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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第二章 花と光と、小さな熱
31/81

18.

 呆然と空を見上げる。星がいくつか光り始めた空を眺め――それから、我に返った。


「や……、やめて! 待って! まだ……あとちょっとだけ待って!」


 悲鳴のような声を張り上げながら、とっさに周囲を確認する。打ち上げられた花火の場所、機械の操作をしている職人の様子。だが、そんなことをしてもそれこそ後の祭りだ。もう空に――打ちあがってしまったのだ。


 ……しかし、いつまで経っても、上空に光の花が咲く気配はない。音も一度だけだ。それを不思議に思っていたが、ふと、ポスターに書いてあった小さな文字を思い出した。


(――ああ、そう言えば、花火を打ち上げるかどうか、えーと……号砲? でお知らせするって。……このことだったの……?)


 たしか、打ち上げ開始の十分前だったか。

 だとすれば、花火の玉は使われなかったはず。胸をなでおろしたが、時間がないことを改めて思い知らされた。


(早く……とにかく早く、見つけなきゃ……!)


「かやぼしさん! かやぼし様!? どこにいるの!?」


 小姫は筒から筒へと走って移動し、片っ端から名前を呼びかけていった。上から覗き込むのは危険だろうから、筒の横や斜め上から出来る限りの大声を出す。


「かやぼし様! 聞こえたら返事して! かやぼし様! ……なんで、返事してくれないの? それとも、声が聞こえないの……!?」


 あるいは、小姫が人間だから警戒されているのだろうか。

 ムジナの話の様子では、人間に親しみを覚えているような印象があったが、その後の経緯を考えると、悪意を持つようになっていてもおかしくはない。だとしたら、ここでどんなに呼びかけても、答えてくれない可能性がある。


 ――だが、今できるのはこれだけだ。それに、まだ全ての筒を確かめたわけではない。


『では、お時間になりましたので、花火の打ち上げを開始いたします――』


 アナウンスで花火大会の開始が宣言された。もう、本当に時間がない。


「ああ、もう、本当に――、かやぼし様! 返事して! このままじゃ死んじゃうんだから! 閉じ込められちゃったのは運が悪かっただけで、悪意はないんです! だから今は……。――かがり様が待ってるんです! お願い、返事して……!」


 その時、視界の端に白い(もや)が見えた。いや、靄のような動きではない。鈍く、ぼんやりとした淡い光だ。目を凝らさないと気づかないほど弱いそれは、小姫の左側――打ち上げ場所の中央付近に置いてある筒の下方から漏れ出ている。


(――あれは……!)


 川原の小石に足を取られ、バランスを崩しながらも必死に走る。と同時に、機器の操作をしている職人に向かって声を張り上げた。


「見つけた! 見つけました! その筒です! ……一瞬だけでいいから、打ち上げを待って――!」


 しかし、聞こえていない。近くで待機している作業員にすら届いていない。それもそのはず、彼らにとって、今の小姫は一羽の小鳥にすぎないのだ。どんなに大声で叫んでも、野鳥がかしましくさえずっているようにしか見えないのだろう。


「あ、そうか、え、これって……、どうすれば元に戻れるの!?」


 筒にたどり着いたはいいが、この先どうすればいいのか。小姫は困惑した。小鳥の姿では、職人と意思の疎通もできないのだ。


「! ――やだ、ちょっと待って!」


 そうこうしているうちに、ヒュウ、という細い音が空気を引き裂いた。数拍遅れ、頭上に大輪の花が咲く。

 花火大会の始まりの合図は、数少ない十号玉。ドォン、という重低音が広範囲の空気を震わし、小姫の体の内側までも強引に波立たせる。


 耳をふさいだくらいでは抑えきれない巨大な音。遠くから聞こえる歓声。心臓が止まるかと思った。

 だが、呆けている場合ではない。上がった。上がり始めてしまった。次は、この筒に点火されるかもしれない。

 失敗だ。元に戻る方法を、ムジナに聞いておくべきだった。


「お、お願い、待ってってば! これだけでいいから! お願いやめて――っ!」


 必死に叫ぶが、どうやったって(かな)わない。鼓膜を打ち震わすかのような花火の音に、たやすくかき消されてしまう。

 右端にある固まった筒の中身が、一斉に夜空へ打ち上げられる。かと思えば、小姫のすぐ左隣りから爆発音がした。

 息つく間もなく次から次へと点火される。一度導火線に火が付けられたら終わりだ。途中で止めることなどできはしない。


「あ……っ」


 ――ついに、薄く光る筒を含む十二個組の花火に点火される順番が来た。コンマの差をつけられた花火が、左上端から順にリズムよく筒から飛び出していく。


 光る筒は、横三つ×縦四つの、一番手前の左から二番目だ。このかすかな光が消えるのを、何もせずに見送ることしかできないのか――。


(……私、結局、何もできなかった……。ここまでわかったのに、何も――)


 絶望し、呆然と崩れ落ちた小姫の口が、勝手に開いた。


「――。ごめん……乙彦――、――助けて……!」


 怒鳴るでも叫ぶでもなく、ただつぶやくように零れ落ちる。それは、鼓膜が破れそうなほどの大音量に、跡形もなく飲み込まれた――……。


 ――のだが。



「――了解したのです、ヒメ」



 聞こえるはずのないそんな声が、聞こえた気がした。


 目にも見えない速さで打ち上げられた花火の玉が、横から飛んできた何かに弾き飛ばされた。それは通り過ぎた後、小姫の顔にぽつりぽつりとわずかな雫を落としていく。


(……雨? じゃない、水……?)


 それが飛んできたのは、支流のある方角からだった。花火の玉は逆方向に飛ばされ、主流の川に落ちたように見えた。少し待っても爆発することはなく、一つの花火が打ちあがり損ねたことに、誰も気づいた様子はない。


「嘘……」


 無事、だったのだろうか。妖怪たちは、助かったのだろうか。

 小姫はへたり込んだまま、しばらく呆けたように玉が飛んでいった方向を見つめた。


 おそらく、川の水を線のように細く()って、花火の玉を本流の方へと押しやったのだ。打ちあがった際、花火を破裂させるための導火線に空中で着火したはずだが、それも川の中に落ちることで消えたのだろう。

 それを目撃したのは小姫だけのようだ。花火のプログラムは何事もなく進行していく。


「――あれ、おかしいぞ。一発足りない」

「? 変だな……。ちゃんと点火されたと思ったけど……」


 いや、花火師たちはちゃんと異変に気が着いたようだ。訝しげに小姫のいるあたりを指さしている。

 小姫は慌てて立ち上がり、心の中でごめんなさいと繰り返しながら遠ざかった。


(……乙彦? 乙彦だよね、こんなことできるの……。 私、あんなこと言ったのに……)


 花火玉を特定できないのなら、全ての花火玉を壊せばいい。彼はそう言っていたはずだ。

 しかし、打ち上げが始まっても、花火は邪魔されることなく夜空へ舞い、観客たちを楽しませた。小姫が見つけた花火玉一つだけを、すさまじい速さと正確さで撃ち落としたのだ。


 花火大会も成功させて、妖怪も助けたい。そんなわがままを、乙彦は聞いてくれた。ぎりぎりまで、信じてくれたのだ。

 小姫は走りながら、目元を拭った。花火玉が飛んで行ったはずの川べりに足を踏み入れる。本当は今すぐにでも乙彦に会いに行きたいが、他の人に回収される前に、かやぼしが閉じ込められている花火玉を見つけ出さなければならない。


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