20.
金曜日の今日は、文化祭の準備ができる最終日である。それなのに小姫は、何をしていても身が入らず、一日中ぼうっとしていた。
――長い夢だった。
数か月分もあっただろうか。頭だけでなく体も重く、それ以上に心が疲れていた。登校する際は、乙彦の言葉を幾度となく聞き逃して呆れさせた。
(あの夢……、今回のことに関わっている気がするけど……)
あの日からずっと、同じ少年の夢を見続けている。乙彦に打ち明けるべきかどうか、小姫は何度も迷い、そのたびに思いとどまった。
夢の内容は、小学生の小姫が妖怪の少年と仲良くしているという、ただそれだけのものだ。何の変哲もないそんな日常が、延々と続く。それがどうしたかと聞かれたら、小姫も答えようがない。
ただ、胸騒ぎがするのだ。
この夢の続きをみてもいいものか。この夢を見終わったら、何かが起こるのではないだろうか。これは、誰かが小姫に何かを伝えようとして見せているものではないか、と。
こんな漠然とした不安を告げられたところで、乙彦も困るだけだろう。弥恵は何かを知っていそうだが、相談したところで心配されるだけの気がする。むしろ、この件から遠ざけようとしていることに、小姫もうすうす気が付いていた。
きっとこの夢は、小姫の記憶と密接な関係があるのだ。
どこがどうつながっているかはわからない。だが、夢の中の小姫の年齢からして、十年前の出来事に間違いはないだろう。
あの頃の生活を思い出す。断片的にだが、小さな変化があったことは覚えている。
大好きなおやつを、家から持ち出して外で食べるようになった。それまでほとんど本など読まなかったのに、図書館から借りるようになった。
だが、その本やおやつを、どこで食べたのか思い出せない。なぜ本を外で読んでいたのか、理由に心当たりがない。
そこに、あの夢を当てはめてみれば――あの金色の目の少年との出会いをはめ込んでみれば、ぴったりと符号が合う。
「――……っ」
小姫はぞっとした。あまりにも……、作為的ではないだろうか。
まるで、その部分だけを選んで、意図的に抜き出したような。
それでも不自然に思わないよう、巧妙に隠されてきたような。
交通事故に遭い、ショックのあまりその時の記憶を失った。小姫はそう聞いている。
だが、本当は違ったのだろうか。
小姫は思わず自分の両腕を抱いた。
弥恵は今までも、無理に思い出すことはないと言っていた。弥恵がそう言うのなら、それで問題はないと思った。今回もそのスタンスは変わらない。それならばきっと、知らない方がいいことなのだ。知ればきっと、小姫が傷つく。そう思ってのことなのだ。
そう思った。小姫自身もそう考えていた。けれど……。
この胸騒ぎは、何だろう。本当に、知らないままでいいのだろうか。
そんなことを考えているうちに、鐘がなった。何一つ授業の内容が頭に入っていないのに、ホームルームが始まってしまう。
(ああ、文化祭の準備か……。そっちも問題だった)
果たして、文化祭は無事に催行されるのだろうか。クラスの準備は間に合うのだろうか。こんなに気が重いのは、あの夢だけのせいなのだろうか。
……何事も起こらなければいいのだが……。
気が付けばまた、ホームルームも終わり、クラスメイト達は各々の場所へと散っていく。暗澹とした気持ちのまま、小姫も学級委員の仕事に向かうのだった。