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「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第2部 国庫再建と闇商会、薔薇の使徒の資金源を断て

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12/23

第2話便利で塗りつぶす赤線と、金環会の抗議文

 紙束の先頭に、太い筆で『石鹸 入荷停止』『灯油 値上げ』と並んでいた。最後の行だけが短い。『原因 金環会か』。宰相府の会議室で、その紙が回った瞬間、誰も咳をしなかった。

 国庫の赤線は、机の上の帳簿だけではない。町の棚にも引かれている。


「在庫が消えたのは昨夜からです」

 財務官が声を落とす。

「表向きは不作と輸送遅延、ですが買い占めの動きが……」


 クロード様は頬杖のまま、視線だけで続きを促した。

 わたくしは息を吸う。赤字と欠品の列が、前世のイベント画面みたいに並ぶ。ここで黙れば、台本どおり民が怒り、誰かが煽り、火が付く。


「不足は不満を生みますわ、なら不足そのものを減らしましょう」

 わたくしは立ち上がり、黒板を引き寄せた。

 白墨が鳴る。指が勝手に動く。


「石鹸の改良、保存食、簡易コンロ、安価なランプ」

「……急ですね」

 年配の官吏が眉を寄せる。

「国庫が赤いからといって、令嬢の思いつきで市場を動かすのは危険では」


 言い方は丁寧でも、刺す場所だけは正確だ。

 わたくしは微笑みを崩さない。悪役の仮面は、相手が上品なほどよく効く。


「思いつきではありません、赤線の正体は生活必需品の細い首です」

「首?」

「石鹸がない、灯りが高い、保存が利かない、すると病が増え、夜が伸び、食が腐ります、税が落ちる前に人が倒れます」


 会議室の空気が硬くなる。誰も反論しない。反論できない。

 クロード様が、静かに手元の資料をめくった。


「試験地は」

「エルネスト領と宰相領です、材料と職人が揃っています、まずは小さく回し数字と評判を取ります」


 白墨で地図の形を描き、領地に印を付ける。点が増えるほど、責任が重くなる。

 前世の記憶が喉に絡む。市場争奪戦。価格戦争。悪意ある噂。正しいことをしても燃やされる分岐。

 胸が熱くなり、次に冷える。怖い。数字の列より、沈黙の民衆の方が怖い。

 指先が震えた。白墨が折れ、粉が黒板に落ちる。


「レティ」

 クロード様が、わatくしの名を呼んだ。呼び方だけが、会議用の距離ではない。

 わたくしは折れた白墨を握り直し、手を止めた。


「契約で縛ります」

 声が少しだけ割れた。

「搾取も買い叩きも金環会と同じ土俵になりますもの、職人に前金、価格は段階制、材料の横流し防止の条項も入れます」


「君が書くのか」

「ええ、宰相の隣で書類から逃げるつもりはございません」


 その瞬間、椅子の軋みが鳴った。

 国王陛下が、机を軽く叩く。


「宰相、侯爵令嬢の案を採用する」

「承りました」

 クロード様は立ち上がり、わたくしの椅子の背へ手を添えた。

 そして、会議卓の端ではなく、王の視線が届く側へ椅子を滑らせる。


「ここだ」

 短い命令。

 席が動く。それだけで立場が動く。さっきまで婚約者の飾りとして見ていた視線が、盤面の駒を見る目に変わった。

 わたくしの中で、怖さの形が変わる。逃げたい怖さではなく、前へ出る怖さだ。


 午後。宰相邸ではなく、王都の裏通りへ向かった。

 新事業の話は会議室で終わらない。紙の上で綺麗な線を引いても、現場の手が汚れていなければ回らない。


 小さな工房の扉を叩くと、獣脂と薬草の匂いが押し返してきた。

 作業台の向こうに、痩せた男と、手の荒れた女。足元には小さな子がいて、灯りの芯を編んでいる。


「宰相閣下の……婚約者さま?」

 男の声が震える。

 噂は広い。悪役令嬢の噂も、国庫再建の噂も、同じ速さで広がる。


「仕事のお話ですわ、あなた方の石鹸を王都の孤児院へ流したい」

「うちの石鹸は高くありません」

「だからです、高い物は金環会が奪い合います、安い物は潰されます、なら安くても潰せない形にします」


 わたくしは契約書を広げた。紙は薄い。けれど、ここに未来の重さを詰める。

 前金の額。材料の調達先。納期。品質の基準。病院と孤児院への優先供給。利益の配分。

 男が読み、女が頷き、子が指先で紙の端をなぞる。


「……こちらが損をしたら?」

 女が小さく尋ねた。目は強い。生活は人を弱くしない。

 わたくしは言葉を選ぶ。貴族の都合で笑われる言い方だけはしたくない。


「損は分けます、あなた方だけに背負わせません、だから誤魔化しも許しません」

 わたくしの言葉に、男の背が少しだけ伸びた。


「名前を」

 クロード様が促す。

 男は羽根ペンを握り、震えを抑えながら署名した。

 紙に落ちた墨の黒が、今朝の赤線よりずっと眩しく見えた。

 わたくしはその黒を見て、胸が痛くなる。便利で塗りつぶすとは、誰かの手を使うことだ。

 間違えれば、救うはずの手を焼く。


 夜。宰相執務室。

 昼の資料が積み直され、紅茶と焼き菓子が置かれている。昨日より香りが濃い。宰相領の焼き菓子だと、給仕が囁いた。

 戦略反省会の2回目。甘さが増えた分だけ、戦場が近い。


「今日は動いたな」

「動かされましたわ、席も責任も」

「望んだ形だろう」

「望んだのは赤線が減る未来です、今日の黒はその代価の色です」


 クロード様はカップを置き、わたくしの指先を見た。

 白墨の粉が爪の間に残っている。工房の匂いも、まだ袖に絡む。


「怖いか」

 胸の奥が跳ねた。答え方を間違えれば、可哀想な令嬢になる。強がれば、独りになる。


「怖いです、でも怖がっている暇もありません」

「なら、怖さを共有しろ」

「宰相閣下が?」

「婚約者が」


 その声は低いのに、熱がある。

 わたくしは笑うつもりだったのに、喉が上手く動かない。代わりに、焼き菓子を小さく割って口に入れた。

 甘い。妙に甘い。涙の味を誤魔化すのに丁度いい。


 机の端に、昼の事業計画書が積まれている。

 その最上段の紙が、少しだけずれていた。

 引き抜くと、白い封筒が挟まっている。封蝋は金の輪。その中心に、棘を描いた薔薇の刻印。


 わたくしの背が冷えた。

 早すぎる。まだ商品は形になっていない。


「金環会からですわね」

 わたくしは封を切った。紙は上質で、字は端正だった。脅しの言葉を、礼儀で包んでいる。


 『貴殿の提示する価格は安すぎる。市場を乱す。明日12時、協議の場を求む。拒めば材料の供給は停止する』

 末尾に、短い追記。


 『民が困るのは、長期的には損です』


 その言い回しが、不思議と耳に残った。

 クロード様が紙を取り、目を細める。


「この筆は……」


 言葉が途切れた。

 わたくしは封蝋の薔薇を見つめる。金の輪の中で棘が笑っている。

 明日12時。会議より正確な期限。

 便利で塗りつぶすつもりの赤線が、今夜はわたくしの喉へ引かれている。

ここまで読んでくださりありがとうございます!明日12時、金環会との協議が始まります。相手の狙いと筆跡の正体は――次話で。面白かったら、広告下の【ブックマーク】&【☆☆☆☆☆評価】で応援いただけると、とても励みになります。


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