第4話:影の黒幕と揺れる王宮
宮廷の廊下に足を踏み入れるたび、匂いが告げる――。甘い薬草の香りの奥に、ほのかな硫黄。昨日よりも鋭く、誰かの意図が混ざっていることを知らせる。
「瑠璃、来てくれ」
黎の声が、珍しく焦りを含んで響く。表情は冷たいままだが、その瞳は揺れている。私は器を手に彼の元へ向かう。
「側室の病、まだ不自然な回復を示している」
黎の言葉は短い。だが意味は明確だ――ただの毒ではなく、誰かが操る“計画的な病”である。
「匂いからすると、昨日とは違う化学的手口です。混合の仕方に計算された痕跡があります」
私が告げると、黎の目がわずかに細まった。「誰が……?」
その答えは、宦官・涼の情報から浮かび上がった。医局内部で密かに薬を横流ししていた人物の名前が帳簿に残っている。それは、側室たちの陰謀だけでなく、王家の権力を揺るがす“黒幕”につながる痕跡だった。
「宮廷の誰かが意図的に、病や毒を操作している……」
私の心臓は早鐘のように打つ。匂いだけでここまで追跡できるとはいえ、直接対峙する恐怖は別物だ。杜コウが私の袖を引く。「瑠璃さん、気をつけて」
「ありがとう。でも、これを放置はできない」
夜。薬草と器具を前に、私は慎重に調合を始める。桂皮、甘草、茴香――匂いの変化で黒幕の意図を読み取るのだ。
「匂いで嘘を嗅ぎ分けるだけじゃなく、証拠を作る必要がある」
私の指先は震えない。宮廷の闇は、香りと毒と嘘で編まれている。
その時、黎が静かに部屋に入ってきた。「瑠璃、これは危険な作業だ」
「分かっています。でも、誰かが被害を受ける前に……」
「お前の匂いは確かだ。でも、宮廷の影は甘くない」
言葉少なに彼は背を向ける。感情を見せない黎だが、私を気にかける気配は確かにあった。
翌日、医局の秘密の帳簿と匂いの痕跡を照合すると、一連の事件がひとつの線でつながる。黒幕は、側室だけでなく、医局、そして王家と契約する商会にも関わっていた。宮廷全体を揺るがす計画……その中心に、黎の家族に関わる秘密も絡む。
「匂いだけでなく、証拠も揃った」
私の小声に、杜コウは目を丸くする。「瑠璃さん、すごいです……」
黎が私の手元に近づき、低く囁いた。「次の動きは慎重に。宮廷の闇は深く、危険が増す」
私は頷く。匂いで真実を嗅ぎ分ける力も、誰かを守る勇気も、まだ足りないかもしれない。けれど、もう退くことはできない――。
宮廷の夜は深い。甘い香りの裏に潜む硫黄の匂いが、次の戦いを告げていた。