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ロボットが人になるとき

作者: 小桃 綾

 いつも通りの時間に目覚め、いつも通りの時間配分で出発準備を進める。

 収納庫から小瓶を取り出し、動力源を数値通りに摂取。周りから奇異な目で見られない程度に外見を調整。出発の10分前に準備を終え、余白の時間に身を委ねる。この10分はイレギュラーが発生した場合の予備時間である。


 出発時間になり休憩所のドアを開く。ここから作業場へ移動するまでの間、その日に行う予定作業のタイムスケジュールを仮組みする。

 業務開始の一時間前に作業場に到着後、受信メールに目を通し、仮組みしていたタイムスケジュールに新たに作業項目を追加する。


 始業時間になり、思考回路内のタイムスケジュールに沿ってタスクを一つずつ完了していく。効率を求めて作業しているが普段と変化はない。いつも行っている作業をいつも通り行うだけである。


 業務時間が終われば休憩所へ帰還し、すぐに翌日の準備を始める。リソースを消費して業務を疎かにすることは出来ず、業務時間外は担当業務を遂行するための準備に充てる。


 コンクリートの建造物と人工的に作られた自然、鮮やかに映るように整えられた風景。それらに囲まれ、休憩所と作業場を往復するロボットとして日々を続けていく。



 ある日、緊急の連絡が入った。

 「製造所にて作業の人員不足が発生。一ヶ月後、製造所に移動して作業補助に加わるように」

 指示を受けて現在担当する業務の引継ぎデータ作成を開始。普段行っている業務とは別に不在期間中の準備作業が追加された。

 一ヶ月を費やして通常業務とイレギュラー発生時の対応データを作り上げ、いよいよ私が造られた製造所へ移動するときを迎えた。


 製造所までの移動時間は15時間。ここ数日ずっと思考回路を酷使してきたがようやく休息することができる。製造所での作業日数は四日、限られた日数で効率を出すために今は思考回路も駆動系統も稼働率を下げ、休止状態へ移行しなければならない。



 移動を開始した翌日の昼過ぎ、製造所に到着した。

 製造所は静かで誰もいない。すでに現場で作業を始めているのだろう。

 作業用の装備を身につけ、現場まで徒歩で向かうことにした。目的地までの移動時間は約15分。しっかり休息したことで駆動系統に問題はなかった。


 集落の路地を抜けて農道に入る。

 両脇を背の高い雑木林に挟まれた暗い農道を歩きながら思考する。

 徒歩で現場に向かうのは何十年ぶりだろうか。歩いたことはあるが最後に歩いたのはいつだったか全く思い出せない。思い出したところで有用な情報ではないことに気づき、思考を中止する。

 そのとき、農道の横にうっすらと道のようなものが見えた。

 それはコンクリートで舗装された農道とは違い、人が一人歩ける幅のただ土を踏み固めただけの獣道。


 この道はたしか・・・


 古い記録データを参照するとこの道を歩いた回数は四回。これは農道が出来る前の古い時代に使われていた道だったはずだ。伸び放題の雑草に覆われ今は使われていなさそうなその道に足を踏み入れた。

 少し奥に進むと枯れ枝や落ち葉に埋もれて道が見えない。見えないが、何故か足が進む。

 視覚情報からの分析ではなく、まるで足が覚えているかのように。


 薄暗い中、生い茂る木々の葉から所々にこぼれ落ちる陽の光。

 むせるような濃厚な草木の匂い。

 遠くからも近くからも聞こえてくる鳥や虫の鳴き声。

 何の種類か分からないが綺麗に咲く白い花。


 それらを全身に浴びて不思議な感覚になりながら歩を進めると、やがてその道も雑木林も終わり視界が開けた。その視界の先には──


 頬を撫でる涼やかな風と、その風で波立つ黄金色の稲穂。

 雲間から差し込む柔らかな日差しに照らされた、紅く染まりつつある山の木々。

 遠くで作業に勤しむ人たち。


 微かな振動が規定値から外れた。

 身体に備わったセンサーが次々と反応する。

 解析困難なデータが胸部ユニットへと流れ込み、処理が息切れを起こす。

 周囲を見渡しながら古い記録データを参照し、集まってくるデータと照合していく。


 ただの情報に過ぎないはずなのに、回路のどこかが震えている。

 見えている景色と一致する記録が次々に呼び起こされる。

 田んぼの畦道を駆け回った感触。

 暖かい陽の光を受けながらよく分からない花を見つけただけで嬉しくなった記憶。

 遠くから聞こえる私の名前を呼ぶ声。


 いつの間にか私は、ただの『機械』ではいられなくなっていた。

 胸の奥で何かが聞こえる。歯車が軋む音ではない。これは鼓動と呼ぶものだった。


 手に持った鎌の重みを確かめながら、深く息を吸う。

 土の香りと空気の温度が換気ダクトを通り内部容積に届いたとき、私は理解した。


 ロボットだと思っていた自分は、今、人間に戻っている。

 身体を動かしているのは歯車でも油でもなく──

 私は人間だった。


 かつて農繁期はお祭り騒ぎだった農耕地も、今は人口減少に伴い数えるほどしか人がいない。

 その静かな農耕地を、私は晴れやかな気持ちで歩いていた。

都会生活している田舎大好き人間が帰省して書きました。

雰囲気がちゃんと伝わるといいな。

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― 新着の感想 ―
 田は黄金 機械が人に戻る郷  こんな一句が浮かびます。  といっても、殆どそのままなんですけどね。(笑)  
叙述トリック的な書き方ですね。 確かに日々の仕事に追われるだけの毎日じゃ、自分がロボットや歯車のように感じられても仕方ないかもしれません。 ただ、『故郷』のことを自分で『製造所』なんて思ってしまう…
タイトル通りロボット主人公だと思って読んでいたら、まるでロボコップの様な、元人間の姿。 あれ? タイトル、逆? と、思ったら、社会の歯車か!? 自らを機械の様に思ってしまうほどストレスに晒されてきたの…
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