縮まる距離
レオンとの衝突から数日、ソーは学園に姿を見せなかった。
ミオは心配で胸が締めつけられる思いだったが、
ソーが自分を避けている理由を知ってしまった今、
無理に追いかけることもできなかった。
――触れたら壊す。
――感情が暴走する。
ソーの恐怖は、ミオの胸にも深く刻まれていた。
そんなある日の夕暮れ。
ミオは学園裏の森で、ソーの気配を感じた。
「……ソー?」
木々の間に、黒い影が座り込んでいた。
翼を抱きしめ、苦しそうに呼吸を乱している。
「ミオ……来ちゃ……だめ……」
声は震え、爪が地面を掴んでいる。
感情が暴走しかけている証拠だった。
ミオは一歩近づき、静かに言った。
「ソー。
あなたが怖いのは、私を傷つけることなんでしょ?」
ソーは顔を上げられなかった。
「……僕は……ミオに触れたら……壊す。
レオンのときみたいに……暴走する……」
「違うよ」
ミオは首を振った。
「暴走したのは、私を守ろうとしたから。
ソーは誰かを傷つけたいんじゃない。
守りたいから、感情が溢れちゃうんだよ」
ソーの瞳が揺れた。
「でも……制御できない……」
「できるよ。
だって、今だって……私に触れてない」
ミオはそっと手を伸ばした。
触れない距離で、ソーの頬の近くに。
「ほら。
ソーはちゃんと止まってる。
暴走してない」
ソーは震える手を見つめた。
爪は伸びていない。
翼も暴れていない。
ミオの声が、心を静かにしていく。
「ソー。
あなたの暴走は“恐怖”から来てるんだよ。
私を傷つけるかもしれないっていう恐怖。
でもね……」
ミオは胸に手を当てた。
「私は、ソーに傷つけられるなんて思ってない。
だって、ソーは……私を守る人だから」
その言葉が、ソーの胸の奥に深く届いた。
翼の震えが止まる。
呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
爪が引っ込む。
「……ミオ……僕……」
「大丈夫。
ソーは、もう暴走しないよ。
だって、私がここにいるから」
ミオはそっと微笑んだ。
「一人で抱え込まないで。
暴走しそうになったら、私が止める。
あなたの心を、ちゃんと見てるから」
ソーの瞳から、涙がこぼれた。
「……ミオ……
僕……もう……怖くない……」
その瞬間、
ソーの翼は静かに、穏やかに畳まれた。
暴走は、ミオの声によって鎮まったのだ。
ミオはそっと手を差し出した。
触れない距離で、でも確かに届くように。
「ソー。
一緒に帰ろう?」
ソーは涙を拭い、微笑んだ。
「……うん。
ミオとなら……どこへでも」
夕暮れの森を、二人は並んで歩き出した。
触れられない距離でも、
心はもう、暴走しないほど近くにあった。
ある日、ミオの友人たち――ユナとカレンが、ソーの爪を見て目を輝かせた。
「ねぇミオ、ソーくんの爪……めっちゃ綺麗じゃない?」
「形も細くて長くて、なんか宝石みたい……!」
ソーはびくっと肩を跳ねさせた。
「え、えっと……これは、その……獣人の……」
「ソーくん、ちょっと手貸して!」
「えっ、ちょ、ミオ……助け……」
ミオは苦笑しながらも、ソーの背中を軽く押した。
「大丈夫だよ。ユナたち、悪いことしないから」
ソーは観念したように翼を畳み、そっと手を差し出した。
黒く光る爪は、確かに美しかった。
けれど、本人は恥ずかしそうに視線を逸らしている。
「わぁ……ほんとに綺麗……!」
「ねぇミオ、これ絶対デコったら映えるよ!」
「えっ、デコ……?」
ソーの顔が一気に青ざめた。
「ま、待って……僕の爪は……その……危ないし……」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと気をつけるから!」
ユナは器用にソーの手を取り、
カレンは小さな爪切りとデコシールを取り出した。
「なんでそんなの持ってるの……?」
「女子のたしなみ!」
ソーは完全に流されていた。
「ミオ……ほんとに……大丈夫……?」
「うん。ソーの爪、かわいくなるよ」
その一言で、ソーの翼が小さく震えた。
ミオに言われると、断れない。
ユナが慎重に爪を整え、
カレンが小さな星や月のシールを貼っていく。
「わぁ……似合う……!」
「黒い爪に金の星って、めっちゃ映える!」
ソーは耳まで真っ赤になっていた。
「……こんなの……僕に……似合わない……」
「似合うよ。すごく」
ミオが微笑むと、ソーは一瞬だけ固まった。
翼がふわりと揺れ、爪を隠すように手を引っ込める。
「ミオが……そう言うなら……」
その声は小さく、震えていた。
「できたー! ソーくん、見て!」
鏡を渡され、ソーは恐る恐る覗き込む。
黒い爪に、金の星と小さな月。
派手すぎず、でも可愛らしい。
「……あ……」
ソーは言葉を失った。
「どう? 似合ってるでしょ?」
「ソーくん、手が綺麗だから映えるんだよね〜」
ソーは恥ずかしそうに視線を落とした。
「……こんなの……恥ずかしい……」
「でも、かわいいよ」
ミオの一言で、ソーの耳が真っ赤になった。
「ミオ……僕……
こんな姿……君にだけ……見られたい……」
その呟きは小さくて、ミオ以外には聞こえなかった。




