくしが呟くと、返事はすぐ隣から来た。


「見えない距離とは、触れられない距離ではない」


 声だけ。姿は木陰に溶けている。

 なのに、近い。

 わたくしの胸が勝手に落ち着いてしまうのが悔しい。


 倒木は、精鋭が手早く片づけた。

 だが道は狭い。列は詰まり、時間がずれる。

 ずれるほど、胸の奥の針が増える。


 次のポイント。

 本来なら、ここで人質が出て、交渉が始まる。

 けれど現実は、崖の上から小石がぱらぱら落ちるだけだった。


 ……いや。

 落ち方が不自然だ。


 崖の上。影が動く気配。

 わたくしは窓の縁を握りしめた。

 来る。来るはず。

 けれど矢が飛ばない。代わりに、崖の途中から土煙が上がった。


 小さな崖崩れ。

 道の端が抉られ、馬車の車輪が通れない幅になる。


 御者が舌打ちを噛み殺す。

 護衛が叫ぶ前に、合図が走った。

 誰も慌てない。慌てさせない訓練の結果だ。


 わたくしだけが、慌てている。

 襲撃を待っている自分がいる。待たなければ終わらないと分かっている自分が、ここにいる。


 胸が焼ける。

 ヨアンの笑顔が浮かび、マルクの名が遅れて刺さる。

 数字の損失ではない。顔だ。声だ。家族だ。


 わたくしは、膝の上のビラを開いた。

 平等、平等、と同じ単語が踊っている。踊りながら、血の匂いを連れてくる。

 この紙を撒けば、下町が燃える。

 燃えたら、金の流れは変わる。薔薇の使徒は笑う。


 手が震えた。

 わたくしは震えを止めようとせず、紙を強く握った。

 痛みがある方が、まだ生きている。


 道は迂回になった。

 本来のルートから外れる。フラグが外れる。

 外れたのに、逃げた気がしない。


 迂回路の入口に、木杭が打たれていた。

 目印のつもりだろう。雑な薔薇の印。

 昨日の包みと同じ粗さ。だが、わざとらしく目に入る位置だ。


 杭の根元に、金属が落ちていた。

 泥に半分埋まった小さな硬貨。表に薔薇、裏に輪の意匠。

 薔薇と硬貨。金環会の匂いがする。


 わたくしはそれを拾い、指先で泥を拭った。

 冷たい。

 冷たいのに、指が離せない。


「拾うな」

 低い声が耳に触れる。

 クロード様が馬車の脇へ近づいていた。影みたいに。


「証拠になりますわ」

「君の手に血がつく」

「数字は嘘をつきません。なら、金も嘘をつきませんわ」

「……強情だ」


 その言葉が、叱責ではなく安堵に聞こえた。

 わたくしは硬貨を握り込み、袖に隠した。

 小さな逆転。

 囮のはずのわたくしが、証拠を掴む側に回っている。


 日が傾く。

 夜営地に着いたのは、想定より遅かった。


 焚き火はしない。

 灯りはランプを布で覆い、声は風に溶かす。

 反省会は、椅子のある執務室ではなく、荷車の影で行われた。


 クロード様が地図を広げる。

 紙の上の線が、現実の山道と微妙にずれている。ずれは偶然ではない。


「崖崩れは人為だ」

「倒木も」

「手際がいい。山賊の仕事ではない」

 クロード様が言い切る。

 言い切れるほど、現場を見ている人の声だった。


 わたくしは喉の奥が乾くのを感じた。

「では、誰が」

「君の台本を読める者だ」


 その言葉で、昨日の紙片が脳裏に蘇る。

 北側の庭。白い棘。


「誘うのは、山賊ではなく……わたくし自身を、別の場所へ」

「そうだ。襲撃の時間をずらし、こちらの包囲もずらす」


 クロード様の指が地図の端を叩く。

 予定の合流地点ではない。もっと狭い谷。

 逃げ道が少ない。包囲が完成しやすい。だからこそ、危険だ。


 わたくしの呼吸が乱れた。

 怖い。怖いのに、引き返す選択肢が見えない。


「君は餌ではない」

 クロード様が、少しだけ声を落とした。

「君を取り戻すためなら、私は……宰相をやめても構わない」


 冗談に聞こえない。

 それが、もっと怖い。


「やめてくださいませ」

 わたくしは言葉を選ぶ余裕がなくなった。

「宰相の椅子は重いのです。あなたが立てば、国が倒れます」

「国は倒させない。君も倒れさせない」


 短い沈黙が落ちる。

 布で覆った灯りの下では、表情が読めない。

 だから言葉だけが、真っ直ぐ刺さる。


 風が揺れ、草が擦れる音がした。

 護衛が合図を返す。

 クロード様の指が止まった。


「……見張りがいる」

「山賊ですの」

「違う。山賊なら、ここまで待たない」

 クロード様は僅かに顔を上げた。

「若い商人風だ。姿勢がいい。こちらを測っている目だ」


 金環会。

 あの場で、レティの数字を褒めた若手の顔が浮かぶ。

 柔らかい声。利益の匂い。倫理の残りカス。


「ロイ」

 名前が、わたくしの口から落ちた。


 そのとき。

 馬が鼻を鳴らし、鎖が鳴った。

 夜の音の中で、異物の音だけが跳ね上がる。


 次の瞬間、闇から声が飛んだ。


「白い棘を、北側の庭へ」


 同じ文。

 昨日の紙片と、同じ匂い。


 クロード様の手が、わたくしの手首を掴む。

 痛いほど強く。熱いほど確かに。


「馬車へ戻れ。合図は私が出す」

「もう始まっているのでは」

「始まらせない。終わらせる」


 わたくしが息を吸うより先に、遠くで弦の鳴る音がした。

 闇の奥で、何かが光る。


 矢が、来る。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

今夜の矢は誰の指示か、「白い棘」の意味は何か――次話で一気に動きます。


面白かった・続きが気になった、と思って頂けたら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価とブックマークで応援してもらえると励みになります。


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