第0.4話 王の誕生
襲いかかって来た赤槌のロボは、強靭な攻撃性で街を蹂躙していく。脚が一歩踏み込むだけで建物が震え、衝撃で窓が砕け、瓦礫が雨のように降ってくる。倒壊していく建物の狭間を縫い、カイトとカタリナはアタッシュケースを展開して武器へ変形させ、ロボの元まで走った。
走りながらも、落下してくる瓦礫は容赦なく行く手を塞ぐ。カイトたちはそれを切り伏せ、飛び散る粉塵を突っ切ってロボの間合いへ入った。間合いに入った瞬間、二人はロボの攻撃を避けつつ、脚運びと死角を使って動きを封じにかかる。
「うおおおおおぉぉぉ!」
ロボの注意がカイトたちへ向いている――その一瞬を狙い、リュウが勢いよく斬り込み、右腕を切り落とそうとする。だが、刃は硬質な抵抗に弾かれ、乾いた音だけが響いた。
「うそーん?」
弾かれた、その刹那。ロボはリュウが認識できないほどの速さで背後を取り、巨腕で掴むようにして――建物の方へ叩きつけた。
「ゲホッ」
リュウの体がコンクリートの壁に激突し、崩れ落ちる。
「リュウ!」
カタリナが叫ぶ。
※ ※ ※
「おい、なんかあのロボ少し変じゃないか? 前の部隊とやりあっていたロボと、なんか違う気がする……」
「お、君、いい所に気づくね!」
観覧側で、ノアが楽しげに言った。
「あのロボは普通のやつとは違うのさ。性能が普通のより五倍も違うし、なにより一番凶悪なのは、色んな隊員の戦闘データが盛り込まれているんだ」
まるで”自分の作品”を説明するみたいに、ノアは言い切る。
「な、なんでそんなに詳しいんですか?」
隊員の問いに、ノアはキラリとした目を向けた。
「だってあのロボは、私がこの時のために提案して作られたロボだもん」
「ノアはホントそういう所、性格悪いよね」
「異議なし」
イノリの言葉に、葛城が深く頷いた。
※ ※ ※
カイトたちは赤槌のロボとの戦闘を続けていた。
「アカリ! リュウの援助に回ってくれ!」
「了解」
アカリは即答すると、すぐさまリュウの救援へ回った。
一方、カイトとカタリナは迫りくる攻撃を避け続ける。すると赤槌のロボは腕を機関銃へ変形させ、無数の弾丸を吐き出した。鉛の雨が街を抉り、粉塵が舞う。だがカタリナたちは、跳躍と踏み替えでその弾道を読み切り、紙一重で回避し続ける。
――俺は一体、何のために戦っているんだ……。
カイトの脳裏に、Kの言葉が蘇る。
――お前は誰のために戦っている?
人のため? 違う。
世界のため? そんなものは知らない。
じゃあ、何のために?
カイトは、自分の手を見た。武器を握る手。誰かを守るための手ではなく、ただ――生き延びるための手。
――そうか。俺は、俺のために戦っている。
それでいいじゃないか。それが何か悪いのか?
「カタリナ。お前はあっちへ回れ。俺はこっちから行く」
「了解」
命令を受けたカタリナは、人間とは思えないスピードでロボの死角へ滑り込む。カイトは人間離れした身体能力で、赤槌のロボの巨大な腕へ着地すると、ロボにも認識できない速さで斬撃を叩き込んだ――が、すべての刃が弾き返された。
硬すぎる。刃が通らない。その事実が、カイトに一瞬の迷いを生む。ほんの数秒、隙が生まれた。ロボは瞬間的な速度でカイトに攻撃を叩き込もうとする――。
だがその瞬間、ロボの視界の外、死角から剣を構えたカタリナが現れた。
カタリナは大きく剣を横に振る。剣閃が生む”空気の刃”が、リュウが入れていた僅かな傷へ正確に当たり――そこから破断が走った。
赤槌のロボの片腕が、切り落とされた。
※ ※ ※
叩き飛ばされたリュウのもとへ、アカリが駆けつける。
「大丈夫? リュウ」
「あぁ……何とか……」
アカリは立つこともままならないリュウを担ぎ、ロボがいる場所から遠ざけようとする。だがその時、頭上から瓦礫が降ってきた。
まずい。このままだと瓦礫に――。
危惧していたことが、最悪の形で起きる。アカリたちのいる場所へ、次々と瓦礫が降り注いできたのだ。
「伏せろ、アカリ!」
瓦礫が直撃しそうになった瞬間、ヨウヘイが凄まじい速さで割り込み、降り注ぐ瓦礫を一瞬で切り伏せた。飛び散る破片が頬をかすめても、彼は一歩も引かない。
「大丈夫か!? 二人とも!」
「えぇ、なんとか……!」
アカリが答えると、ヨウヘイは安堵したように息を吐く。二人は負傷したリュウを支え、避難所へ連れていった。
※ ※ ※
体の一部を欠損しながらも、赤槌のロボは止まらない。カイトとカタリナは戦いを継続していた。
カイトは相変わらず、縦横無尽で自由な戦い方で相手を追い詰めていく。その一方でカタリナは、攻撃させる隙を与えないほどの斬撃を叩き込み、主導権を握り続ける。
「次で終わらせるぞ、カタリナ」
覚悟を決めた目でカイトが言う。カタリナは短く頷いた。
「了解」
互いの間合いと役割を一瞬で共有し、最高の連携を取るために動き出す。
――俺が戦う理由。俺は、俺のために戦う。たとえそれが間違っていたとしても。それが俺の答えだ。
カイトは常人では出せない速さで踏み込み、強靭な鎌の刃でロボットに残された最後の腕を切り落とした。
両腕を失った赤槌のロボットへ、トドメを刺すべくカイトは空高く跳ぶ。落下の勢いを乗せ、赤槌のロボットへ本気の一撃を放った。刃は胴体を縦真っ二つに切り裂き、赤い巨体は崩れ落ちる。
※ ※ ※
倒れるロボットを見たギャラリーは、大きな歓声を上げ、会場は沸騰した。
「やるねぇ、あの子ら」
ノアはニヤリと笑みをこぼす。
そして表示された試験の得点――その数字に、誰もが目を疑った。
試験結果 0点。
「え……?」
カイトたちは、モニターに表示された数字を見て固まった。
「な、なんで0点なの!? ちょっとこれどういうことなの!? ノア!」
イノリが叫ぶ。
「あー、そこね。あのロボ、急ピッチで作ったものだから点数が反映されないんだよ。ま、安心して。彼らにはそれなりの点数が入るから」
ノアはあっけらかんと言い、満足げな足取りで試験会場を去っていった。残されたイノリと葛城は揃ってため息をつき、ノアの後を追うように会場を後にした。
カイトたちは呆然としたまま、しばらく立ち尽くしていた。
※ ※ ※
無事試験を終えたカイトたちは、負傷したリュウの容態が気になり、GIQ病院へ来ていた。
病室に入ると、リュウは頭に包帯を巻いている。軽傷とはとても言い難い姿だ。それでも彼は、カイトたちに気づくと、いつもは見せないような笑顔を浮かべてベッドにいた。
「大丈夫? リュウ」
「何とか大丈夫ス。強く頭を打ったぐらいスから」
「それって結構やばくないか?」
「そう言われればそうスね!」
リュウの一言に、その場にいたカタリナたちは笑った。だが、笑いの輪の中で、カイトだけは笑みをこぼさなかった。
カイトは窓の外を見ていた。
――俺は、俺のために戦う。
その答えに、まだ確信が持てないでいた。
※ ※ ※
同時刻。
美咲タシキは秘書を連れ、とある廃墟に来ていた。外は暗く、街の明かりが遠い。空気は湿り、崩れたコンクリートの匂いが鼻につく。
「美咲さん、ここは一体何なんですか」
秘書は不安混じりに辺りを見渡す。だがタシキは表情ひとつ変えぬまま、秘書へ振り向いた。
「君は凶人の未来をどう思う? 凶人(彼ら)は、あの壁の中で永遠にひっそりと暮らし、永遠に放っておくべきなのだろうか? それともどこかの英雄が、凶人たちを救うべきだろうか? もし私がそういう質問をされたら、もちろん後者を選ぶ」
「タシキさん、さっきから貴方は何を言って……」
秘書が言葉を継ごうとした、その時。タシキは呆れたように告げた。
「やはり人間には到底理解のできないものなのだな。つまり君は、私が突き進む世界には必要ない存在だ」
タシキの目には光がない。何かを企む者の、冷たい空洞があった。
秘書は一瞬、言葉を失った。
――この人は、もう戻ってこない。
そう確信した瞬間、秘書は懐から拳銃を取り出し、タシキへ向ける。
「何のつもりだ?」
タシキは驚きもせず、ただ静かに問う。
「美咲タシキ――あなたは凶人に余計に加担しすぎている。だから凶人法に則って、私はあなたを裁きます」
秘書の手が震える。引き金に指をかけた手が、小刻みに揺れている。
「そうか。君がそのつもりなら、私は人間すら捨てる覚悟だ」
「――ッ」
タシキはポケットに忍ばせていた疑神液を取り出す。だが、それと同時に秘書は身の危険を察し、引き金を引いた。
乾いた発砲音。弾丸はタシキの脳天を撃ち抜く。
タシキは口と鼻から血を流し、灯っていた目の光が消えた。それでも疑神液だけは大切そうに握ったまま、崩れ落ちる。
「あなたは関わりすぎたんですよ……凶人という害獣に」
秘書は拳銃をポケットへしまい、どこかへ連絡をかける。
手が震えている。殺した実感が、じわりと押し寄せてくる。
「それでは、死体の回収をよろしくお願いいたします」
連絡を終えた、その時だった。背後に、気配を消した霧崎が立っていた。
「あ~あ、殺しちまったか」
「貴方……凶人収容区にもいましたよね!? あなたは一体何者?」
秘書の背筋を、正体不明の寒気が走る。反射的に拳銃を抜き、霧崎へ向けた。
「おー怖い怖い。そういうものは、人に向けちゃだめなんだぞ?」
「動くな。動いたら撃ち殺してやる」
「誰が害獣の命令を聞くかよ。人一人殺したぐらいで調子に乗るなよ」
霧崎の目が鋭くなる。次の瞬間、秘書の体に凄まじい重力が襲った。指一本動かせないほどの圧力が、全身を地面へ押しつける。
秘書は呼吸すらできない。肺が押し潰され、視界が暗くなっていく。
「あー、脈もない。これは死んでるわ……なんてな。美咲、お前……大事そうに握ってるじゃねぇか、疑神液を」
霧崎は笑い、秘書へ顎をしゃくる。
「おい、そこの女。見てろよ。死んだ人間が蘇るさまを」
霧崎はタシキが握っていた疑神液を取り上げ、死体の口へ流し込んだ。
その瞬間だった。
タシキの体がボコボコと膨らみ、霧崎と秘書のいる空間に熱々しい熱線が奔る。爆ぜるように煙が立ちこめ、視界が真っ白になる。
秘書は恐怖で身動きが取れない。
――何が起きている?
目の前で、人間が――人間じゃない何かに変わっていく。
やがて、その煙を切り裂いて”それ”が現れた。
背中に黒いマントを羽織り、重厚な鎧のようなものを纏った疑神。あらゆる攻撃を拒むかのような圧と、見る者すべてを恐れさせる禍々しい顔。
「誕生したぜ……凶人(俺達)の王が」
「何よ、この化け物は……」
秘書の声が震える。
「そんなビクつくなよ? ほら、お前のお仲間さんたちが来たようだぜ?」
霧崎の言葉の後、武装した人間たちが現れる。だが彼らは一瞬で状況を把握し、号令を投げた。
「憎き人間を殺せ、美咲タシキ」
その言葉と同時に、疑神はふぅ、と息を吐いた。
たったそれだけで、霧崎を除く者たちの体が、カッターナイフのような風に木端微塵に切り刻まれた。血と肉片が舞い、音だけが遅れて落ちてくる。
秘書の悲鳴すら、風に掻き消された。
「今さっきの力は……風の疑神の力か……すげぇな……」
霧崎は、感動すら滲ませる。
「これが『王の疑神』の力か……」
「なあ、霧崎。これはどういうことだ」
疑神化が解け、雰囲気の変わったタシキが立っていた。整えていた髪をオールバックにし、生気のない目で霧崎を見下ろす。霧崎は、タシキが一度秘書に撃ち殺されていたこと、そしてその後に疑神となったことを伝えた。
「そうか……私はとうとうなれたんだな。夢見ていた疑神に!」
タシキは喉の奥から笑いを絞り出すように叫ぶ。
「感激だ! 最高だ! 私は感無量だ!」
「お前、なんかキャラが変だぞ。そんなだったか?」
霧崎が呆れたように言う。
こうしてこの世界に爆誕した、最強の疑神の王。疑神の王という存在が誕生したことで、この世界の均衡はこの日から崩れ始めることとなる。
※ ※ ※
Kが革命戦争を宣言したあの日から数日が過ぎ、とうとう革命戦争の前日。
本来なら何も変化もない日のはずだった。――が、ある不審な男が凶人収容区を訪れる。
「ちょっと君、ここで何をしてる? この凶人収容区に入りたいなら、身分を証明できるものを出してね」
不審に思った警備員が声をかけると、不審な男はかぶっていたフードを取った。
「ヒッ」
警備員は、心の底から声を漏らした。男の顔は左半分が酷い火傷で、眼球がむき出しになっている。とても人間とは思えない。
「おい。俺の顔がそんなに変か? なぁオッサン。変なのか? なあ」
男の声は低く、引きずるように粘る。
警備員を襲う恐怖心と、男から放たれる殺意。雰囲気に縫い止められたように立ち尽くすと、不審な男は警備員の頭に触れた。
「そうか。じゃあ死んでろ」
次の瞬間、警備員の頭が――内側から凍りついた。
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