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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第三章 花と香りと、特別な約束
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15.

 その日一日、小姫は居心地が悪かった。なぜなら早田が、ずっとそわそわして小姫の方を見つめていたからだ。何か言いたげにやたら視線を寄こすし、目は好奇心できらきらと輝いている。


 昨日の話の続きがしたいのだろう。察しはついたが、教室は文化祭の話題でもちきりで、とてもそんなおしゃべりをする雰囲気ではない。授業と授業の間の休み時間すら作業にあてている生徒もいるくらいだ。「できるだけ楽をして、当日は出店を周りたい」という趣旨で出し物が展示に決まったはずだが、今はそれがまるで嘘のような盛り上がりぶりだった。


 放課後、クラスに居残る生徒が徐々に増えているのは喜ばしい限りだが、今度は違う意味で準備が間に合うのかという不安がつきまとう。

 例えば、饅頭屋については、文化祭限定のちび饅頭を特別に販売することになり、新月の湯からは温泉水の販売を委託された。観光地を含めた周辺地域のジオラマを作ってくると言い出す生徒まで現れ、実行委員は計画の変更や許可の申請、規定の確認から関係者との調整・説得に駆けまわっている。


 ちなみに、五月はほたる橋にしか行ったことがなかったため、自然にそこの担当に決まった。グループのメンバーたちは実物を再現するんだと息巻いており、電球を飾ったり簡単な橋を組み立てたりと、大工仕事に精を出している。


 本当に終わるのかとハラハラしつつも、皆の生き生きとした顔を見ているのは楽しい。 五月が終始微妙な表情をしているが、それは敢えて見ないようにしていた。


 小姫の今の仕事は、現場監督のような立場で、各班の進行を雑用面でサポートすることである。皆のやりたいことが増えれば、必要な備品も増える。そのため、急遽、材料を調達し、買い出しを終えて帰るところだった。その荷物持ちとして早田が立候補したことで、その後の展開は決まったも同然だった。


「――で、そろそろ聞いていい? この間の話、ずっと気になってたんだ!」


 案の定、早田が待ちきれない様子でそう聞いてきた。小姫はかさばる荷物を抱え直し、思わず苦笑いをした。

 早田は最初だけでなく、毎日クラスの準備に参加してくれている。彼女が楽しそうに一生懸命作業をするから、みんなも感化されてここまで盛り上がっている。早田に感謝の念を抱いている小姫には、彼女の質問を拒否するという選択肢はなかった。


「ねえ、どんな人? どんな人? ……言える範囲でいいから! ね? ね?」


 期待に満ちた瞳の圧力がすごい。小姫は悩みながら、無難そうな要素を見繕ってみる。


「えっと……とりあえず、高校生じゃなくて、年上で」

「えっ、年上なんだあ! ねえねえ、どこで知り合ったの?」

「えっ? あ、ええと……、初めて会ったのは子どもの頃みたいなんだけど、私、それ覚えてなくて。だから、私にとっては、今年、母がうちに連れてきたときが初対面かな」

「へえー、お母さんの知り合いなんだ。そういえば、日浦さん家って、お手伝いの大学生の人が出入りしてるんだよね?」


 大人っぽくてかっこいい人だという噂だと、早田がうっとりしながら言う。もしかして彼女は、青峰が小姫の相手だと勘違いしているのだろうか。

 これを放っておくとどうなるだろう。想像してみた小姫は、ぶるりと身を震わせた。


 乙彦にだけは知られてはいけない。新たな火種になるような噂は、跡形もなく消し去らなければならない。

 小姫は真剣な表情で、早田を見据えた。


「たぶんそれ、青峰さんのことだと思うんだけど、違うんだ。全然、まったく違う人なの。青峰さんはすごくいい人だけど、そういう対象じゃないし、向こうにとっても対象外っていうか。私たちの間にそういう関係は一切ないんだ」

「……そ、そうなんだ」


 小姫の念入りな否定に、早田は少し引きつった。しかし、めげずにまた立ち向かってくる。


「じゃあ、大学生じゃなくて社会人だったり? 何してる人なの?」

「え……っ?」


 思いがけない質問に、小姫は固まった。


(……そういえば、何してるんだろ……)


 乙彦が何をしているひとか。それは小姫の方が知りたかった。小姫の婚約者を名乗るようになってから――いや、おそらくその前から、小姫を見守り続けているようなのだが、そうでないときは何をしているのだろう。


 改めて考えてみれば、乙彦について知っていることは数少ない。河童の妖怪だということ。火や熱いものが苦手だということ。水を操ったり妖力を操るのが得意だということ。


 ……それと、基本的には思いやり深く、人間が嫌いな素振りを見せながらも世話を焼くことがある。だが、独占欲が強くてすぐ嫉妬するし、意地悪なところがあってからかわれることも多い。そのくらいしか、小姫は知らない。


 乙彦との出会いも、事故の記憶と共に失われてしまった。不思議なのは、それを取り戻したいとは、今まで一度も思わなかったことだ。重傷を負ったせいだと言われ、それを素直に信じてきたが、乙彦との初対面と密接に結びついているのに、全く気にならないというのは変だと思う。


 改めて考えてみれば、この状態はいかにも不自然だった。乙彦が命を懸けてまで小姫を守ろうとするのも、あの事故がきっかけだというのに……。知らないでいるのは、不誠実ではないだろうか。


「……あ、ごめんね? もしかして、無職……とか?」


 考え込んでしまった小姫を見て、早田がハッとして口元に手をあてた。


「そっか、それは言いにくいよね……! ごめん、あたし……、無神経で……!」

「――えっ? あ、ごめん、今ちょっと聞き逃し――」

「ううん。大丈夫、安心して! あたし、誰にも言わないから!」


 小姫が物思いから戻ったが、早田はすでに聞く耳を持っていなかった。


「そっかあ。それはつらいね。日浦さんが悩むのもわかるよ! 将来がヒモじゃあ、親御さんも反対だろうし……!」

「えっ? 紐って、何の話――」

「誰にも祝福されない恋……! 道ならぬ恋……もしかして駆け落ち!? きゃあっ、それって、萌える……! ――ねえ、よかったら、あたしに相談する気ない!? いや、ろくに経験ないから恋愛相談には乗れないけど、愚痴ならいくらでも聞くし、応援する!」

「……あ、ありがとう……?」


 ひとり盛り上がっている早田に若干引きながら、小姫は答えた。

 早田が何を言っているのかいまいちわからないが、応援するという言葉には勇気づけられた。


 今まで、友人らしき友人はいなかった。恋バナどころか、個人的な話をする機会もほとんどなかった。それなのに、早田は小姫に興味を持ち、味方になってくれるとまで言っている。嬉しくて、心がじわじわと温かくなってくる。

 しかし、小姫には、愚痴よりも優先すべき事があった。


 昨夜、弥恵が話していたことは、さっそく、朝のホームルームで取り上げられた。


「キンモクセイの丘は、しばらくの間、立ち入りが制限される。その理由は、巡回していた村の職員が丘の斜面にひび割れを発見し、調査が必要になったからである」。


 これは、十中八九、弥恵の創作だろう。しかし、山の多い日無村ではがけ崩れは珍しくなかったため、誰も不思議には思わなかったようだ。

 その報告を受けて、展示に関わっている生徒たちがざわついた。文句が出るかと思って小姫は首をすくめたが、何事もなく放課後を迎え、準備が始まってからもいつも通りの様子だった。キンモクセイの丘を担当しているグループも、平然と昨日の続きを行っていた。実行委員さえ、なんの言及もしなかった。


 おそらく、担任の言葉を額面通り受け取り、一時的な対応だと思っているのだろう。調査が済んで安全が保障されれば、また自由に行き来できるようになると信じているのだ。だから、展示もこのまま進めるつもりなのだと思われた。


 しかし、それでは困る。キンモクセイの丘は危険な妖怪の住処なのだ。小姫は足を踏み入れただけで昏倒した。他の人にも同じこと――いや、それ以上のことが起こらないとも限らない。

 綻びかけているという封印をやり直すのか、繕うのかはわからない。だが、それまでは誰も近づかせてはいけない。そのためには、丘を宣伝してしまうクラスの展示は諦めてもらうしかないだろう。


 だが、なかなか踏ん切りがつかなかった。せっかくの一致団結した空気に、水を差すことになるからだ。早田とも、彼女以外のクラスメイトとも話す機会が増え、小姫もクラスの一員になれた気がする。それなのに、小姫の手で、それを壊さなければならないとは。


(……でも……)


 何度も迷ったが、やはり、無関係な人を危険にさらすわけにはいかない。小姫は心苦しく思いながらも、重い口を開いた。


「早田さん、実は、他に話したいことがあるんだけど――」


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