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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第三章 花と香りと、特別な約束
56/81

20.

 金曜日の今日は、文化祭の準備ができる最終日である。それなのに小姫は、何をしていても身が入らず、一日中ぼうっとしていた。


 ――長い夢だった。


 数か月分もあっただろうか。頭だけでなく体も重く、それ以上に心が疲れていた。登校する際は、乙彦の言葉を幾度となく聞き逃して呆れさせた。


(あの夢……、今回のことに関わっている気がするけど……)


 あの日からずっと、同じ少年の夢を見続けている。乙彦に打ち明けるべきかどうか、小姫は何度も迷い、そのたびに思いとどまった。


 夢の内容は、小学生の小姫が妖怪の少年と仲良くしているという、ただそれだけのものだ。何の変哲もないそんな日常が、延々と続く。それがどうしたかと聞かれたら、小姫も答えようがない。


 ただ、胸騒ぎがするのだ。


 この夢の続きをみてもいいものか。この夢を見終わったら、何かが起こるのではないだろうか。これは、誰かが小姫に何かを伝えようとして見せているものではないか、と。


 こんな漠然とした不安を告げられたところで、乙彦も困るだけだろう。弥恵は何かを知っていそうだが、相談したところで心配されるだけの気がする。むしろ、この件から遠ざけようとしていることに、小姫もうすうす気が付いていた。


 きっとこの夢は、小姫の記憶と密接な関係があるのだ。

 どこがどうつながっているかはわからない。だが、夢の中の小姫の年齢からして、十年前の出来事に間違いはないだろう。


 あの頃の生活を思い出す。断片的にだが、小さな変化があったことは覚えている。

 大好きなおやつを、家から持ち出して外で食べるようになった。それまでほとんど本など読まなかったのに、図書館から借りるようになった。

 だが、その本やおやつを、どこで食べたのか思い出せない。なぜ本を外で読んでいたのか、理由に心当たりがない。


 そこに、あの夢を当てはめてみれば――あの金色の目の少年との出会いをはめ込んでみれば、ぴったりと符号が合う。


「――……っ」


 小姫はぞっとした。あまりにも……、作為的ではないだろうか。

 まるで、その部分だけを選んで、意図的に抜き出したような。

 それでも不自然に思わないよう、巧妙に隠されてきたような。


 交通事故に遭い、ショックのあまりその時の記憶を失った。小姫はそう聞いている。

 だが、本当は違ったのだろうか。


 小姫は思わず自分の両腕を抱いた。

 弥恵は今までも、無理に思い出すことはないと言っていた。弥恵がそう言うのなら、それで問題はないと思った。今回もそのスタンスは変わらない。それならばきっと、知らない方がいいことなのだ。知ればきっと、小姫が傷つく。そう思ってのことなのだ。


 そう思った。小姫自身もそう考えていた。けれど……。


 この胸騒ぎは、何だろう。本当に、知らないままでいいのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、鐘がなった。何一つ授業の内容が頭に入っていないのに、ホームルームが始まってしまう。


(ああ、文化祭の準備か……。そっちも問題だった)


 果たして、文化祭は無事に催行されるのだろうか。クラスの準備は間に合うのだろうか。こんなに気が重いのは、あの夢だけのせいなのだろうか。


 ……何事も起こらなければいいのだが……。


 気が付けばまた、ホームルームも終わり、クラスメイト達は各々の場所へと散っていく。暗澹(あんたん)とした気持ちのまま、小姫も学級委員の仕事に向かうのだった。


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