7.
実質、妖怪同士で行われた回りくどい会話の内容をまとめると、次のようなものであった。
「森近くの川原で丸いものを持っている人間がいて、通りがかった妖怪がその中に閉じ込められたように見えた。もし本当に閉じ込められているなら、助けてやってほしい」。
あまりにも漠然とした内容だが、とりあえず訴えの内容は理解できた。そこで睡魔に負けた小姫は布団に倒れこんだのだが、あっという間に朝が来た。ぼうっとしたまま登校し、なんとか授業を終えると、放課後、川原の近くの工場に乙彦を連れて立ち寄った。
川原から工場を見上げる。ここでは花火を作っているらしい。今週の土曜日に行われる夏祭り、そこで打ち上げられる花火の作業を今まさに行っているということだった。
「多分、この辺で丸い物を作っているっていったら、花火の玉のことだと思うのよね。あれならまあ、小さい妖怪なら紛れ込んじゃいそうだし?」
「場所や状況からして、間違いはないと思うのです」
乙彦にも異論はないようだった。
「たまにいるのです。人間のすることに興味を持つ妖怪が。おそらく、何をしているか見ているうちに、閉じ込められてしまったのでしょう」
人間が気ぜわしく働いているのを興味深く覗いていたら、花火の丸薬とともに玉皮の中に詰め込まれてしまった、ということかもしれない。かわいらしいと考えることもできるが、間抜けという誹りは免れ得まい。
「うーん。でもなんか、すごくアバウトな話よね。らしいとか、たぶんとかばっかり。そんなので本当に、見つけられるかなあ……」
この辺りには民家もなく、他にあるのは川と森だけだ。たまたまキャンプに来ていた家族連れやグループがその「丸い物」を持っていたことも考えられるが、二人で話し合ってそのパターンは除外することにした。
なぜなら、その場合だと足取りを追うこともできないし、例えば、閉じ込められたのが丸い小物入れとかそういうものだとすると、次に蓋を開けたときに自力で逃げられる可能性が高い。一方、花火の玉の場合、一度閉じたら次に開くのは打ち上げられたときだ。その前に逃げられなかったら、一巻の終わりである。しかも、花火大会は今週末に迫っている。緊急性が高い方として、花火工場を調べることにしたのである。
「見つからなければ閉じ込められていなかったということで、それはそれでいいと思うのです」
「そうだけど……」
小姫は口元に手を当てて、こっそりとあくびをした。しかし、乙彦からはしっかり見えていたようで、扇子の裏から非難の目を向けられる。
「今日はヒメ、授業の半分以上、寝ていたのです……。不良娘なのです」
「!? な、なんで知ってるのよ!?」
「ヒメの席は窓際なので、屋上や木の上からよく見えるのです」
校舎は中庭を囲むようにL字型になっているので、斜め向かいの棟や窓に近い木々の上にいれば、乙彦の言う通りその様子が見えても不思議ではない。が、なぜそんなところにいるのかという疑問は残る。
「ちょ、な、何してんのよ! 不法侵入! のぞき見の変態!」
「婚約者を守るためには必要な行動なのです」
ひょうひょうとそんなことをのたまう乙彦にカチンとくる。
「婚約者って言えば何でも許されると思ってるんじゃないでしょうね!? それ、むしろストーカーだから! 婚約者どころか犯罪者だから!」
「別に悪いことはしてないのです。ヒメのことは、母上様にも頼まれているのです」
――そう。妖怪と人間が関わる問題は、本来ならば調停者である弥恵の仕事である。しかし、彼女は見習いの青峰とともに三日前から出かけていて、未だに帰ってこないのだ。
夏祭りの時期に訪れるはずの神様が、なぜか今年はまだ来ていないらしい。そのため、隣村まで様子を見に行ったのである。
「春に起きた大きな土砂崩れのせいで、山の地形が変わっちゃったじゃない? もしかしたら、それで迷われているのかもしれないわ」
そう言って、弥恵が日無村と隣村をつなぐ山道を整備しながら歩いて行ったのが三日前。無事、向こうへ辿り着いたという連絡があった。しかし、そこでどうやら厄介ごとに巻き込まれてしまったようで、調停者不在の状態が続いている。
「ごめんねえ。少し時間がかかりそうだわ」
詳しいことは説明せず、弥恵はただそう言ってため息をついた。
彼女の声はいつも通りののんきでのんびり口調だったので、あまり深刻さは感じられなかったが、最後に気になるセリフを言っていた。
「長くかかりそうだったら、青峰君だけでも先に帰すことにするわ。まあ、小姫は、乙彦君がいれば大丈夫だと思うけど」
彼女の言葉は的中した。実際、すでに三日が経過している。弥恵がこんなに帰って来ないのは初めてのことで、正直、心配ではあった。ついでに、文句を言いたくもある。
(……乙彦がいれば大丈夫って……なに?)
乙彦との婚約を解消したい旨は、弥恵にももちろん伝えてある。しかし彼女は以前から、乙彦に絶対の信頼を置いているのだ。そもそも、彼との婚約話を持ち出したのも彼女であり、何度撤回を要求してものらりくらりとかわして乙彦をけしかけてくるのも彼女だった。
(まったくもう……! 今回の留守番だって、一人じゃ心配だから乙彦と一緒に住めって……! 住めるわけないでしょ、散々嫌だって言ってるのに! それに、今まで平気で置いていってたくせに。ほんと、気分屋なんだから!)
乙彦が小姫に恩義を感じているのは確かだが、それとこれとは別の話だ。全く違う話を一括りにしてしまうから、問題がややこしくなってしまう。
乙彦の大きな目が、まっすぐに小姫を見つめている。その透き通るようなまなざしから逃れるように顔を背けると、小姫は意識を切り替えた。
(――とにかく、今は、この件をさっさと解決しなきゃ!)