表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第2部 国庫再建と闇商会、薔薇の使徒の資金源を断て

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/37

第6話 囮作戦前夜、破滅ルートは拾わない

 宰相執務室の机に、乾きかけた血の跡つきの紙片が置かれていた。粗雑な薔薇の印と、短い文だけが残っている。

「白い棘を剪定せよ。黒い葉は後回し――」

 読み上げた瞬間、クロードの指が紙片を押さえ潰した。

「そなたはこの国の未来を担う者だ。餌にするなど論外だ」

 怒りが冷えた金属みたいに室内へ落ち、誰も息を継げなくなる。


 地図台には山道の線が引かれ、駒がいくつも置かれていた。襲撃地点には黒針、次に狙われる地点には赤針。赤針の位置は、前世で見た誘拐イベントのマップと気味悪いほど重なる。

 私は椅子に座らず、地図の端に指を置いた。指先の震えは袖で隠す。


「囮は軍で用意いたします」

 騎士団長が即答した。

「目立つ荷を積んだ馬車なら、我々の方が――」

 軍務卿が続ける。

 王の視線が私へ刺さる。レオンハルト陛下は、止めたいのに止め切れない顔をしていた。


 私は息を整え、言葉を数字みたいに並べた。

「相手の狙いは荷ではありません。目立つ馬車そのものです。捕まえれば身代金が取れる、交渉材料になる。こちらが軍の囮を走らせた瞬間、山賊は引きます」

「なら、襲うほどの価値を見せればよい」

 軍務卿が言う。

「価値は、私が最も高い」

 私は淡々と言った。

 空気が凍った。椅子がきしむ音だけが響く。


「それは違う」

 クロードが低く言った。

 宰相の椅子の背に置かれた手が、ゆっくり握られる。彼は私を見ず地図だけを見るのに、拒絶の熱が分かる。

「宰相として申し上げるなら、その提案は合理的だ。だが、却下する」

「合理的なら通すべきですわね」

 私は笑いもせず返した。

「君が囮になる必要はない」

 その呼び方だけが、胸に刺さった。


 反対は連鎖した。使用人までもが口を挟む。護衛の者の視線は命令なら従うが嫌だと訴えていた。

 私は紙片へ目を滑らせた。白い棘。黒い葉。意味が分からないのに、背中が冷える。


「時間がありません。次の輸送を止めれば、工房と畑が止まり、下町が先に飢えます。襲撃を待つより、こちらで盤面を作るべきです」

「盤面などと言うな」

 クロードの声が鋭くなる。

「これは人が死ぬ話だ」

「だから、死者を増やさない策を出しています」


 陛下が重く息を吐いた。

「レティシア。そなたが囮となれば、王国は得をする。だが、失えば取り返しがつかぬ。代案を示せ」

 代案はある。完璧ではないが、現実的だ。けれど口にした瞬間、クロードがさらに硬くなるのが見えた。


「……人払いを」

 クロードが言った。

 それだけで会議は切り上げられた。陛下も軍も使用人も、悔しそうに退く。最後に閉まる扉の音が、裁定みたいに響いた。


 室内に残ったのは、私とクロードと、地図と、座らないままの私だ。

 座ったら、ここで負ける気がした。


「どうしてそこまで、危険を選ぶ」

 クロードが言う。

 机の上の紙片を指で弾く。薔薇の印が揺れる。

「私が守るべきは国だ。君を守れなくなれば、国も守れない」

 胸の奥が痛い方向へ傾いた。言い返すべきなのに、喉がうまく動かない。


「閣下」

 私は声を小さくした。

「私は怖いです。今さら、怖くないふりも出来ません」

 言った途端、肩の力が抜けた。恐怖が体の外へ落ちる。

「でも……怖いからこそ、決めましたの」


 私は彼を真っ直ぐ見た。宰相の顔の奥に、男の顔が見えた気がして、心臓が跳ねる。

「1度捨てた破滅ルートを、今さら拾い直すつもりはございませんの」

 短く区切って、震えを隠す。

「攫われて泣いて、誰かに助けられる筋書きは要りません。囮になるのは、私が生きて戻るためです」

「……言葉遊びだ」

 クロードが吐き捨てる。

「君が生きて戻る保証はない」


「保証はありません」

 私は頷いた。

「だから条件を出します。囮馬車は私が乗る。周囲は見えない距離で精鋭が囲む。御者も護衛も、こちらの手の者だけ。襲撃が始まった瞬間、包囲を閉じて逃げ道を潰す」

 彼の目が細くなる。合理性を理解した目だ。だからこそ、苦い。

「宰相としては通せる。だが男としては全力で反対だ」


 彼は椅子の背を掴んだまま言う。

「この先、そなたを何度も危険に晒すかもしれん」

 自責の混じった告白みたいに聞こえた。

「それでも、君を盤面の駒にはしない」


「駒になるかどうかは、私が決めます」

 クロードの瞳が揺れた。私の言葉が、彼の計算を少しだけ狂わせたのだと思う。

 それが怖くて、少しだけ嬉しい。


 扉の外で気配が動く。私たちの感情より、明日の朝が先に来る。

「会議を再開する。……代案は、私が出す」

 クロードが扉へ向き直った。


 再び人が入ってくる。陛下、軍務卿、騎士団長、控えの者たち。空気が張り詰めたまま、誰も椅子に深く座らない。

「では囮役は――」

 騎士団長が言いかけた。


「私だ」

「いえ、私です」


 声が重なった。私とクロードの。

 室内が真空みたいに静かになる。陛下の眉が上がり、軍務卿が咳払いをした。誰も笑わない。笑えない。

 けれど、その沈黙が妙に甘い。私の方が先に視線を逸らした。


「結論を述べる」

 クロードが淡々と言う。

「囮馬車にはレティシアが乗る。だが囮は囮だ。餌ではない。周囲を精鋭で囲み、私は見えない距離で護衛しつつ全体指揮を執る。包囲開始の合図は私が出す」

「宰相が前へ出るのか」

 軍務卿が声を荒げる。

「宰相が倒れれば国が止まる」

「数字は嘘をつかない」

 クロードが即答した。

「襲撃が続けば国はもっと止まる。ここで終わらせる」


 陛下が私を見る。重さの違う視線だ。

「レティシア。生きて戻れるな」

「戻ります。帰って、明日の反省会で叱られますわね」

 軽口に見せて、私は息をつないだ。


 駒が進み、針が打たれ、命令が紙へ落ちていく。私はその流れを追いながら、机上の血の紙片を思い出していた。

 あれは山賊の言葉ではない。誰かが、庭の外から私たちを見ている。


 部屋を出る直前、控えの者が小さな包みを差し出した。

「襲撃現場で拾ったものです。紐でまとめられておりました」

 包みの外側にも、粗雑な薔薇の印が押されている。


 中から出てきたのは、煽動ビラの束と、もう1枚の小さな紙片だった。

 そこには短い暗号文が書かれている。

「北側の庭へ、白い棘を誘え」

 背中を冷たいものが走った。明日の囮が、もう囮ではなくなっている気がした。

「では、出発までに荷を軽くいたしますわ」

 言い聞かせの言葉が、私自身へ刺さり続けた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。明日の囮でレティが庭へ誘われるのか、クロードの包囲は間に合うのか――次話で一気に動きます。面白かった・続きが気になったら、読み逃し防止にブックマーク、そして広告下の【☆☆☆☆☆】から評価を入れていただけると執筆の励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ