4.
一方、目の前でぴしゃりと扉を閉められた乙彦は、呆気にとられたように二、三度、瞬きをした。が、すぐに気を取り直す。
小姫の言動がおかしなことには慣れている。恋愛事に傾倒し、理想の彼氏がどうの、理想の結婚がどうのと事あるごとに口上を述べるのも、最初は理解できなかった。人間の娘はやはり不可思議だとつくづく思ったものだ。
しかし、最近はそういった行動がすっかり鳴りを潜めている。理想とやらを断念したのなら万々歳だが、あの頑固な娘がそんなに簡単に諦めるとは思えない。もしや、また裏でこそこそと企んでいるのではないか……と考えたところで、乙彦は思考を切り上げた。
もし、小姫が本当に何かを隠していたとしてもかまわない。彼女はわかりやすいから、すぐに尻尾を出すに決まっている。それに、どんなに足掻いたところで、小姫の婚約者は乙彦しかなりえないし、他の誰かを希望したとしても認めることは絶対にない。
そう納得すると、乙彦は玄関から一歩下がった。母親の弥恵が戻ってくるまで、いつもの場所で見守っていよう、そう思ったとき、ふと、背後に視線を感じて振り向いた。
小姫の家の前を通る道路には、並行して流れる川があり、その川を渡って山道を少し登れば丘に出る。見られているとしたら、その山か川の方からかと思ったが、もともと人通りの少ないこの辺りには、それらしき人間も妖怪も見当たらなかった。
念のため、しばらく周囲を警戒してみたが、先ほどの突き刺すような強い視線は、もうどこにも感じられない。
「……気のせい、なのですか……」
扇子を広げて口元を隠し、そうつぶやく。しかし、完全に警戒を解く気にはなれず、普段よりは近くの木の枝に陣取った。そうして、弥恵の帰りを待つも、とりたてて変わったことはなくその日は終わったのだった。