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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第二章 花と光と、小さな熱
32/81

19.

 玉は運よく、浅瀬にある岩と岩の間に挟まっていた。火の気が残っていないだろうかと慎重に手を伸ばすと、指が触れる寸前に亀裂からパカッと割れて、何十もの光の粒が放射状に飛び出した。


「――わっ!?」


 まるで小型の打ち上げ花火だ。思わず目をかばった小姫が、そっと隙間から様子をうかがう。

 小さな光たちは小姫にぶつかることなく、ゆったりとした動きできゃわきゃわと騒いでいる。やがて、一つ一つ、空中に並び始めた。それは一定の間隔を空けて線のようなものを二本作り、二メートルほどの間隔をあけて隣り合わせになった。


「あ……これって……、光る道……?」


 道はどんどん長くなっていく。隣村へとつながる道は、川の向こうへと伸びていき、もう先が見えないほどだ。


(もう一方の方は、お祭りの中心部――会場へ……。やっぱり、これがかがり様の……?)


 小姫は、祭り会場へと伸び続ける道の先端を追いかけた。まっすぐ会場へ向かうのかと思いきや、光る道は途中でぐにゃりと折れ曲がり、支流に架かる橋を経由していく。


 いつか乙彦に話したほたる橋。会場とは違って明かりも飾りも乏しいそこが、かやぼしの光で照らされ、ライトアップされている。

 人工的な光に邪魔されないから、妖怪の放つ淡い光が、普通の人間の目にも見えるのだろうか。

 息を整えるために地面に視線を落としたとき、頭上を一陣の風が通り過ぎた。同時に、目を開けていられないほど強烈な光が放たれ、目を閉じる。


 奇妙に思いながらそっと目を開けるとそこには、輿(こし)に乗った美しい女性がいて、小姫をにらみつけていた。


「――貴様か。調停者の娘とやらは」

「えっ……?」


 知らない人だ。いや、人ではない。ただの人間が、浮かぶ神輿(みこし)に乗っているわけがない。


「なんじゃ、その間抜けな顔は。頭も下げないとは、やはり無礼な娘だ。……ん? 貴様、ヘタな目くらましがかかっておるの」


 彼女は虫でも追い払うかのように、小姫の顔の辺りで手をひらひらさせた。小姫は、状況についていけずにぽかんと口を開けたままだ。

 ()()色の長い髪をした気品のある女性。鮮やかな色彩の豪奢な着物を何枚も重ねている。一見するとお姫様のようないでたちだが、彼女の妖艶さと気だるげな雰囲気が、それをぶち壊していた。

(まさか……かがり様?)


 呆けた様子の小姫を見て、女性は眉間にしわを寄せた。「いつまでそんな顔をしておる」と叱咤され、慌てて口元を引き締める。


「ああ、不覚じゃ不覚。こんな間抜けの世話になるとは。見た目はまあまあだが、無思慮そのままの顔つきをしておる。こんなのに礼を言ったら、我の格が下がるのではないか?」

 そう言って、胡坐(あぐら)を組み、供えられたお神酒やお供え物をかっ喰らう。浮かんでいるように見えるのは、下に光る石たちが担いでいるからだろう。悪口ではなく、彼らに向かって素直に疑問を投げかけている様子だ。……いや、悪口にしか聞こえないが。


(確かに、気位がめちゃくちゃ高そうね……)


 小姫は顔を引きつらせながら、「お役に立てたのなら幸いです……」と(かろ)うじて返答した。


「……ほう? 少しはわかっておるではないか。……こやつらは知能は低いが、自力で移動できない我には必要な奴らでな、特別に力を与えてやったのだ。なぜか祭りが好きで、ついでに人間にも好んで寄って行ってしまう。どうやら、火薬だの星だの話しているのが聞こえて、自分たちが呼ばれたと勘違いしたらしい。……まあ、大体、貴様の考えた通りというわけだ」

「……はあ」


 話は終わったのだろうか。逃げ出したい気持ちがハンパない。小姫が場を辞するタイミングをうかがっていると、輿の下でかやぼしたちがわいわいと騒ぎだした。女神が、見るからに嫌そうな顔をする。


「……わかっておる。だからこうして礼を言って――なに? 礼になってない? たわけ! 貴様らも礼など言っていないではないか! ……はあ? だからこそ言えって……。……貴様ら、主人を何だと思って……」


 女神は端正な眉をしかめ、これみよがしにため息をついた。ひやひやしながら見守っていた小姫は、それを見て首をひねる。

 かがり様に対する印象が少し変わっていた。これまでは、見下していた相手から文句を言われたら、すぐにかんしゃくを起こしそうな感じだった。しかし、やれやれという呆れたようなため息は、先ほど小姫に罰を与えようとした神様のそれとは明らかに違う。

 しばらくの話し合いの末、女神はようやくこちらを向いた。


「あー、こやつらが言っておるんだが……。おかげで助かったと、名前が聞こえたような気がして一か八か全力で光ったのを、見つけてくれて感謝すると……。……はあ。どうやら、お互いの声は聞こえていなかったらしいな。こやつらの言葉は貴様にはわからないようだし。……ああもううるさい! 我からも礼を言う! ……面倒をかけたな!」

「い、いえ……」


 小姫は噴き出しそうになるのを、どうにかしてこらえた。横暴で恐ろしく、ろくでもない神様に思えたが、実際はそこまででもないのかもしれない。

 だが、それなら、なぜ行方不明になった時に探そうとしなかったのだろう。そう思ったのが顔に出てしまったのか、女神がむっとした表情になり、目をそらした。


「……さすがに、愛想をつかされたのかと思ったのだ……」


(……え?)


 そっぽを向いた頬が少し赤くなっているように見えるのは、光の加減だろうか。

 輿の下で光る石たちが、さっきより高い声できゃわきゃわと騒ぎ始めた。女神が「うるさい!」「ちょっと黙れ!」と怒鳴っているが、本気ではなさそうだ。


(もしかして、見捨てられたと思って、()ねてたってこと? 前、岩の神様にも面倒くさがられたとか言ってたし……。だからやけ酒して、青峰さんを勧誘しようと――?)


 そうだとしたら、はた迷惑なのは一緒だが、人間臭くてちょっとだけ親しみを感じてしまう。小姫は無言を貫いていたが、女神が「その顔をやめろ」と言って、咳ばらいをした。


「あー、それでだな……。まあ、こうして、祭りにも間に合ってしまったしな、例年通り、この村に祝福を授けるのもやぶさかではない。ありがたく思え」

「……はあ」


 小姫が反応に困り、気の抜けた返事をすると、気位の高い神が横目で睨みつけてきた。慌てて「ありがとうございます」と付け加える。


「最初からそう言え! 貴様はやはり、()が高すぎる。調停者は神に対してどうあるべきか、貴様の母親も今日――いや明日中には戻るだろうから、そのとき心構えを聞いてみろ。――それで、貴様はどうする」

 次の調停者は私ではない――そう訂正しようとしていた小姫が、きょとんとする。


「……どうする、とは?」

「わざわざ言わせるな。我が橋を渡るのを、邪魔にならぬよう隅っこで傅いて待っていたのだろう。ということは、貴様にも個人的な願いがあるということだ。ほれ、遠慮せず言ってみよ。相手の男はどこだ」

「……えっ、男?」


 小姫は驚いて目を瞬いた。

 そういえば、ほたる橋の言い伝えのことを忘れていた。光る石たちが輪郭(りんかく)をなぞり、蛍で縁取(ふちど)られたかのように闇に浮かび上がる橋。ここで告白された者は、幸せになれる――。

 小姫は慌てて否定の仕草をした。


「いえ、あの、私はそういうつもりでは……!」

「なに? 違うというのか? 我は結びの神だ。人の縁、地の縁、金や物との縁。村と村の結びつきを強くしたりな。しかし、貴様も年頃の娘だ。縁結びをしてほしい男の一人や二人はいるだろう」


 縁結びと聞いて、頭の中で勝手に像が結ばれる。その顔を必死で追い払い、小姫は首を横に振った。


「い……っ、いえ! 私は特にそういう人は! っていうか、縁だけならもう充分といいますか!」


 しかし、美しい女神は納得しなかった。


「なんだ、その顔、やっぱりおるのではないか。神に嘘をつくつもりか? 正直に申してみよ」


 この女神様、押しが強すぎるんですけど。

 小姫は困り果てて、しどろもどろに説明を始めた。


「うう……、で、でも、嘘じゃなくてですね……、本当に結構で……。よ、ようやくわかったところなんです。まだ何も考えてないけど……。だからもう、縁はいらないって言いますか! えっと、もうちょっと自分で考えてから……。だからえっと、今はもうほんとに……!」

「……何を言っているかわからぬ。はあ。仕方ないのう」


 女神はやはり、気が短かかった。一分も待てずにそう告げると、だるそうに右手を振って、ぱちんと指を鳴らした。すると、赤い火花が散って、大量の煙が局所的に発生した。つまりは、小姫が煙に囲まれて見えなくなった。


「――え? ひ、ひゃあ!?」


 あまりにすごい煙に目をつぶる。しばらくしてから目を開けると、煙の密度は低くなり、そして小姫の服装が変わっていた。

 紫がかった赤い色を基調とした生地に、大輪のシャクヤクが咲き誇った浴衣。おそろいの柄の巾着と、鼻緒のついた漆塗りの下駄。ついでに、髪は複雑に編まれ、結い上げられている。

 ご丁寧に鏡を見せられ、小姫は戸惑いながらも自分の姿を確かめた。

 きれいだが、派手だ。彼女の趣味なのだと思うが、うろたえてしまうほど派手だった。


「か、かがり様……これは……?」

「よし、それで、意中の相手を誘惑して来よ」

「ええーっ!?」


 小姫はめまいがしてよろけた。なんてことを言い出すのかこの女神は。


「……ふん。なんてな。正直、我はどちらでもよい。貴様の好きにしろ。気が乗らなければ、何もせずに家に帰ればよい。服は家に着いた時点で元に戻るようにしてやろう」

「……はあ」


(……よ、要するに、どうでもいいのかな……?)


 振り回されすぎて、頭が飽和状態だ。小姫は涙目になりながら思った。彼女にずっと付き合わされていた青峰の苦労がしのばれる。これ以上この神様と話をしていたら、再び礼儀をどこかへ置き忘れてしまいそうだ。


「ん? おや、その飾りは合わぬのう。粗末すぎる。外して、こっちの(かんざし)をつけよ」

「え――」


 女神の視線の先を察した小姫は、ハッとして前髪を両手で隠した。


「こ、これは、いいんです、このままで……!」

「む。なんぞ妖力で作られておるな。生意気だ。外してくれよう」

「え、ちょ……っ。か、かがり様ーーっ!?」


 傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な神へのなけなしの敬意は、あっという間に霧散した。


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