人気者のソー
春の終わり、学園では恒例の「総合実技テスト」が行われた。
走力、跳躍、反応速度、魔力操作――
人間と獣人が共に学ぶこの学園ならではの、総合的な能力を測る試験だ。
ミオはグラウンドの端で、緊張した面持ちで並んでいた。
隣のクラスの生徒たちがざわつく。
「ねぇ、あの獣人の転入生も出るらしいよ」
「学力は最下位だったけど、実技はどうなんだろ」
「翼あるし、反則級じゃない?」
ミオの胸がざわついた。
(……ソー、大丈夫かな)
そのとき、黒い影が視界に入った。
ソーがゆっくりと歩いてくる。
外套の下で翼を畳み、視線は地面に落ちている。
ミオと目が合うと、一瞬だけ動揺したようにまばたきをした。
けれど、すぐに視線を逸らす。
胸が痛む。
でも、ミオは知っている。
ソーが避けるのは“嫌いだから”じゃない。
――触れたら壊す。
――感情が暴走する。
その恐怖を抱えているから。
実技テストが始まった。
スタートの合図が鳴った瞬間、
ソーの姿が“消えた”。
「は……? 速っ……!」
「見えなかったんだけど!?」
「獣人ってあんなに速いの!?」
風が一瞬だけ逆巻き、
次の瞬間にはゴールテープが切れていた。
ソーは息ひとつ乱していない。
ただ、少し恥ずかしそうに翼を畳んでいる。
ミオは思わず息を呑んだ。
(……すごい……)
助走をつけたソーは、軽く地面を蹴った。
その瞬間、翼がふわりと広がる。
――影が空を舞った。
「飛んだ……!」
「いや、跳んだってレベルじゃないだろ!」
「すげぇ……!」
ソーは空中で一度だけ羽ばたき、
人間では届かない高さのバーを軽々と越えた。
着地も静かで、砂埃ひとつ立たない。
ミオの胸が高鳴る。
(ソー……こんなに……)
魔力で動く球体がランダムに飛び出す。
それを掴む速度を競う試験だ。
ソーは目を閉じた。
風の流れ。
空気の震え。
魔力の揺らぎ。
すべてが“見える”。
球体が飛び出した瞬間、ソーの爪が音もなくそれを掴んだ。
審判が目を見開く。
「……記録更新だ。歴代最速」
周囲がどよめく。
「すげぇ……!」
「かっこよすぎる……!」
「あれが獣人の力……!」
ソーは照れたように視線を落とした。
翼が小さく震えている。
実技テストが終わる頃には、
ソーの周りには人だかりができていた。
「ソーくん、走り方教えて!」
「跳躍のコツってあるの?」
「反応速度どうやって鍛えてるの!?」
ソーは困ったように翼を畳み、小さく首を振る。
「……僕は……別に……」
でも、誰も離れない。
ソーの実力は圧倒的で、その控えめな態度も相まって、あっという間に人気者になってしまった。
ミオは少し離れた場所からその様子を見ていた。
胸が、ちくりと痛む。
(……よかった。でも……なんだろ、この気持ち)
嬉しい。
誇らしい。
でも、少しだけ寂しい。
そのとき、ソーがふとミオの方を見た。
人だかりの中で、
ただ一人、ミオだけを探すように。
目が合った瞬間、ソーの翼がわずかに震えた。
ミオは微笑んだ。
ソーも、ほんの少しだけ口元を緩めた。




