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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第三章 花と香りと、特別な約束
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42.

 うっすらと、地面の冷たさが肌から伝わってきた。


 かすかにキンモクセイの香りがする。セイの意識に干渉する前の状態に戻ったのだろうか。額に、岩の神の手のひらが当てられているのを感じる。


(……セイちゃんは……どうなったの……?)


 一緒に戻って来られただろうか。それとも、置いてきてしまったのだろうか。――あの、暗くて冷たい湖の底に。


 目を開けて確認したい。だが、まだまどろみに囚われているようで、瞼は開かず、体の感覚も鈍くて重い。それは聴覚も同じなようで、馴染みのある声なのに、遠すぎて言葉が聞き取れない。


「……は……約束……」

「……本当に……のか……」


(……約束……?)


 怪訝そうな声は、岩の神のものか。では、もう一人は。


 それに気づいた途端、すぐに体を起こしたい衝動に駆られた。起き上がり、目を開けて、誰が何を言っているのか確認したい。いや、確認しなければならない。


 必死さが功を奏したのか、次の言葉は先ほどよりもはっきりと聞こえた。


「――ええ、後のことは頼んだのです」

「……ああ。わかっている」


 やはり、乙彦の声だった。その言葉に、小姫は焦る。


 ――どこかへ行くつもりなのか。自分を置いて。


 ぴくりと、指が動いた。乙彦の妖力で補われているはずの、左手の人差し指が、わずかに動く。

 しかし、それに気づいたのか、岩の神がこちらを向いた気配がした。


「……戻って来たか。調停者の娘よ。今は、ゆっくり眠るのだ……」


 岩の神の優しく、抗いがたい声音に、小姫の意識が強く引っ張られた。思考が飛びそうになり、何をしようとしたのか忘れかけた。


(……乙彦を……探さなきゃ……)


 しかし、先ほどは動いた指さえ、地面にくっついたようになって剥がれない。しかも、岩の神が囁くたびに、眠気が強くなっていく。


(……待って。まだ眠れない。セイちゃんも、確かめなきゃ……)


「眠るのだ。人の子よ……」


「――……」


 抵抗する気力が、甘くしびれて霧散する。起きていなければと思うのに、体は眠りに着こうとする。


 岩の神が、ぼそりとつぶやくのが聞こえた。


「……悪いな。だが、これも約束なのだ……」


(……約……束……?)


 小姫は疑問に思った。約束とは、何だろう。一体、誰との……? 約束を守るのに、何を謝ることがあるのか。


 だが、唇を動かす力はなかった。耳も、聞こえなくなってくる。誰かが遠くでしゃべっている気配はするが、何を言っているかはわからない。


 低く優しい声音が心地よかった。その音に身を委ねているうちに、小姫は深い眠りに沈んでいった。




 ――そうして、一週間が経った。



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