42.
うっすらと、地面の冷たさが肌から伝わってきた。
かすかにキンモクセイの香りがする。セイの意識に干渉する前の状態に戻ったのだろうか。額に、岩の神の手のひらが当てられているのを感じる。
(……セイちゃんは……どうなったの……?)
一緒に戻って来られただろうか。それとも、置いてきてしまったのだろうか。――あの、暗くて冷たい湖の底に。
目を開けて確認したい。だが、まだまどろみに囚われているようで、瞼は開かず、体の感覚も鈍くて重い。それは聴覚も同じなようで、馴染みのある声なのに、遠すぎて言葉が聞き取れない。
「……は……約束……」
「……本当に……のか……」
(……約束……?)
怪訝そうな声は、岩の神のものか。では、もう一人は。
それに気づいた途端、すぐに体を起こしたい衝動に駆られた。起き上がり、目を開けて、誰が何を言っているのか確認したい。いや、確認しなければならない。
必死さが功を奏したのか、次の言葉は先ほどよりもはっきりと聞こえた。
「――ええ、後のことは頼んだのです」
「……ああ。わかっている」
やはり、乙彦の声だった。その言葉に、小姫は焦る。
――どこかへ行くつもりなのか。自分を置いて。
ぴくりと、指が動いた。乙彦の妖力で補われているはずの、左手の人差し指が、わずかに動く。
しかし、それに気づいたのか、岩の神がこちらを向いた気配がした。
「……戻って来たか。調停者の娘よ。今は、ゆっくり眠るのだ……」
岩の神の優しく、抗いがたい声音に、小姫の意識が強く引っ張られた。思考が飛びそうになり、何をしようとしたのか忘れかけた。
(……乙彦を……探さなきゃ……)
しかし、先ほどは動いた指さえ、地面にくっついたようになって剥がれない。しかも、岩の神が囁くたびに、眠気が強くなっていく。
(……待って。まだ眠れない。セイちゃんも、確かめなきゃ……)
「眠るのだ。人の子よ……」
「――……」
抵抗する気力が、甘くしびれて霧散する。起きていなければと思うのに、体は眠りに着こうとする。
岩の神が、ぼそりとつぶやくのが聞こえた。
「……悪いな。だが、これも約束なのだ……」
(……約……束……?)
小姫は疑問に思った。約束とは、何だろう。一体、誰との……? 約束を守るのに、何を謝ることがあるのか。
だが、唇を動かす力はなかった。耳も、聞こえなくなってくる。誰かが遠くでしゃべっている気配はするが、何を言っているかはわからない。
低く優しい声音が心地よかった。その音に身を委ねているうちに、小姫は深い眠りに沈んでいった。
――そうして、一週間が経った。