ミソフォニアのためのオルゴール
惑星近くに係留する大型船。
絶え間なく行き来する、資材運搬の四角い小型宇宙船。
堅牢性が売り文句の輸送船、通称『トラック』が職場。
音嫌悪症。
特定の音がトリガーとなり、不快感と苦痛に襲われる。発症後、静かな環境を求めて運送屋になった。
星間物質の希薄な航路を選ぶのは、本来、燃料の節約が目的。船内を静寂で満たすのにも必要、仕事熱心なトラックドライバーかも……
~♪
耳慣れない金属音が響いた。
船内録画を数分前から再生。
心地良い高音で、抑揚が感じ取れる。
音声応答を消音、自律航行支援システムを起動。
「ナビ、このノイズは?」
解析後『船体・航行に支障なし』と表示された。
人類が恒星間航行を手にして数千年。原始的な生命が多数発見され、極限環境に生きる適応能力も解明されつつあるが、知的な生命との邂逅は無い。
これが偶然捉えた会話なら、大発見!
論点のズレは、ナビシステムだから?
可能性はある……
念のためナビへ指示。
「地球へ送信」
船体を震わせる、巨大生物。
小動物が忍び込んだのかも?
推論を立てて、航行に支障のない範囲で捜索。
生物を探す用意はなく、正体は掴めずじまい。
~♪
今も時折ノイズは聞こえる。
航行は至って順調。
静かに航路を進む。
ズ ズ ー ン
「 デブリッ?! 」
船体に衝突のダメージ。
全身を叩き付ける衝撃。
直後。
船内に響くアラーム音。
それがトリガーだった――
強烈な戦慄の乱高下、全身を蝕む苦痛!
警報は鳴り続ける、逃げ場が無い!!
そのまま 意識 を 失 っ
~♪
時折、響いていた旋律。
その奥。
「 ビ の 声 ? 」
優しい言葉が聴こえる。
「ナビ 警報 解除 船 を 港 へ ……
目的地へ自律航行で辿り着き救助された。
一部始終を記録した運航記録装置を提出。
アラーム音を変更、職を失わずに済んだ。
「あれは音楽、らしいです」
「音楽?」
事故調査官に渡された、簡素な機械。
ハンドルでシリンダーを回転、無数のピンが金属板の櫛を弾き、驚異的な正確さで美しい旋律を奏でた。
「母星を失い、母船・地球号で旅立った我々が忘れた文化で。音の抑揚にのせて、詩を歌ったと記録にありました。音楽で対処が可能だと」
「ドクターが」
「いいえ。ナビが貴方の症状を和らげるため歌ったと」
途端。
船内が溶暗。
セルフチェックを実行。
省電力モードに移行中?
変だな、修理済のはず。
「もしかして……照れてる?」
「良い同僚に恵まれましたね」
歌うトラックは宇宙一有名になったが、恥ずかしがり屋のナビは人前で一度も歌わなかった。
「ナビ、歌って?」
~♪
口ずさむのは、仕事中だけ。




