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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第三章 花と香りと、特別な約束
53/81

17.

 悪いことをしているわけではないのに、気分は重く、知らずため息が出る。が、いつまでも学校の問題を引きずってはいられない。


 夕方、学校から帰宅した小姫は、乙彦の隣に座り、弥恵と青峰の報告を聞いていた。二人は隠していたようだったが、疲れ切っているのは、その顔色から読み取れた。


 彼らは昼間、キンモクセイの丘を訪れ、立て看板とチェーンを設置してきたという。地盤が緩んでいて陥没する危険があるのだと方々に説明をして周り、立ち入り禁止にする許可を取り付けたとのことだった。だが、二人の顔色が良くないのは、疲労だけが原因ではないらしい。丘に生えているキンモクセイの状態が、あまり芳しくないというのだ。


「あのキンモクセイはね、妖怪の一種だったの。それほど力のない妖怪だけど、七体集まって取り囲むことで、中心に妖怪を封印するなんてことができたのね。……でも、そのうちの一本が、完全に枯れてしまっていたわ。もちろん、封印も機能していないことになる」


 弥恵の隣りで、青峰もうなずく。その話を聞いて、小姫はようやく思い出した。気を失う前に見たキンモクセイの木の数は、やはり、足りなかったのだ。


「でも、いつ、枯れたんだろう……」


 小姫がぽつりとつぶやくと、弥恵が小さく首を振った。


「わからないわ。でも、封印が正常に作用している間は、人はあの場所を認識できないようになっていた。ということは、遅くとも小姫のクラスで話題になった時には、封印は解けていたっていうことね」

「そう……だね」


 ホームルームで観光スポットを取り上げたとき、クラスのみんなに不自然な様子はなかったし、小姫も違和感のようなものは抱かなかった。

 それまで記憶にも意識にも上らなかったことが、いかにも昔から存在していたものかのように脳に刻み込まれていた。知らないうちに脳を侵されていたようで、じわりと恐怖を覚える。

 弥恵の話に、青峰が付け加えた。


「ただ、その封印自体が、いつから施されていたかは定かではないんです。キンモクセイの妖木(ようぼく)の話は、江戸時代の文献にも見つかりましたし、手に負えないほど凶悪な悪鬼の存在は、もっと頻繁に散見されます。昔は妖怪が見える人も多くいたので、彼らの証言が残っていたのでしょう。私たちが聞いていたのは、この村のどこかに悪鬼が封じられている、ということだけでしたが……」

「……そうね。それがキンモクセイの丘のことだとわかったのは、十年前の事件のときだったわ」


 十年前の事件とは、悪鬼の封印が解けかけ、岩の神と協力して封印し直したというときのことだろう。そういえばあの不思議な夢も、小姫の外見年齢からして十年くらい前のものだ。

 あれがただの夢ではなく、現実だとしたら……。小姫があの丘に立ち入ることができたのは、ちょうどその封印が揺らいでいたからかもしれない。


 しかも、十年前といえば、乙彦と出会うきっかけとなった交通事故に見舞われた年でもある。


(あの時……、乙彦は、子どもの姿になってたって言ったっけ……)


 人間の子どもを助けるために人の姿をとり、罠にはめられた乙彦。一瞬、金色の瞳の少年のことが頭をよぎった。

 事故に遭った年、同じ年頃の少年。符号は合致するが……。


 隣に立っている乙彦をそっと見上げると、ばっちりと目が合って、扇子の影からにこりと微笑まれた。小姫の心臓がとくんと跳ねて、頬が緩みそうになる。慌てて彼から顔を隠し、考えた。


 あの少年と乙彦に、似たところは見つけられなかった。目や髪の色はもちろん、顔のつくりや声も違う。丘に封印されてもいないし、何より、乙彦は悪鬼ではない。

 青峰が話を続ける。


「あの時かけ直した封印も、完全に解けていました。そして、一番問題なのは――、丘がもぬけの殻になっていたことです」


 青峰の真剣な表情に、小姫はごくりとつばを飲んだ。


「それってやっぱり、封じられていた妖怪が、どこかに逃げて行っちゃったってこと?」

「ええ、そう考えた方が自然だと思うわ。長い年月の間に消滅する可能性もなくはなかったけど、十年前の様子からすると、あまり期待しない方がいいわねえ」


 二人は、村の各所へ連絡を取りながら、妖怪の姿を探してまわったらしい。だが、それらしい形跡は見つけられなかった。小姫が学校にいる間に乙彦も妖力を探ってみたが、近くにそれらしい気配は感じ取れなかったという。

 力の強い妖怪の中には、隠れるのが得意なものもいるというから、丘に封印されていたのもそういった類の妖怪だったのだろう。


「村を出て行くとは考えにくいし、どこかに身を潜めてるんだと思うけど。力を取り戻す前に見つけ出したいところだわ」


 青峰が顔を曇らせる。


「そうですね。今すぐどうこうはできなくても、居場所を把握できているのといないのとでは雲泥の差ですし」


(今すぐどうこうはできない?)


 ふと疑問が頭に浮かび、小姫は首を傾げた。


「そういえば、十年前に封印が解けたときは、どうやって封印し直したの?」

「解けたんじゃないわ、解けかけただけ。あの時は、一本のキンモクセイが病気にかかって、弱っちゃってね。岩の神に助力を頼んで、妖力を補ってもらったのよ。考えてみれば、弱っていたからこそ、病気になっちゃったのよね。今回枯れた一本は、あの時病気になったのと同じ木だったわ」


 しかし今回は、同じ方法は使えない。ずっと村を守ってくれていた岩の神は、すでにこの地にはいないのだ。


「じゃあ……、今回は、乙彦が?」


 小姫が知っている数少ない妖怪の中で、乙彦の力は群を抜いている。夏祭りの際に出会ったかがり様は全国を回っているそうだし、協力を仰ぐことはできないだろう。乙彦がここにいるのもそれが理由かと思っていたが、弥恵が首を横に振った。


「それはさすがに難しいと思うわ。たぶん、七本の木っていうのが重要なのよ。一本一本の妖力はそれほど大したものじゃないけど、七本の木で取り囲み、力を中央に集中させることで、封印が可能になったんじゃないかしら。だから、違う方法でするとなると、それこそ神様レベルの力が必要になるかもしれないわ。まあ、妖力が足りなくても、道具を使ったり、儀式をしたりして補う方法もあるんだけど。でも、今はその道具も残ってないし、儀式についての知識もない。少なくとも、封じられていた妖怪を凌駕する程度の妖力がない限り、以前の方法に(なら)った方がいいと思うわ」

「え……」


 それは、乙彦より悪鬼の方が、妖力が強いということか。

 思わず乙彦を見たが、扇で口元を隠していて感情をうかがい知ることはできなかった。だが、青峰が鼻をならすと、その額に青筋が走った。


「ふん。いざというとき使えない妖怪だな」

「……この、砂利が……!」


 二人の青年が、こたつを挟んで睨み合う。

 そういえば、小姫も弥恵も座っているのに、二人は突っ立ったままだった。ずっと臨戦態勢だったのだろう。小姫たちは横を見て同時に諫めた。


「乙彦、喧嘩しないでってば!」

「青峰君も。喧嘩を売るのはやめてね」

「……すみません……」


 青峰はしゅんとしたが、乙彦の目の中の険はとれなかった。それに気づいた青峰がまた顔を険しくし、険悪な雰囲気が再度漂う。小姫は諦めてため息をついた。


「まったくもう……。でも、それじゃどうするの? 他に、封印する方法はないの?」


 乙彦より強いかもしれないと聞いて、いやが応でも危機感が高まった。そんな危険な妖怪が野放しになっている状況を思うと、安穏としてはいられない。すると、弥恵が安心させるように微笑んだ。


「ああ、そんなに心配しなくて大丈夫よ。十年前にあんなことがあったわけだし、一応、封印が解けた場合の備えはしてあるの。ただ……」


 頬に手を当て、困ったようにため息をつく。


「さすがに、妖怪化したキンモクセイは他には見つからなかったわ。別の木でもいいのか、それとも、キンモクセイでないと効果がないのかはわからなくてね。……でも、神気をまとった霊木なら、どんなものでもある程度補完できるんじゃないかって探していたら、分けてもらえる神社が見つかったわ。いざというときは、そこから、ひこばえか、枝を切り分けてもらえるよう、話はつけてあったのよ」

「……ひこばえ?」

「ええ。ひこばえっていうのは、木の根元とか、切り株とかから生えてくる新しい枝や芽のことよ。霊木だから、切り離した状態でもしばらく生きていられて、土に植えればすぐに根付いて、普通の木よりも早く成長するんだとか。そうしたら、他のキンモクセイと連携し合って、封印の力場を作り上げることができるかもしれない。……って、そうじゃなきゃ困るんだけどね。ただ、若木の間は、他から妖力を補う必要があるかもしれないわ」

「それについては、私に任せてもらうのです」


 乙彦の声がしたので、小姫は顔を上に向けた。また目が合うかと思ったが、彼は舌打ちした青峰を睨むのに集中していて、こちらを振り向く気配はない。頭上で繰り広げられる不毛な争いから目を逸らし、小姫たちは話を続けることにした。


「ということは、その悪鬼を捕まえさえすれば、ひこばえと乙彦の力でまた封印できるってことよね?」

「ええ。神社には大至急届けてくれるよう手配はしたの。いろいろ儀式とか必要な手順とかがあるみたいで、今日中ってのは無理だったけど、早ければ明日か明後日には届けてくださるそうよ」

「そうなんだ……」


 それは、思ったより早い。順調に行けば、明日には安心して生活できるようになる……。

 そうなれば、明後日に一日目を迎える文化祭にも、無事に参加できることだろう。どうなることかと思っていたが、一般開放日には、弥恵たちや乙彦を呼ぶこともできるかもしれない。

 しかし、そのためには、まずは妖怪を探し出さなければならないことに思い至った。


「あ、でも、その妖怪がどこにいるかはわからないのよね? 探し出す方法はないの?」

「――それは……」


 弥恵は何かを言いかけたが、すぐに目を閉じて首を横に振った。


「……いえ、そうね……、とりあえずは、姿を現すのを待つしかないと思うわ。警察にも見回りを強化するようそれとなく言ってあるけど、妖怪が見えるかもわからないし、見つけたところで犠牲を増やすだけかもしれないしね。なるべく、こちら側で見つけられるのが理想――、封印が解けたばかりで力が戻っていない今がチャンスなのよ」


 だが、ひこばえが届かなければ、封印をかけ直すことはできない。かといって、届くまで野放しというわけにもいかないだろう。

 うーん、と考え込んだ小姫に、弥恵は微笑んだ。


「ああ、大丈夫よ、小姫。それはこっちで考えるわ。あなたに話したのは、気を付けてほしかったから。現状を知って、慎重に行動してほしいのよ。学校が終わったら、寄り道せずにまっすぐ帰宅するようにして。なるべく乙彦くんと一緒にいてね。うちの中にいる時も、油断して妖怪を招き入れちゃだめよ」

「……わ、わかってるわよ」


 少し過保護すぎやしないかと思ったが、親だから子どもが心配なのだろう。小姫は素直に頷いておいた。


「……でも、私より、お母さんたちこそ、危ないんじゃないの? だって、十年前の封印のとき、お母さんも関わってたんでしょ?」


 しかし、今、気を付けなければならないのは、どう考えても弥恵だろう。封印したときに岩の神の側にいたとしたら、恨みを買っていてもおかしくない。


「まあ、そうね。もちろん、私たちも気を付けるわ。一人では行動しないようにするし……、ああ、それで、さっき青峰くんとも話したんだけど、しばらくうちに泊まってもらおうと思うのよ」

「あ、そうなんだ」

「…………はい?」


 低い声で反対の意を示したのは乙彦だった。青峰は弥恵の代わりに小姫の世話をしてくれることもあり、中学生の頃は泊まっていくこともままあった。最近は小姫が家事を覚えたため、そういうことはめっきり少なくなっていたが、家族同然に思っている小姫としては、彼が泊まることに何の抵抗もない。

 自然に受け入れた小姫とは逆に、乙彦は顔をひきつらせた。


「何を言っているのです。ヒメの側にこんな砂利を置いておく方が危険なのです。母上様、再考を要求するのです」

「なんだと! 危険なのは貴様だろうが!」

「こんな砂利、何の役にも立たないのです!」

「それはこっちの台詞だ、河童!」

「……あー、もう。また始まった……」


 頭上で繰り広げられる不毛なやり取りに、小姫は頭を抱えた。


 弥恵が時折口を挟むが、微妙に内容がずれていて、鎮火するには至らない。次第に二人の喧嘩はエスカレートし、二人を仲裁しているうちに、夜は更けていったのだった。


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