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9.
小学一年生の春、小姫は記憶の一部を失った。
たぶん、弥恵に頼まれて夕飯の買い物に行った帰りだった。川の側の道路を歩いていて、その端っこに、少年がいたのを覚えている。
――しかし、気が付いた時には、小姫は病院のベッドに寝ていて、枕元には弥恵がいた。
車に轢かれたのよ、と、後で教えてもらった。出血も多かったはずなのに、擦り傷と打撲しか見当たらないのは不思議だと、医者は首をかしげていた。
そうだ。あの時……。
記憶の断片が、うっすらと浮き上がる。
目が覚めてから数日後、左腕を見て思ったのだ。
――こんなに何もない、きれいな腕だっただろうか、と。
草むらに分け入った時に細い葉で切った傷のかさぶたや、寝ている間にぶつけてしまったあざがあったのは、左腕じゃなかっただろうかと。
思い過ごしかもしれない。記憶に自信がなくなった小姫は、そう思って、そのうち忘れてしまっていた。
しかし、あれが気のせいではないとしたら――……。