第7話 昔話
こうしている今も勇者の悪評は広まりつつある。
「それは真か?」
見るからに気品が滲み出ている人物が豪華な椅子に座っている。
「はい、45代目勇者、敵前逃亡による極刑を求めます」
「この【タリオス】の名にかけて」
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勇者は、魔王を前にして逃亡した。そんな話は瞬く間に世界中に広まった。
ある者は、勇者を恨み命を奪おうとする、ある者は、勇者に同情し無事を祈る、またある者は、この世に絶望し廃人とかす。
それほどまでに、勇者とは人類の希望であると共に支えであったのだ。
その存在が消えた今、憎しみを生み本来、発生しなかったであろう逆恨みが起こる。
そして今の勇者は、秩序を守る治安組織である【聖騎士団】にとっては許されざる存在である。
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王都 グリム
グリム病棟にて。
「お越しいただきありがとうございます」
受付係がそのまま案内する。
「タリオス=アリティウス様…こちらへ…」
045号室 マーニス=マトラテス様
「あまり刺激を与えないよう注意してください」
そういい、受付係はその場を離れる。
タリオスは、その重い木の扉を開く。
「………マーニス……」
マーニスは、病床に座り、静かに窓の外を眺めている。
「身体は大丈夫か?マーニス」
無反応、振り向きもしないマーニスが不思議と不気味に思う。
「なぁ…マーニス」
静かに隣の席に座る。
「綺麗だなグリムは、俺たちの故郷は」
この病室からは、広場の噴水が見える。
「あの噴水でよく遊んだっけな?」
グリムにある広場の噴水、そこで始めて勇者と出会った、別の街から来た勇者は、俺たちの名前を呼ぶのにも苦戦していた。
タリオスは、一緒になって窓の外を眺める。
「…ない…っ………」
小さく震える声でそう言った。
「…知らない……貴方は……誰………」
マーニスもまた、勇者に憧れ、支えられていた人物だった。
「……消えて……怖い……」
よく見ると身体全体が震えている。
「……部屋を間違えたみたいだ!済まないな!」
そう言い部屋を出るが、タリオスもまた、右手を震わしている。
「5回も……間違えるわけないだろう!」
「勇者……勇者が憎い…」
タリオスの家族はみな自殺した。
戦士血統【アリティウス家】代々、勇者の仲間として選出されてきた家系であり、その数32回。選出された英雄たちは、みな勇者とともに魔王へ立ち向かい、ともに命を落とす。
【誇りとは己の手で取り跡を残さぬものだ】
座右の銘としてこの言葉は、どう生きるかだけではなく、どう死ぬかをも大事にする、そんなアリティウス家の系統を表している。
だからこそ……タリオスの存在は当然許されない。
魔王を目の前にして逃亡し、最後の別れを告げた家族と再会する。まさに、恥である。
その禊として、タリオスの家族は皆、自らの命を絶ち祖先への謝罪を示した。
その選択が正しいかどうかではなく、帰ってきたその事実があってはならなかった。
タリオスに帰る場所などなかったのだ。あの日、勇者の仲間になったときから。
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約6年前 王都グリム
「勇者?」
大剣で素振りをするタリオスに母は話しかけた。
「そうですよ、勇者がこのグリムにいらっしゃいました。ご挨拶に行きなさい」
言われるがままに広場へ向かう。
「勇者か、この目で見ないと信じれねぇな」
もう既に人集りが出来ていた。
「すげぇ……!」
母からの話を聞いてから内心、ずっとワクワクしていた、代々伝えられていた勇者の存在、人類の希望、憧れないわけがない。
「あれ?タリオスも来てたの?」
魔法の実験を抜け出してきたからか、黒色煙を体に纏っているマニースがいた。
「当たり前だろ!でもここからじゃ見えねぇ」
マニースはニッコリと笑う。
「そんな事もあろうかと、新しい魔法を覚えてきたよ!」
マニースの杖が紫色に光る。
「空中浮遊!!」
タリオスたちの身体が空に浮かぶ。
「うぉ!すげぇ!」
そのまま勇者の真上まで移動する。
「よく見えねぇ…高過ぎじゃないか?」
「文句だけは一丁前だね!」
「なんだと!そもそも魔法を使ってほしいなんて言った覚えねぇけどな!」
「あぁ!分かった!今すぐ解除してあげるよ」
「おい!ちょっ!」
タリオスはそのまま自由落下に身を任せることになった。
「あの野郎……この高さ、俺でも怪しいぞ!」
高度200メートルほどの落下に冷や汗をかく。
「少しは頭が冷えたかしら?」
再び魔法をかけようとすると。
「きゃあ!!」
間違えて自分の魔法を解いた。
「何してんだ!!今すぐ自分にかけ直せ!」
「っ……集中力が…持たない……」
(まずい!このままじゃ俺が助かっても、マニースや下の人が危ない!)
「一か八か!!」
タリオスは大剣を握り、緑の光を出す。
「つむじ風!!」
大剣をマーニスに向けて投げ、風の逆噴射からマーニスの自由落下はスピードが緩くなる。
「これが限界だ……」
不慣れな魔法を使用したため、魔力酔いを引き起こしそのまま意識が朦朧とする。
タリオスが地面に衝動しそうになったとき。
一筋の影が2人を抱え込む。
「大丈夫かい?」
優しい温かさを秘めた勇者だった。
憧れの勇者に抱きかかえられ間近でその顔を見たタリオスは、この人が人類の希望、【勇者】であることを悟った。
そして、勇者にこの命を捧げようと決意したのだ。
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「やぁ、目覚めたかい?」
ベンチで寝ている体をおこす。
「ゆ、勇者様!」
すると、奥から泣きながら近寄ってくるマーニスがいた。
「タリオス!!ごめんさない!!私が余計なことをしたから……」
抱きつくマーニスの頭に手を置く。
「俺も悪かったよ、感謝一つも言わないで悪かった、何も怪我がなくてよかったよ」
タリオスの顔はだんだん赤くなる。
「勇者様の前だぞ!しっかりしろよ!」
必死の照れ隠し、その言葉でマーニスは、泣き止んだ。
「仲良しだね、いい関係みたいだ」
勇者は優しい瞳をしている。
「勇者様!助けてもらいありがとうございます!」
「私も!改めてありがとうございます!」
深くお辞儀をする二人。
「勇者として守るのは役目だからね、二人とも無事でよかった」
「勇者様!このご恩は必ず返します!」
「わ、私も!」
勇者は少し困った、また悲しそうな顔をする。
「はは……こんなに感謝されたのはいつぶりだろうか……」
勇者は少し考え言う。
「そうだ、二人ともよかったら仲間候補にならないかい?この街で開催される、勇者の仲間に選ばれる大会があるんだ」
「僕は、君たち二人を推薦するよ、二人とも途轍もない魔力と闘気に満ちあふれている」
2人は笑顔でお互いの顔を見合わせる。
「わかりました!!」「わかりました!!」
タリオスは名門戦士家系の長男、マーニスは生まれながらにして王都一の天才魔法使い。
もちろん、2人が勝ち抜き、見事勇者の仲間になった。
「さぁ…改めてよろしくね、タリオス、マニース、仲間として君たちを歓迎するよ!」
「楽しみだね!タリオス!」
「あぁ!!夢みたいだ!!」
この日だけは、全てのものが輝いて見えた。
きっとこの日から全てが、決まっていたのだろう。こうなる運命だったのだろう。
でも、どうして…こんなことに。
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「どうして…こんなことに」
タリオスが見舞いに行ったその後、マーニスは自らその命を絶ってしまった。