22.
「――ごめんね。こんなところまで来てもらって……」
二十分後。打ち上げ場所近くのコンビニの駐車場で、五月と落ち合った。
想定より人通りは多かったが、皆、花火を見たり、買い物をしたりと他のことに夢中である。これなら、二人で深刻な話をしていても誰も気にも留めないだろう。それに、店員のものなのか、動かない車が複数あって、小姫の体を隠せるのも都合が良かった。
「ちょっと事情があって、このままで話してもらいたいんだけど……」
車高の高いワンボックスカーの後ろから話しかける。ここからだと、コンビニの光がちょうど逆光になっていて、お面を外した状態でも細かいところはわからないはずだ。
通常ならおかしいと思う状況だが、五月に気にした様子はなかった。それどころか、小姫の方に、あまり目を向けようとしない。
「あー、うん。それは別にいいよ。……っていうか、やっぱりそういうことだよね。……ほたる橋に来られないってことは」
五月は乾いた笑みを浮かべる。
「はは、やっぱ、日浦さんも知ってたんだ。ほたる橋の言い伝え。……って、当たり前か、 地元民なんだから」
いつもの爽やかな笑い声とは違う、カラ元気にしか聞こえない声が虚ろに響く。それが胸に突き刺さり、小姫は頭を下げた。
「……ごめんなさい」
もし、乙彦がいなければ。
乙彦と会っていなければ、いや、会っていても、五月は理想の相手だった。五月の気持ちは舞い上がるほど嬉しかったし、彼との未来を夢見たりもした。
だが、それは幻想で、ただ憧れていただけに過ぎなかった。小姫は気づいてしまったのだ。理想とはかけ離れているけれど、誰よりも大事な相手が他にいると。
そして、自覚してしまった以上、五月の気持ちを受け入れることはできない。
五月は勇気を出して誘ってくれた。だから、小姫も、誠実に彼と向き合う。相手のためと言い訳をして逃げるようなことをしたら、その瞬間は楽かもしれないが、きっと彼だけでなく、自分のことも傷つけてしまう。
「……でも、本当に嬉しかった。五月君にお祭りに誘ってもらえて、学校でもふつうに話しかけてくれて……。もう、気づいてると思うけど、私、クラスではちょっと浮いてて……」
本当は、浮いているのはクラス内だけではないのだが、小姫は少し見栄を張った。
「私って、村長の娘だし、子どもの頃の事故とかいろいろあって、なんか、面倒くさいでしょ? それなのに、五月君は距離を置かないでくれたから、私、本当に……」
本当に嬉しかった。
乙彦がいなかったら。もし、乙彦と会っていなかったら、きっと……。
言葉を詰まらせた小姫をどう思ったのか、五月は無理に作った笑顔を引っ込めて、困ったように頭をかいた。
「あー、いや、なんかそれ、日浦さん、俺のこと買いかぶってない?」
「そんなこと……」
「だってさ、日浦さん、普通にいい人じゃん。学校案内の時はウケたけど、面白い人だなって思ったし。わからないことがあって聞くと、親身になって教えてくれるしさ。あと……普通にかわいいし! それなのに他の奴らが遠巻きにしてるから、チャンスだって思ったわけ!」
「え……?」
(かわいい……?)
最後は自棄になったように言い放った。光の加減でよく見えないが、おそらく、五月の顔は赤くなっている。小姫の顔も同じくらいそうなっているはずだ。
「えっと……、あり……、あり……」
褒められ慣れていないため、小姫が「ありがとう」を言えないでいると、五月が焦ったように早口で続けた。
「いや、だから、何が言いたいかというと! まだ、そんなにお互いのこと知らないじゃん? 今のうちに付け込んでやろうとか、抜け駆けしようとか、色々俺にも打算があったわけで。日浦さんもあんまり気にしなくていいし、これからも普通に接してほしいなってこと!」
「…………」
「…………」
大玉の花火が打ち上げられ、ひときわ高い歓声が上がった。鮮やかな赤や緑の光が同心円状に広がり、車や店のガラスの中でゆっくりと形を崩してゆく。
余韻が消え、周囲にまた闇が満ちた。続いて小玉の花火が上がり始めた頃、小姫がぽつりとつぶやいた。
「……いい人すぎる……」
「……おれもちょっと……、カッコつけすぎかと思った……」
目が合って、二人で同時に噴き出した。
(……相手が五月君で良かったな……)
花火の邪魔をしたくなくて、大声では笑えなかったけれど、心の中にあったわだかまりはいつの間にか消えていた。