16.
キンモクセイの丘を展示から外す――。
それを聞いた早田は、ぽかんと口を開けた。
「――えっ、なんで、そんな――……だって、先生は一時的って……」
絶句してしまった彼女に、小姫はぎこちなく説明をした。
担任の先生ははっきり言わなかったが、弥恵からの情報によると、危険な状態は一時的なものではなく、おそらく半永久的に続くものであること。展示すれば、立ち入り禁止になっていても近づく人がいるかもしれないこと。それで万が一、誰かが怪我をしたら、自分たちにも責任がないとはいえないこと。
妖怪のことには触れられないため、あいまいな言い方しかできない。だが、気持ちだけは伝わるよう、小姫は一生懸命訴えた。
文化祭の出し物については、生徒たちに一任されている。だから、まずは実行委員の二人を説得する必要があった。彼らは責任を取る立場なので、わりとあっさり賛同してくれたので助かった。あとは、やる気になっているクラスのみんなにわかってもらわなければならない。
そのためにも、キンモクセイの丘にこだわっている早田には、先に事情を説明しておきたかった。その方が早田のショックも小さいだろうし、彼女に納得してもらってから全員に伝えた方が、スムーズに事が運ぶだろうと思ったからだ。
しかし、早田は諦めきれないようだった。
「えー……、でもお……。あたし、結構考えたんだよ? キンモクセイの香り、好きだったし、グッズも色々持っててさ。ハンドクリームとか、フレグランスとか……、スティック状になってるやつ、わかる? あれを木に見立てて取り囲んで、小さい模型みたいなのを作ろうと思ってたの。あと、香り袋……サシェっていうんだっけ? あれも、不織布といらないリボンでいくつか作ってあるんだ。オレンジの金平糖は透明な小袋に入れて販売しようと思ってて……」
よほど気合を入れていたのだろう、彼女は堰を切ったようにしゃべりだした。文化祭のために考えたアイディアを実現したい、どうにかならないのかという気持ちが切々と伝わってくる。
しかし、小姫は心を鬼にして譲らなかった。いくら言っても無駄だということがわかると、早田は肩を落としながらもしぶしぶ「わかった」とつぶやいた。
「……そうだよね。大人が……、村長が言うなら、仕方ないか……」
「うん……ごめんね」
本当のことを言えないこと。早田の努力を無にしてしまったこと。色々な思いを込めて、小姫は謝罪の言葉を口にした。それを聞いて、早田が力なく笑う。
「あはは……、日浦さんが謝ることじゃないでしょ。何も悪くないんだから。……あたしこそごめん。日浦さんを責めたわけじゃないの。ただ、すっごくやる気だったから、残念だっただけ」
「うん……」
小姫まで沈んだのを見て、早田が今度は朗らかに笑った。
「ああもう、日浦さんが落ち込んでどうするの。このこと、後で皆にも言うんだよね? じゃあその時、あたしも了承してたってこと、一緒に伝えて。あたしは……、学校に戻ったら、部活の方に行こうかな。クラスばっかり優先しすぎって、とうとう後輩に怒られちゃったんだよね」
明日はもうちょっとちゃんと手伝うから、と笑う彼女に、小姫もようやく息をついた。
了承した、と早田は言ったが、意気消沈しているのは明らかだった。小姫に気を遣ってそう言ってくれたに違いない。
やっぱり、優しい人なのだ。彼女には色々助けてもらったのに、恩を仇で返すようなことになってしまって、申し訳ないと思う。このタイミングで封印が解けたことが、返す返すも口惜しい。
今日はクラスに戻る気にはなれないのだろう。だが、明日は来てくれるだろうか。小姫にわだかまりを持たず、今まで通りに接してくれるだろうか。
早田の背中を見送りながら、小姫はつい落ちそうになる視線を、無理やり引き上げた。気がかりなことはたくさんある。が、明日はきっと来てくれると信じたい。
早田と過ごした、たった数日間の想い出を、悲しいものにしたくなかったから……。