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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第三章 花と香りと、特別な約束
57/81

21.

 しかし、小姫の嫌な予感は的中した。


「――え、早田さん、今日休み?」


 クラスの準備が始まっても早田の姿がないことに気づき、近くにいたクラスメイトに尋ねると、そんな答えが返ってきた。彼女からの伝言を預かっていたらしく、作業の手を止めないまま伝えてくれる。


「うん。今日は部活の方に行くって。あんまり顔出せてなくて、準備が遅れてるらしいよ」


 そういう小姫のクラスも、本番を明日に迎えて、てんやわんやの状態である。土壇場で作業を増やしてしまい、先行きが不透明な班もある。特にほたる橋チームは、暗幕に電球を飾って夜の情景を演出しようとし、それならば告白の舞台も作ろうと調子に乗ったせいで、未だに半分くらいしかできていない。


 だが、クラスの準備に参加してくれる人数も増えた。目処のついた班から人手を借りたり、家でできる作業は持ち帰ったりして、みんな協力して明日に間に合わせようと必死である。実行委員の二人も例外ではない。みんなに片っ端から声をかけ、手が足りないところに入ったりしている。小姫も全体の進行をチェックしながら、あとで各班を手伝って回ろうと考えている最中だった。


(そっか……。やっぱり、キンモクセイの丘の展示がなくなって、やる気がなくなっちゃったんだ……)


 危惧していたことが、現実になってしまった。こんなことさえなければ、小姫だって、早田の展示は楽しみだったというのに。


 昨日、早田に伝えた後、クラスのみんなにも正式に発表した。今朝は担任からも、丘には近づかないようにと重ねて通達があった。

 クラス内からは特に反対意見は出なかったが、数人の女子が早田を気遣う様子が見て取れた。早田は平気なふりをしていたが、それが本心ではないことなど、友人たちにはお見通しだったに違いない。彼女が教室にいないのがその表れだと、暗に責められている心地だった。


「……えっと、でも、いったんは戻ってくるの? 最後の方だけ身に来るとか?」

「え? ……どうして?」

「あそこの荷物、置きっぱなしだから」


 キンモクセイの丘を展示する予定だったスペースには、早田が準備した道具や看板がそのまま残されている。彼女が片付けるだろうと思っていたが、いないのなら仕方がない。心苦しいが、こちらで撤去するしかないだろう。

 しかし、小姫がそこに向かおうとすると、その子が困った顔をして引き留めた。


「あ、それは……、いいの、そのままで」

「え?」

「沙紀も、そこに置いといてって言ってたし」

「……?」


 小姫は眉を顰めた。

 それはどういう意味だろう。帰りに片付けるということか。


 だが、今、片付けなければ、明日の本番はここに何もない空間ができてしまう。スペースを広げたいと要望している班もあるし、物置にしておくわけにはいかないのだ。

 小姫の疑念を感じたのか、しぶしぶその子が口を開いた。


「……ほら、問題の場所が立ち入り禁止になったって、展示には関係ないじゃん」

「え?」

「だって、紹介するだけだし。こういう場所もありますって言うだけ。だから、展示までやめる必要ないんじゃないかって。……沙紀も、後で来るって言ってたし」

「! それはだめだよ!」


 思いがけず大声になってしまい、教室にいた生徒たちの視線が集中した。小姫は慌ててみんなに何でもないと告げてから、彼女に向き直る。


「大声出してごめん。でも、やっぱりそれは良くないと思う。昨日も説明したけど、紹介したら行ってみたいと思う人もいるだろうし、それでその人が実際そこに行ってしまって怪我でもしたら、うちのクラスの責任になるかもしれない」


 こんな面白いところがありますよ、でも今は立ち入り禁止ですよ、と紹介し、みんなが素直に従ってくれるなら問題はない。だが、そういう人ばかりではないのが、現実なのだ。

 しかし、彼女はそんな懸念に異を唱えた。


「それさ、大げさだと思うんだ。写真見た人が、実際行くとは限らないじゃん。それに、もし行ったとしても、それでなんで、うちらの責任になるの? 禁止されてるんだから、それでも行ったらその人の責任でしょ?」

「でも、行きたくなるよう仕向けておいて、あとは全部自己責任ですなんて言っても、理解は得られないんじゃないかな。どっちにしても、一度クラスで決まったことだし、私たちとしても、丘の展示は認められないよ」

「――っ」


 彼女は口を引き結ぶと、鋭い目つきで小姫を睨んだ。それから、無言で作業に戻る。


(……納得は、してくれてないよね……?)


 だが、不満があったとしても、今は飲み込んでもらうしかない。危険な妖怪が長い間封印されていた場所なのだ。実際、小姫も幻覚を見て倒れている。誰も危険な目には遭ってほしくないから、心を鬼にして、だめなものはだめと言うしかない。


 しかし、嫌々でも了承してくれたのかと思いきや、彼女は小姫から目をそらし、「あーあ」と大声を出した。


「やっぱり、日浦さんはえらいよねえ。村長の娘だけあるわー」

「え……」

「無い責任まで探して背負おうとするなんて、責任感が強くてあられますこと。でも、だったら、一人で全責任を背負えばいいのに」


 きこえよがしな言い方だった。小姫ではなく、その後ろにいる皆に言いつけるような、皮肉げで意地悪な口調。

 一瞬、教室内は何事かと静まり返ったものの、彼女の意図を察した生徒が、後に続いた。


「あー……、だよなあ。だって、学級委員だもんな? ……知ってるか? 学級委員って、ママの言いつけを守る、いい子ちゃんしかなれないんだぜ?」

「おいおい、やめろって。お母さんに告げ口されちゃうだろ? どうすんだよ、そんな反抗的なクラス、排除してやる! なんて思われて、うちのクラスだけ参加できなくなっちゃったら」

「うわー、それって、モンスターペアレントってやつじゃん? 最悪! 責任感あるなら、とっとと辞めた方がいいんじゃない?」


 歪んだ笑みを浮かべて、厭味ったらしく笑い合う。

 小姫は頭が真っ白になり、呆然と立ち尽くした。が、笑い声が広がって行くにつれ、ゆっくりと理解していった。


(……違う。反対意見がなかったんじゃない……、反感は、買ってたんだ……)


 小姫の知らない裏側で、不満はくすぶっていたのだろう。それが、さっきの一言で火が付いた。

 何が悪かったのか。小姫の言い方か。説明した内容か。それとも、早田が影で悪口を言っていたのか。


 ……いや、早田はそんな人ではない。おそらくこれは、八つ当たりだ。何がいいとか悪いとかではなく、ただ、不満をぶつけたかっただけ。その対象として、小姫がちょうどよかったのだ。


 悪口は収まらない。あてつけがましい罵声は減ったものの、ひそひそという陰口と笑い声は止む気配がない。実行委員の二人が目の端に見えたが、状況を掴めなくておろおろしているようだ。


「おーい、そこ! もし手ぇ空いてるなら手伝ってくれない? こっち、スペースが足りなくてさ、もっと広い場所に移動させたいんだ」


 その時、小姫が凍り付いているのを見かねたのか、五月がひときわ大きい声を出して注意を引いた。ぎすぎすした空気にピリッと電気が走り、一瞬、室内が静まり返った。


「――え? あ、あー、そうだったよな。明日まで時間、ないんだっけ。どれ、どこだよ、手伝うよ!」

「お、おお。俺も手ぇ空いてるぜ」


 五月の発言を機に、文化祭前夜の熱気が一気に戻ってくる。悪口に加わらなかったクラスメイト達も、ほっと息をついて、ぎこちなく手を動かし始めた。


「で? 五月んとこは、どこまで進んでるんだ?」

「あー、まだここの途中。でも、このくらいの大きさになる予定だから、移動したくてさ。人も乗れるやつって思ったら、本格的になっちゃって」

「あはは、マジすぎ! こんなでかいの、どこに置くんだよ!」

「本番、明日だぜ。もっと計画的に考えろって」


(……五月くん……)


 まるで何事もなかったかのように、時間が流れ出した。五月のおかげで険悪な雰囲気が解け、和気あいあいとした空気が戻っている。


「…………」


 しかし、小姫は唇をかみしめ、金縛りにあったかのように動けない。背後から聞こえてくるにぎやかな声との間に、分厚い壁があるように感じた。


「……日浦さん。悪いんだけど、ここのスペース、うちで借りるね。早田さんには俺から頼んでおくから」


 そんな小姫に、五月が明るく話しかけてくる。


「あと、古鏡湖の班も確認した方がいいんじゃないかな。俺が言うのもなんだけどさ、ちょっと進み方が遅い気がするよ。こっちはなんとかするから、日浦さんは、向こうの方、手伝ってあげたら?」

「あ……、うん。ありがとう……」


 五月の優しさがつらい。助けてくれた礼を言った時も、目を見ることができなかった。彼の表情を確認することもなく、小姫は逃げるように古鏡湖のグループへ混ざった。


「あの……、明日まで、間に合いそう? どこか、手伝えるところあるかな?」

「あっ……、日浦さん」


 返事をした生徒は気まずげな顔をしたものの、おずおずと説明してくれた。


「えっと……、実は、文章の方しか進んでなくて。写真がまだ全然手つかずで……」


 古鏡湖の班がやろうとしているのは、湖の写真をポスターのようにして張り出すというもののようだ。写真を拡大分割して印刷し、古鏡湖の美しさを前面に押し出す作戦らしい。


 小姫はもくもくと作業を続けた。しばらくはぎくしゃくした雰囲気が残っていたが、小姫が気にしないそぶりを貫いたため、それも徐々に消えていった。


 そうして、すべての班が一応合格点を出せるレベルまで仕上げたところで、下校時刻となった。


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