表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第三章 花と香りと、特別な約束
71/81

36.

「――っ、ああ、あああああっ!」


 いつの間にか折れたくちばしを限界まで広げ、焦点の合わない目を向けて、鴉は小姫を追ってきた。


 すでに言葉はなかった。意味の分からない雄叫びを上げ、目の前の獲物を胃袋へおさめようと、がむしゃらに猛追してくる。


 それほどの距離ではないのに、湖のふちまで、やけに遠く感じた。あと一歩というところで小姫は足を止め、セイの方へと振り向いた。


 距離を確かめる余裕などなかった。すぐ後ろまで迫っていたことに驚き、息をのむ。大烏が口を開け、真っ黒い口の中と舌で視界がいっぱいになった。


 迷っている暇はない。小姫は振り向きざまにポケットから出していた紙きれを広げ、くちばしの前へと突き付けた。


(――お願い、目を覚まして……!)


 小姫が取り出したのは、セイが書いた脅迫の手紙だ。連れ去られたときに手に持っていて、そのままポケットに入れていたのだ。キンモクセイの残り香に、セイが一瞬でもひるんでくれることを、祈る。


 しかし、吹き荒れる風の前で、そんなかすかな香りは無いも同然だった。広げた瞬間にそれを悟り、力が抜けそうになる。もうだめか、と思ったとき、驚いたことに、大鴉の動きが止まった。


(――今だ!)


 なぜかわからないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。小姫は大鴉に向かって斜めに走り、くるりと反転して体当たりをした。そのまま湖に向かってもろとも飛び込む。


「ぐあぁっ!?」


 大鴉は鳴いたが、小姫は声を上げることもできなかった。秋の冷たい水に入った瞬間、体がこわばり、息が止まりそうになる。


(――お願い、乙彦……。力を貸して……!)


 急速に体温を奪っていく冷たい水の中で、乙彦のことを思った。


 川の妖怪である彼にとって、湖は家のようなものだろう。そう考えれば、怖さが薄れた。胸に温かい光が灯るようにさえ感じられた。



 それに背中を押され、小姫は暗く深い水の中へ、鴉を連れて沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ