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1.
季節はずれの芳香が鼻をくすぐった。
鮮烈な印象を植え付ける柑橘系の香り。しかし、その香りはあまりに朧気で、確かに知っているはずなのに、その像を結びつけることはかなわない。
次いで、先を見通せないくらい分厚い霧の向こうから、甲高い声が聞こえてきた。
――お前のせいだ。お前の……!
――よくも騙したな……。
――二度と……、二度と、許さない……っ!
その悲痛な声は吸いこんだ空気とともに肺に吸収され、胸が苦しくなるほど締め付けてきた。
圧迫感から逃れようと、聞こえてくる声を必死に否定した。だが、自分の否定する声は、なぜか耳に届かなくて。
――違う。違う。そんなつもりじゃない。
――そんなつもりじゃなかった……!
――私はただ……!
その思いは声にならず、心の中だけで反響した。
相手の声は聞こえてくるのに、自分の声は届かない。
どれだけ叫んでも、届かない……。
――そうして、声だけでなく、すべてを失った――……。