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蝙蝠の獣人に拒絶される私が、実は溺愛されていた話  作者: 早乙女姫織


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1/8

あの日の約束と再会

春の終わり、村の外れにある小さな丘は、まだ少しだけ冬の名残を抱えていた。


草はまばらで、風が吹くたびに土の匂いがふわりと舞い上がる。


それでも、そこは二人にとって特別な場所だった。


村の誰も来ない、秘密基地のような丘。


幼い少女ミオと、同じ年の少年ソーは、いつもここで遊んでいた。


ソーもミオも人間だった。


二人は同じ村で生まれ、同じ季節の風を吸い込み、同じように笑って育った。


けれど、ソーは少しだけ臆病で、少しだけ泣き虫で、そして誰よりも優しかった。


「ねえ、ソー。今日も丘に行こうよ」


ミオがそう言うと、ソーは少し迷ってから、こくりと頷いた。


彼はミオの後ろを歩くのが好きだった。


いつも前を向いていて、風に髪を揺らしながら、まるで世界を切り開くように歩く。


その背中を見ていると、不思議と勇気が湧いてくるのだった。


丘に着くと、ミオは草の上に寝転んだ。


ソーも隣に座り、空を見上げる。


雲がゆっくりと流れていく。


「ねえ、ソー。大きくなったら、何になりたい?」


「……うーん。ミオの隣にいられる人」


「それって、何の職業?」


「わかんない。でも、ミオがどこに行っても、僕はついていきたい」


彼女はくすりと笑った。


「じゃあさ、結婚すればいいんじゃない?」


一瞬、息を止めたように固まった。頬が赤くなる。


「け、けっこん……?」


「そう。結婚したら、ずっと一緒にいられるんだよ。お父さんとお母さんみたいに」


「……ミオは、僕と結婚したいの?」


「うん。ソーは優しいし、泣き虫だけど、私を守ってくれるもん」


ソーは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


守る――その言葉は、彼にとって特別だった。


ミオはいつも強くて、ソーの方が守られてばかりだった。


それでもミオは、ソーが自分を守ってくれると言ってくれる。


「……僕、強くなるよ。ミオを守れるくらいに」


「うん。じゃあ、約束しよ」


小指が差し出された。


ソーは少し照れながらも、小指を絡める。


「大きくなったら、結婚する。ずっと一緒にいる。絶対に離れない」


その約束は、幼い二人にとって世界のすべてだった。


けれど、その世界は突然壊れる。


ある日の夕暮れ、村に獣人の一団が現れた。


彼らは敵意を持っていたわけではない。


ただ、道を求めて通りかかっただけだった。


しかし、村人たちは恐れた。


獣人は強く、速く、そして人間とは違う姿をしている。


恐怖は誤解を生み、誤解は争いを呼ぶ。


混乱の中、高い所から落ちかけた。


獣人の影が迫る。


ソーは迷わず走った。


「ミオ、危ない!」


彼はミオを庇い、高所から落ちた。


鈍い音が響き、ソーの体が地面に転がる。


「ソーっ……!」


ゆっくりと歩いていた獣人の一人が状態を見て、険しい顔をした。


「このままでは助からない……。だが、方法はある」


その言葉に、縋るように叫んだ。


「助けて!お願い、助けて!」


獣人は静かに頷いた。


「ただし……彼はもう、人間ではいられなくなる」


ミオは意味がわからなかった。


ただ、ソーが死ぬのは嫌だった。


「いい……!ソーが生きてくれるなら、それでいい!」


その瞬間、蒼の瞳が揺れた。


「ミオ……僕……」


「喋らないで。大丈夫だから。生きて……ソー……」


獣人たちはソーを抱え、村の外へと運んでいく。


ミオは必死に追いかけたが、大人たちに止められた。


「蒼!蒼っ……!戻ってきて!絶対に戻ってきてよ!」


薄れていく意識の中で弱々しく手を伸ばした。


「……約束……守る……。絶対……迎えに……」


その声は風にかき消され、姿は闇に溶けていった。


ミオは泣き叫びながら、丘へと走った。


あの日、二人で結んだ約束の場所へ。


夕暮れの空は赤く染まり、まるで世界が泣いているようだった。


「どうか無事で……絶対に……絶対に帰ってきて……」


澪は小指を胸に押し当て、震える声で呟いた。


「私、待ってるから……。ずっと……ずっと……」


その日、幼い二人の世界は終わった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ソーの体は、静かに、しかし確実に変わり始めていた。


獣人の治療師が施した“開発処置”は、命を救う代わりに、彼の身体を別の種へと作り替えていく。


最初に変わったのは、指先だった。


蒼は手を握りしめ、震える息を吐いた。


爪の根元がじんじんと熱を帯び、皮膚の下で何かが押し広がるような感覚が走る。


「っ……あ……」


痛みというより、異物が生まれる感覚。


爪が伸びるのではない。


**“生え替わる”**のだ。


白く細かった人間の爪は、音もなく剥がれ落ち、


その下から黒く光る新しい爪が姿を現した。


鋭い。


細い。


まるで夜を切り裂くために作られた刃のようだった。


恐る恐る指を開く。


爪はわずかに湾曲し、光を受けて鈍く輝いた。


「……これが、僕の……」


自分の手ではないようだった。


けれど、確かに自分の体から生まれたものだ。


治療師が静かに言う。


「蝙蝠の獣人は、指先が命だ。


空を掴み、夜を感じ、仲間を守るための爪だ。


痛むか?」


「……少し。でも……大丈夫です」


本当は怖かった。


彼女の手を握ったとき、こんな爪で傷つけてしまうのではないか。


その想像だけで胸が締めつけられる。


そっと爪を胸元に当てる。


鋭さが布越しに伝わり、思わず息を呑んだ。


「ミオ……こんな手になっても、僕は……」


言葉はそこで途切れた。


喉が震え、声にならない。


人間の手ではなくなっていく。


澪と小指を絡めた、あの温かい手ではなくなる。


それでも―


治療師たちが去り、薄暗い部屋に一人残されたとき、肩甲骨の奥がじん、と熱を帯びた。


「……また、変わるの……?」


自分の声が震えているのがわかった。


指先の爪が鋭くなったときとは違う。


もっと深いところ――骨そのものが軋むような感覚だった。


次の瞬間、背中の内側で“何か”が押し広がった。


皮膚の下で、硬いものが動く。


骨が伸びる。


筋が張り詰める。


「っ……あ、ああ……!」


思わず膝をついた。


痛みは鋭くはない。


けれど、自分の体が自分のものではなくなっていく恐怖が、胸を締めつけた。


肩甲骨のあたりが熱を帯び、皮膚が盛り上がる。


そこから、薄い膜のようなものがゆっくりと外へ押し出されていく。


破れる音はしなかった。


ただ、静かに、確実に――


翼が生まれていく。


震える手で背中に触れようとしたが、途中で止めた。


触れたら、現実になってしまう気がした。


やがて、背中から左右に広がる影が、部屋の壁に映った。


蝙蝠のような、薄く黒い翼。


光を透かすと、細かな血管が浮かび上がる。


「……これが……僕……?」


翼はまだ小さく、頼りない。


けれど、確かに体の一部だった。


治療師が静かに部屋へ入ってきた。


「背中が痛むか?」


「……少し。でも……怖いです」


「恐れるのは当然だ。

だが、その翼は“夜を生きる力”だ。

君が生き延びるために必要なものだよ」


唇を噛んだ。

「……こんな僕を見たら……」


言葉が続かない。


隠せない翼を広げる自分を想像しただけで、胸が痛んだ。


人間の少年だった頃、彼女と並んで見上げた空。


あの空を飛べるようになるのに――

彼女の隣には、もう立てないかもしれない。


翼がわずかに震えた。


感情に呼応するように。


「君のところに……僕……帰れるのかな……」


返事は誰からも返ってこない。


ただ、背中の翼だけが、静かに広がり、


もう“人間ではない”ことを告げていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


春の風が校庭を抜け、桜の花びらを運んでいく。


ミオは教室の窓からその景色をぼんやりと眺めていた。


新学期のざわめきはいつもと同じなのに、胸の奥にはぽっかりと穴が空いたままだ。


――ソーは、今どこにいるんだろう。


幼い日の約束は、もう誰にも話していない。


笑われるだけだとわかっているから。


けれど、ミオの心の奥底では、あの日の小指の温もりがまだ消えていなかった。


「ねえミオ、新しい転入生が来るって知ってる?」


友人の声にミオは振り返る。


「転入生?」


「うん。なんか……獣人らしいよ」


その言葉に、ミオの心臓が跳ねた。


獣人――


あの日、ソーを連れていった存在。


胸がざわつく。


獣人なら何か知っているかもしれない。


ドキドキする鼓動がうるさくなる中、教室の扉が静かに開いた。


空気が変わった。


ざわめきが止まり、誰もが息を呑む。


そこに立っていたのは、


黒い外套をまとい、背中に折りたたまれた翼を持つ青年だった。


蝙蝠のような薄い翼。


影のように静かな佇まい。


そして――


ミオの記憶に焼きついている、あの瞳。


黒く、深く、優しさを宿した瞳。


ミオの喉が震えた。


「……ソー……?」


青年は一瞬だけ目を見開いた。


けれどすぐに視線を逸らし、淡々と名乗る。


「……ソー・レイヴン。よろしくお願いします」


声は低くなっていた。


幼い頃の柔らかさは消え、どこか冷たく、距離を置くような響き。


ミオは立ち上がりかけた。


けれど、ソーの翼がわずかに震えたのを見て、動きを止める。


――近づくな。


言葉にしなくても、そう告げられた気がした。


ソーはミオの方を見ようとしない。


何も話しかけられなかった。


授業が始まり、ソーは教室の一番後ろの席に座った。


ミオは何度も振り返りそうになったが、そのたびに胸が痛んだ。


ソーは、戻ってきた。


約束どおりに。


放課後、ミオは意を決して声をかけようとした。


廊下の端で、ソーが静かに翼を畳んでいる。


「ソー……!」


呼んだ瞬間、ソーの肩がびくりと震えた。


ゆっくりと振り返る。


その瞳には、懐かしさと痛みが入り混じっていた。


「……ミオ。」


その言葉に、ミオの胸が熱くなる。


けれど次の瞬間、ソーは一歩後ろへ下がった。


「近づかないで」


返ってきたのは拒絶だった。

続きが読みたいと思ってくだされば、続きを書きます。☆、ブクマよろしくお願いします。

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