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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第一章  花と河童と、予期せぬ出会い
4/81

4.

「――まあ、当分の間、ということで」


 弥恵がにっこり笑いながら、小姫と乙彦の手を取った。

 婚約したといっても、しばらくは妖力の流れが不安定になるかもしれない。それに、結婚までに、二人がもっと歩み寄って仲良くならなければ。

 弥恵にそう説得され、登下校中は乙彦と手をつなぐことになってしまったのだ。


(……知り合いがいたら外す。絶対に、外す!)


 いつもより早い時間帯に出たから、うまくいけば生徒たちに会わずに済むかもしれない。それを願いながら、乙彦の手に意識を向けた。

 乙彦の爪は鋭く、気を付けてくれてはいるようだが、ぶつかるとちょっと痛い。しかも、血が通っているのか不安になるほど冷たくて、人との違いを改めて認識させられる。


「あのね、私の結婚相手は、私をお姫様みたいに大切にしてくれる、優しくてかっこいい王子様みたいな人じゃなきゃだめなの。それに、プロポーズは情熱的に! 星空の見えるレストランで! もちろん、雰囲気もとても大事ね。それで後は――」


 小姫は一生懸命力説した。将来の王子様候補にも、乙彦本人にも、誤解されるような真似はしたくない。

 小姫には、父親がいない。物心つく前に、病気で亡くなったと聞いた。その分、弥恵が大切に育ててくれたから、父親を恋しく思うようなことはなかったが、彼女からその話を聞くにつれ、自分のパートナーに対する憧れが募っていった。

 弥恵たちは、村でも評判の美男美女のカップルだったらしい。気遣いの出来る優しい夫だったと、弥恵からも聞いていた。その話に、小姫の好みのあれやこれやを詰め込んだのが、乙彦に語った理想像である。

 しかし、小姫がつくりあげた渾身のそれを、乙彦は一笑に付した。


「また、小砂利(こじゃり)が何か言っているのです。こんなちんちくりんのくせに生意気なのです」


 そう言って、扇子で小姫の頭をぺしぺしと叩いてくる。小姫は目を吊り上げると、その扇子を振り払い、ずれたヘアピンの位置を直した。


「――だから、こういう、乱暴で失礼なあんたみたいなやつは問題外なの! 大体、あんた、人に妖力を分け与えられるほど大物なの?」

「さあ。力でいえば、中の上くらいだと思うのです」

「なんだ。大したことないじゃない」


 小姫は自分の成績が中の上であることを棚に上げて言い捨てた。


「ですが、小砂利を助けるくらいはできるのです」

「う……」


 即座に言い返され、小姫は言葉に詰まった。実際、こうして歩いていられるのは乙彦のおかげだ。文句を言える立場ではない。

 だが、ふと疑問に思って、小姫は尋ねた。


「ところで、なんであんたは助けてくれるわけ?」

「はい?」

「お母さんが言ってたの。最近は人間と妖怪の仲が悪いから、協力してくれる妖怪なんていないって。なのに、なんで乙彦はここまでしてくれるの?」


 高校への送り迎え。異種族との結婚。妖怪の思考回路はよくわからないが、なかなか面倒なことだと思われる。

 そう言うと、乙彦は首をかしげてちらりと横目で小姫を見た。


「母上様から聞いていないのです?」

「? 何を?」

「あなたが、私の命の恩人だからなのです」

「え……」


 驚いて彼を見つめると、乙彦がそっと髪に触れてきた。髪から顔へ、なぞるように手をずらし、頬に添えると小さく笑う。


「……ふ。温かいのです」

「…………」


 一瞬だけ、乙彦のまとう空気が緩んだ気がした。目が優しく細められ、小姫に触れられるのを喜んでいるようにも見える。

 乙彦と会うのは、これが初めてだと思っていた。しかし――。


「……ねえ。乙彦って――」

「ほら、着いたのです」


 詳しく問いただそうとしたとき、乙彦がパッと手を離した。気が付けばそこは正門の前で、登校中の生徒たちの姿もちらほら見える。


「あ、ありがと――」


 小姫がお礼を言おうとして横を見ると、すでに乙彦の姿はなかった。それから下校の時間になって校門から出るまで、彼は姿を見せなかった。

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