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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第二章 花と光と、小さな熱
19/81

6.

 小姫がようやく冷静さを取り戻すと、乙彦が仕方なさそうに説明してくれた。

 彼によると、この枕返しは昔から村長の屋敷に()いている妖怪で、他の妖怪の頼み事や訴えを、当事者に代わって伝えてくれることがあるらしい。


「何それ、ほんと? 枕ひっくり返して、からかうだけの妖怪じゃないの?」

「他の枕返しは知りませんが、この枕返しはそういう性質(たち)なのです」

 小姫は不思議に思ったが、乙彦がそう言うのならそうなのだろう。改めて向き合おうと正座をしてみたものの、相手の妖怪の方に問題があった。


「……でも、よく見えないんだけど?」


 部屋の隅に人っぽい形をした黒い影があるのはわかる。でも、それだけだ。照明をつけたら逃げると言われ、仕方なく手探りで近づいてみるとビクっとされた。


「……母上様が不在なので、代わりにヒメに伝えようとしたのでしょう。ですが、ヒメは調停者ではないので、警戒しているのかもしれないのです」

「それは……、だって、しょうがないじゃない」

「ええ。むしろ、いいことなのです。ヒメが私達に歩み寄ろうとしているのを知って、話してみようという気になったのかもしれないのです」

「え……」


 乙彦の言葉に、小姫はぽかんとした。

 ここ数か月、小姫が妖怪のためにしていることといったら、たまに虐待現場を見かけたときに、子どもたちに生き物を大切にするよう言い聞かせることだけだ。

 なにしろ、妖怪の数が少なすぎて出会うこと自体がめったにない。しかも、妖怪を見ることのできる人間はほとんどいないのだ。乙彦によると、子どもの頃は妖怪が見えることも多いようだが、彼らは妖怪に出会っても、見知った生き物の突然変異か何かかと思って終わるのだという。その場合は大抵、気味が悪いと忌避するか、あるいはいじめて追い払おうとする。そういった場面に出くわしたとき、相手が妖怪だとは言わないよう、小姫は弥恵(やえ)に言い含められていた。妖怪の存在が幻のようになっている今、そんなことを言っても、小姫が変な目で見られるだけだからだ。


「……でも、別に何もできてないような気がするんだけど……」


 妖怪だと言わなくても充分変な目で見られるし、煙たがられるだけで、真面目に聞いてもらえている気がしない。だが、乙彦はそれでもいいと言う。


「そうかなあ……」

「ええ。少なくとも、妖怪は助かるのです」


 いまいち()に落ちないが、乙彦が認めてくれるのなら、小姫も悪い気はしない。


「ヒメはそこから動かないでほしいのです。近くにいてくれれば、私にも話してくれるかもしれないのです。私が聞いてみるのです」


 乙彦が近寄っても、その影はおびえる様子を見せなかった。黒い塊が二つに増えて、ひそひそ、こそこそとささやき声が聞こえる。


「……わかったのです。どうやら、助けてほしい妖怪がいるようなのです」


 やがて、乙彦がうなずきながらそう言った。


「助けてほしい妖怪? え? それってどういうこと?」


 聞き返すと、また、ひそひそ話が始まった。


「妖怪伝えに聞いただけで、詳しくはわからないらしいのです。ただ、何かに閉じ込められた可能性があると」

「何かって、何に?」


 ひそひそ。


「現場を見ていた妖怪によると、丸いものらしいのです」

「丸いものって何よ? それだけじゃわからないわ。ちなみに、場所はどこ?」


 ひそひそ。ひそひそ。ひそひそ……。


「~~~~っ!」


 とうとう、小姫はしびれを切らした。バン、と両ひざを叩いて訴える。


「――まどろっこしい! ねえ! これって、私、いる? 私、いる!?」

「……この枕返しは、人間に言伝をするために出てきているのです」

「でも結局、話をしているのは乙彦じゃない! 私じゃないじゃない! 起きてなくてもいいじゃないっ!」

「……ヒメ。眠くて機嫌が悪いのはわかるのですが、黙って聞くのです」


 乙彦にたしなめられ、小姫は不承不承、唇を閉じた。その後も、乙彦と枕返しの間で話が進んでいく間、小姫は憮然とした顔のまま、必死で目を開けていたのであった。


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