5.
「……で。その結果が、この体たらくなのですか……」
深夜に様子を見に来た乙彦が、小姫の部屋で呆れながらつぶやいた。
乙彦の視線の先には、布団を脇に追いやり、大の字になり、大いびきをかいて寝入っている小姫の姿がある。枕は自分で蹴り飛ばしたのか、部屋の隅に転がっている。
妖怪は、家人に招かれないと家の中には入れない。だから念のため先に許可をもらっておいたのだが、乙彦もこんな状態になると予想してそうしたわけではなかった。
ちなみに、中に入ってしまえば、仕切りも扉も意味をなさなくなる。小姫がどんなに自分の部屋には立ち入り禁止と言ったところで無駄なのであった。
乙彦は、小姫に近寄って屈みこんだ。それから、おもむろに彼女の頭に手を当てる。小姫はにやにやとだらしない笑みを浮かべていたが、少し経つと、眉を顰めたり唇を引き結んだりするようになった。
そうして、ついには、
「――トイレ!」
と一声叫び、上半身だけ跳ね起きた。
しかし、勢いがあったのはそこまで。それからは超スローペースだった。眠くてたまらないらしく、目を閉じたままベッドから降り、のそのそと床を這い始める。そこを乙彦はむんずと捕まえた。
「水の夢をみせて目を覚まさせただけなのです。このまま話を聞くのです」
「……ふえ? ……おとひ……? だれ……?」
声のする方へ顔を向けているが、目が半分も開いていない。小姫はそのまま「冷たくて気持ちいいー」と、乙彦の首に腕を絡めた。
「…………」
川の妖怪である乙彦は、人間に比べて体温が低い。蒸し暑い夏の夜など、冷却材として最適だろう。しかし、寝ぼけて誰彼なしに抱き着くのは、人間の娘としてどうなのか。
そう思った乙彦の眉間に、しわが寄る。
彼はだらんとしている小姫を抱え直すと、無防備な耳に唇を寄せた。
「――いい加減、ちゃんと起きるのです。でないと……、今ここで、あなたを襲うのです」
「ん……襲……? ――っ!?」
小姫はようやく覚醒した。至近距離に乙彦の顔があり、抱き抱えられていることに気づいて悲鳴を上げる。
「きゃあああっ!? な……っ、何でここにいるのよ、変態――っ!」
「……うるさいのです」
パニックを起こした小姫が落ち着くまで、それから十分ほどかかったのであった。