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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第二章 花と光と、小さな熱
17/81

4.

「……なんだか、最近人間たちが浮足立(うきあしだ)っている気がするのです」


 学校からの帰り道、乙彦が村の繁華街を後方に見ながらつぶやいた。

 小姫の登下校の際は、乙彦が送り迎えをするのが日課のようになっている。しかし、二人でいるのを目撃されて、生徒たちの間で噂になるのは避けたい。そのため、彼と一緒に歩くのは、家から繁華街までの川路だけと決めていた。

 帰路の場合は、繁華街を抜けたところで合流する。街路樹の向こうに隠されたそこを、小姫も一瞬だけチラッと見やった。


「え? 乙彦知らないの? そろそろ夏祭りの時期じゃない。ほら、うちの村のお祭りって、夏休みが始まる前にあるでしょう? もう今週だから、準備も佳境(かきょう)に入ってるのよ」


 夏祭りは三日間行われ、金曜日には繁華街で物産市が(もよお)されたり、日曜日には村の施設で講演会が開かれたりする。メインは、屋台が並び、花火大会も行われる土曜日だ。

 小姫は、顔が緩みそうになるのをこらえながら説明した。そんな彼女に、乙彦はいぶかし気な視線を向ける。

 帰り道、小姫はずっとこんな調子だった。終始にやけた顔をしていて、時折(ときおり)含み笑いをもらす。それは家に着いてからも続き、さすがに乙彦が理由を尋ねた。


「ヒメ。今日はいつも以上におかしいのです。何か変な物でも食べたのでは」

「ええ? そんなわけないでしょ。やだなもう……。うふふ……」

「…………」


 乙彦は目を細めると、扇子を閉じて玄関のノブに手をかけた。それを見た小姫が、慌ててドアを抑える。


「ちょっと、乙彦、何する気? 今日も、私しかいないって言ったでしょ!?」

「だからこそ心配なのです。こんなおかしいヒメを一人にしてはおけないのです」

「そんなこと言って、私の部屋に入る気じゃないでしょうね? その手にはのらないんだから!」

「枕返しがまた出たらどうするのです?」

「それも、心配いらないわよ! 大丈夫よ、なんとかなるわ!」

「……大丈夫じゃなさそうだから心配しているのですが……」


 小姫はさっきから抽象的なことしか言っていない。背中をぐいぐい押されながら、乙彦は不満そうに小姫を見つめた。


「そこまで言うなら、今日こそ解決するのです。ですが、何かあった時のために、家の中に入る許可だけは寄こしておくのです」


 真剣な表情で訴えられ、小姫はしぶしぶ了承した。


「う……、家に入るくらいなら、まあ、いいけど……」

「それでいいのです」


 乙彦はにっこり微笑むと、大人しく門の外へと出て行った。小姫は注意深くそれを見送り、しっかりとドアを閉める。

 乙彦は心配性すぎる。枕返しは危険ではないと言ったのは、乙彦ではないか。しかも、あんなふうにからかわれたら、なおさら部屋に入れられるわけがない。

 小姫はため息をついて、がらんとした室内へ視線をめぐらした。


 以前は確かに、この広い家に一人きりというのは心細かった。家鳴りでびくついたり、部屋の隅にお化けの幻影を見たりすることもあった。しかし、最近は、そんな思いをすることはなくなった。それもこれも、正直に言えば、乙彦のおかげだ。

 彼は意地悪なことばかり言うが、何かあれば小姫を助けに来てくれる。家の中にいなくても、きっと近くにいてくれて、すぐに駆け付けてくれる。そのことに対する信頼は揺るがない。

 だから、本当は、乙彦には感謝しているのだ。

 調停者たる弥恵の立場を引き継ぐのは小姫ではないが、それでも、彼ら妖怪がこの村で暮らしやすくなるように、何かしたいと思うくらいには。


 そう決意してから早数か月。枕返しとのことは、そのための第一歩となるかもしれない。決意も新たに、小姫は唇を引き締めた。


「――そうよ。今度こそ、ちゃんと話し合ってみせるんだから……! それに、これさえ解決しちゃえば、あとは……、うふふふふ」


 小姫はあふれ出てしまう嬉しさをかみしめながら、夜の対決を待ち遠しく思った。

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