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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第二章 花と光と、小さな熱
30/81

17.

 休憩後、打ち上げ現場には忙しない空気が漂っていた。職人の他、手伝いの人なのか、様々な格好の人が行ったり来たりを繰り返している。

 その中には小姫の姿もあった。堂々と花火の筒に近づいたり、トラックの荷台に登って中をうろついたりしている。


 午前中と違って、誰にも見とがめられていない。彼らと目が合ったりしても、すぐに視線をそらされたり、しっしっと手で軽く払われるくらいで、無理やり連れだされることはない。

 実は、彼らには小姫が小鳥の姿に見えていた。変化(へんげ)ができるというムジナに頼んで、術をかけてもらったのだ。


「……いや、わし、置物とかなら朝飯前じゃが、動くものはあまり自信がないのう。まして、わしじゃなくてあんたをってことじゃろう? ……うーん。残念じゃが、他を当たってもらえるかのう」


と、乗り気ではないムジナをなんとか説得できたのは、酒のおかげだ。


 最終的には幻といわれる秘蔵酒一本で手を打った。他力本願で申し訳ないが、あとで弥恵か青峰に何とかしてもらうことにする。

 しかし、苦手というのは本当のようで、なかなか成功しなかった。やっとセキレイという白黒の小鳥に見せかけるのに成功したときには、日が暮れかかっていた。ムジナは疲れたと言ってどこかへ消えてしまったが、小姫にとってはこれからが本番だ。


 変化といっても、周りからそう見えるだけで、小姫自身は人間の姿の時と変わらない。会話もできるし、手を使ってスマホも操作できる。ただ、普通は小鳥がしゃべったりスマホを扱ったりはしないので、そこは、さえずったり採餌をしたりしているかのように見えるのだそうだ。相手の脳が、不自然さを勝手に修正するのだろうとムジナは言っていた。


 今、小姫は、それらしき花火玉を探しながら、弥恵からの連絡を待っているところである。

 ムジナが変化の術を試みている間、弥恵から着信があったのだ。心の端ではずっと心配だったから、無事だとわかってほっとした。青峰もまだちゃんと人間だからと言われた時には、思ったよりきわどい状況だったのかと、背筋が寒くなってしまったが。


「私、考えたんだけど……、かがり様とこっちの妖怪、関係があるんじゃないかな?」


 その時、ムジナから聞いて推測した内容を、考え考え、弥恵に伝えた。


「お母さんの話聞いてると、かがり様って、けっこう面倒な神様じゃない? だからきっと、身の回りのお世話とかしてくれる妖怪がいるんだと思うのよ。それが突然いなくなって……、だから、青峰さんが代わりにされそうになったとしたら……。こっちで閉じ込められている、光る小さな妖怪たちが、それって可能性もあるんじゃないかって」


 そしてそれらが、次の町へ渡るかがり様の道を用意していた。その途中で、花火玉の中に閉じ込められてしまったのではないだろうか。

 ムジナの話をどこまで信じていいのかわからない。希望的観測に基づいたこじつけにすぎないかもしれないが、今はそれにかけるしかない。

 かがり様に確認すればすぐにわかることだった。しかし、今は難しいと弥恵が言う。肝心のかがり様は、現状、酔いつぶれて寝ているらしいのだ。村から出られない術も解けず、自然に目が覚めるのを待っている状態らしい。無理やり起こすと祟られる可能性があるから、弥恵も強くは出られないのだそうだ。


「う、嘘でしょ……。こんな時に……!」


 女神の自由すぎるふるまいに、小姫は呆れかえった。

 もし、小姫の推測が当たっているとしたら、自分の世話係がしばらく行方不明になっているということだ。それなのに、探しにもいかないし、心配もしていない。推測が外れていたとしても、道がなければ行かないと言い、ふて寝する。あまりにも奔放(ほんぽう)すぎではないか。


 弥恵は目覚めを待ってから、女神に確かめてくれると約束した。ふつふつと湧いてくる怒りをなだめながら、小姫は彼女からの連絡を待った。が、一向に電話がかかってこない。待ちきれなくなって再度こちらからかけると、予想外の答えが返ってきた。


「あれから何度も呼び掛けているんだけど、全然お返事がなくて。まだお休みになっているんだと思うわ。……まあ、今までの言動からして、起きていらっしゃる可能性もあるけど」

「――え……っ?」


(それ、寝たふりをしてるってこと!?)


 開いた口が塞がらない。

 打ち上げ場所の空気は、しだいにピリピリし始めた。機器を確認したり、指示を出したりする職人たちの表情に、時折、緊張が走るようになる。

 打ち上げ開始の時間が迫ってきていた。川を挟んだ祭りの会場には人々が集まり始め、(いや)が応でも小姫の焦りは募っていく。

 ああ、もう、限界だ。――これ以上、待ってはいられない。


「~~っ、もう、あったまきた! お母さん、かがり様と代わって! それが無理なら、これ、スピーカーにしてかがり様に聞かせて!」

「え、ちょっと小姫――」

「いいから! お願い!」


 神様と通話ができるかはわからないが、やってみるしかない。やけになった小姫は、弥恵が言う通りにしてくれたと信じて、送話口に口を向けて一方的にわめいた。


「かがり様! いい加減にしてください! もう、時間がないんです! 今助けられなかったら、あなたの大切なお世話係が死んじゃうかもしれないんですよ!? 大体、うちの母も、青峰さんも、あなたの付き人じゃないんです! いつまでも引き留めてないで、さっさと解放してください!」


 言い切った後、電話口の向こう側も含めて、周囲が静まり返ったような気がした。数秒の後、一気に受話口が騒がしくなった。


「ちょ――、小姫、言いすぎ、言いすぎ」

「い、言いすぎとかいう問題じゃないですよ! なんで本当にスピーカーにしちゃうんですか!? か、かがり様に聞こえてしまっていたら、どうするんですか!」


 弥恵が珍しく焦っている。青峰の方はほとんど悲鳴のようだった。一方、小姫に反省の色はなかった。むしろ、これでも起きてこないならは、次はどう言ってやろうか――、そう考えた時だった。


 周囲が再び静まり返った。しかし、先ほどまでとは違い、人の声だけではなく、森のざわめきや川のせせらぎ、風の吹く音まで消えている。


 ――。

 ――……。

 ――――…………、胸を締め付けられるほどの、全くの無音。


 ……何か、まずい気がした。沈黙をかき乱すため、自ら音を生み出そうと足を動かしかけたが、それをしたら自分の居場所がばれてしまう気がして、すんでのところで踏みとどまる。


(……え……?)


 ――ばれてしまうって、誰に――?

 ――もしくは、何に……?


『――怖いもの知らずだな。人間の小娘』


「えっ……!? わ、あれ……っ?」


 突然、無音の世界で、妖艶(ようえん)な女の声が響いた。小姫は思わず、スマホを取り落としてしまう。

 スマホを拾おうと屈んで伸ばした手は、我知らず震えていた。しかも、ようやく手に取ったスマホの通話は、すでに切れている。


 ――では、この声は一体どこから……。


『そこな調停者の娘とあって、思いあがったか。身の程しらずめ』


 その声がもう一度聞こえて、せっかく拾い上げたスマホを再度落としかけた。かろうじてつかみ直したその画面は、確かめるまでもなく真っ暗だ。


『その思い上がりを正してやってもいいが……、その度胸に免じて、今回だけは許してやろう。……しかし、二度目はない。わかったな?』


(――かがり……様?)


 ぞっ……と、背筋を怖気が這う。つい先ほど口にしたばかりの言葉を盛大に後悔したが、もう遅い。返答しようとしても、舌が張り付いたように動かない。

 その間に、神の気配が遠ざかろうとしていた。


「――っ」


(怖い……、でも、言わなきゃ……!)


 恐ろしさに身がすくみ、舌がもつれているのはわかったが、このまま行かせてしまったら意味がない。妖怪たちの命も救えなくなる。心臓が締め付けられるのを感じながら、あえぐように声を絞り出した。


「……い、一度だけ……、許してやるとおっしゃるなら……、な、名前……、彼らの、名前を――」


『――』


 気配はその場に留まった。しかし、言葉は返ってこない。

 沈黙は、怒りによるものだろうか。そうだとしたら、今度こそ命がないかもしれない。……そう思ったが。


『――奴らの名は、かやぼしじゃ』


「……っ、ありがとうございます!」


 お礼を言うのと、周囲の圧迫感が消えて川原に音が戻るのとは同時だった。


 森のざわめき。川の水の流れる音。花火師たちの作業による喧噪(けんそう)。遠くの小鳥のさえずりや人々の話声。

 小姫は、糸が切れたかのように地面に崩れ落ちた。小石に素足を思い切りぶつけ、スカートで来てしまったことを後悔する。


「痛……っ。……でも、やっと……! これでやっと……!」


 震える足に活を入れて立ち上がる。……しかし。

 その時、ドオン、と周囲をとどろかす号砲が聞こえた。


 ――花火が、上がってしまったのだ。


(――うそっ……!)


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