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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第三章 花と香りと、特別な約束
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45.

 岩の神の勧めで、日の当たる岩の上へと移動した。日光を溜めたそこはほんわりと温かく、頭上には枝が張り出していて、直射日光が顔に当たるのを防いでくれる。小姫はありがたくそこへ座り、枝に腰掛けるかたちで浮かんでいる岩の神を見やった。


 昼間でも淡く光る岩の神は、狐やタヌキほどの大きさに縮んでいた。一瞬、女神の子どもか別の妖怪かとも思ったが、声も話し方も岩の神のそれなので、本人に間違いはないだろう。なぜそのような姿をとっているのか気になって仕方がないが、相手が神であるだけに、気軽に尋ねていいものか迷う。小姫がちらちら視線を送っていると、岩の神は自分から切り出した。


「――ああ、この姿が気になるのか? そういえば、そなたと会うのはあの夜以来初めてだったな。しかし、調停者から、ある程度の顛末は聞いているのだろう? あの時、力を使いすぎてしまってな、これ以上の消耗を避けているのだ」


 それはつまり、省エネということだろうか。力を使いすぎたとは聞いていたが、こんな姿になるまで力を尽くしてくれたとは知らなかった。小姫は思わず頭を下げる。


「……すみません。私のせいで、そんな姿になってしまって……。どう、お詫びをしたらいいか……」

「そんなものは要らぬ。決めたのは我だからな。それに、そなたのためだけでもない。人間の暗部を知らぬうちに背負ってしまったあやつのことを、我なりに慰労したかったのだ。完全とはいかなかったがな。しかし、これからの日々が少しでもあやつの慰めになるのなら、我も苦労をしたかいがあったというもの。しばらくはあの丘で過ごしてもらうことになると思うが、あの耳飾り……ピアスと言ったか? あれをつけておれば、外に出ても、ある程度の封印の効果が望めるようだ。そのうち、そなたとも会えるようになるだろう」

「そう、なんですか……!」


 会えるかもしれない、という淡い期待が、岩の神の口から出たことで、一気に現実味を帯びてくる。


 それは、紛れもなく明るいきざしだ。セイにとっても、小姫にとっても。

 温かくて優しい岩の神の心遣いが胸にしみる。


 セイの過去を、未来を、より良いものへと願っているのは小姫だけではなかった。誰も、セイを疎んだりしていない。悪いものだと思っていない。彼の帰る場所は、ちゃんとある。


 ……セイにも、伝わっていると良いのだが。


 昨日、弥恵に見せてもらった写真が思い浮かんだ。


「あの、ピアスって、オレンジ色のピアスですか?」


 チャラい格好だと思っていたが、あれにそんな力が込められていたとは。

 そう思いながら問うと、岩の神は頷いた。


「ああ。キンモクセイの花のピアスだ。本物を使っているから香りもする。大鴉にとっては、鎮静薬のようなものだな」

「! あれ、キンモクセイだったんですね……! 確かに、なんかかわいい形だったかも……!」


 スマホの写真では、小さくてよく見えなかった。家に帰ったらもう一度見せてもらおうと思う。


「そうだろう? 人間から見てもおかしくはあるまい? 奴はなぜか、ああいうのが得意なのだ」


(――え? ……奴って……)


 自然と、顔がこわばった。手が無意識に前髪に伸び、ヘアピンに触れた。


 水の力を持つ笹の飾り。封印の力を込めた花のピアス。

 こういうのを作るのが得意な奴とは――……。


「それより、そなたはここに何をしに来たのだ? ここにはもう、我を含め、誰も住んではおらぬぞ」

「……え? あ――」


 わかっている。わかっているが……。


 動揺したところに答えにくい質問をされ、小姫は口ごもった。すると、


「――もしや、乙彦を探しに来たのか?」

「――っ」


 だしぬけに核心をつかれ、小姫は完全に言葉に詰まった。


 岩の神と会った時から、彼の――乙彦の話を避けては通れないことはわかっていた。

 小姫の行動が何を意味しているか、彼女にもある程度察しはついているだろう。だからこそ、わざわざ声をかけてきたに違いない。

 彼のことを話すつもりで。そろそろ教えてもいい頃合いだと判断して。


(……だったら、私……、うんって。はいって、言わないと……!)


 じわりと嫌な汗がにじんだ。


 願ったり叶ったりのはずだった。そのために、ここまで来たのだから。乙彦の行方を知りたくて、いてもたってもいられなくて、はち切れそうな思いを抱いて。


 それなのに――。


(……はい、って、言わなきゃ……。そうです、私、乙彦を――)


 それなのに、言葉が出なかった。神様に質問されているのだ。返事をしないわけにはいかない。それに、答えは一つに決まっている。


 だが、声がのどの奥に引っかかっているようだった。なんとか絞り出そうとして力を入れると、膝に置いたこぶしがぶるぶる震えた。小姫の様子を黙って見ていた岩の神が、後悔したようなため息をついた。


「……いや、意地の悪い質問だったな。わかっていて声をかけたというのに……。しかし、我も奴の行方についてはどうとも言えぬのだ。すまないな」

「――え……」


 息をつめて聞いた岩の神の言葉は、しかし、歯切れが悪かった。岩の神は知っているはず――そう確信していたのに、思いもよらぬ答えに愕然とする。


 小姫はにわかには信じられず、虚ろな目で女神を見つめ続けた。


「……まだ、体調は万全ではないのだろう? その体力で下山するのは難しかろう。顔色も悪い。家まで送ってやるから、今日は無理せず休むと良い」


 気を遣ってくれたのか、岩の神はそんな申し出をした。神とは思えないほど寄り添ってくれた提案だったが、小姫は頷くことができなかった。


 本音を言えば、その提案を受け入れたい。体調が万全でないことを言い訳に、このまま家に帰ってしまいたい。そうすれば、良くない現実から目をそらし続けることができる。まだ希望があると信じることができる。


 だが――……。


「……いえ。ここにいないなら、もう少し辺りを探してみます」


 わかってしまった。答えが聞けなかったことで。

 小姫は、やはり、乙彦の行方が知りたいのだ。


 どこにいるのか。具合は悪くないのか。苦しんでいるのか。悲しんでいるのか。何を考えているのか。何を思っているのか。


 ――今、ひとりなのか。


 どんなつらい真実でも、乙彦のことが、どうしても知りたい。


「……あの、ありがとうございます。心配して、声をかけてくださったんですよね。今回のことも、昔のことも、私、すごくお世話になって……、岩の神様には、本当に感謝しています。――でも、乙彦に会いたいんです。何か、会えない事情があるのなら……、その理由が知りたい。その上で、どうにかして会いたいんです。……怖くて、今まで先延ばしにしてしまいました。でも、これ以上目を逸らしていても、つらくなるだけな気がするんです」

「…………」


 小姫は無理して笑顔を作って、続けた。


「だから、大丈夫です。私、やりたいことがわかったので。ちゃんと、ひとりで帰れますから」

「…………」


 岩の神は、しばらく返事をしなかった。視線を遠くに向け、何か考えているようだった。

 やがて、ふう、と大きく息を吐いた。それから、億劫そうに口を開いた。


「……本当は、奴と約束したのだがな……。さすがに、そなたをその状態で放っておくのは忍びない。奴には、恨まれるだろうが……これも自業自得というものだ」

「――? 岩の神さま……?」


 そうして、岩の神は語りだした。乙彦と交わした約束のことを。


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