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妖怪村の異類婚姻譚  作者: 鍵の番人
第二章 花と光と、小さな熱
15/81

2.


「――乙彦(おとひこ)! なんとかしてよ!」


 早朝、屋根の上に現れた人影を玄関に呼びつけて、小姫は開口一番、そう吠えた。


「……いきなり、何なのです?」


 乙彦は扇子(せんす)で口元を隠し、大きな目を細めて首を傾げた。左耳に着けた笹の葉の飾りが、軽く揺れてしゃらんと音を立てる。

 すらりとした体躯(たいく)に着物を身にまとった彼は、河童の妖怪だ。今は人間に変化(へんげ)しているので、耳がとがっていて髪が多少つんつんしているのを除けば、二十代くらいの普通の青年に見える。

 彼と小姫の間には、浅からぬ縁があった。小学生の頃の小姫が、彼を交通事故から救ったのである。あいにく小姫に当時の記憶は残っておらず、現在に至るまで何も思い出せていないのだが、乙彦にとってそれは大した問題ではないようで、彼女を命の恩人だと公言してはばからない。

 それだけなら、小姫がくすぐったく思う程度の話なのだが――、素直に喜んでばかりはいられない事情があった。


「だから、枕返しの話よ! ここんとこ毎日、寝入りばなになると邪魔されて、全っ然眠れないんだから! 乙彦、どうせ暇なんでしょ? 一晩中見張ってて、あいつが出てきたら捕まえてよ!」


 小姫はやけくそ気味に怒鳴る。寝不足がたたって、頭も働かず、気力もわかず、心理的に追い込まれているのだ。しかし、だからと言って、こんな身勝手な言い分を唯々諾々(いいだくだく)と聞いてやる気は、乙彦にもない。


「……小砂利(こじゃり)のくせに、私を便利な道具扱いする気なのです?」


(……う)


 不快感をあらわに言い返されて、小姫は言葉に詰まった。

 いつも周りをうろちょろしているので、ついおざなりに扱ってしまうが、乙彦は別に彼女の奴隷ではない。人間が妖怪を迫害しつつあるこの村内で、人間自体をそこまで好意的に捉えているわけでもない。

 というか、逆に小姫を下に見ている感すらある。基本的に小姫を「ヒメ」と呼ぶ乙彦が「小砂利」と呼ぶときは、「人間の小娘が」という意味が込められているときなのだ。

 さすがに甘えすぎた、と反省した小姫は、声のトーンを落として、もう一度言った。


「ごめん……、なんか、眠すぎて頭が回らなくて……。だけど、相手も妖怪だし、乙彦なら、ちゃんと話をしてくれると思うんだけど……」

「…………」


 乙彦はしばらく観察するかのように小姫をじっと見ていたが、ふ、と目元を緩めて顔を近づけてきた。


「……まあ、ヒメの頼みとあらば、協力するのもやぶさかではないのです」

「! じゃあ――」

「ですが、夜中に婚約者を寝室に招き入れることの方が、ヒメにとって危険かもしれないとは考えないのです……?」

「――っ!?」


 意味深に耳元でささやかれ、小姫はとっさに耳をふさいで飛び退った。顔を赤くして口をパクパクさせていると、乙彦が扇子を広げてにたりと笑った。


「枕返しなんて、大した力もなく害もない妖怪なのです。調停者の娘なら、それくらい、自分でどうにかするのです」

「~~~~っ!」


 なんだかんだ言って、手伝う気はないらしい。乙彦は現れた時と同様、脈絡もなくふいといなくなってしまう。

 残された小姫は、玄関先にへたり込んでこぶしを震わせた。


 例の事故で、小姫は左腕と左足を失った。体が修復するまで一時的に妖力で補っているのだが、その妖力を供給しているのが乙彦だ。

 小姫がそのことを知ったのは、事故から十年経った今年、乙彦と再開した、つい数か月前のことである。そのとき、彼とのつながりを強くするために結んだのが、婚約者という関係だった。

 しかし、乙彦はもともと、そんな関係がなくても力を供給してくれていた。あれから時間が経ち、小姫の体もだいぶ元に戻ってきているというから、彼の負担も少なくなっているはず。だから、無理に婚約関係を続ける必要はないのだが、それ以降もずっと、乙彦は小姫の婚約者を名乗り続けている。そうしてときどき、こうやってからかっていくのである。

 しかも、プロポーズもどきもされたのだが……、どこまで本気かわからない。


「……もー! 乙彦の、意地悪!」


 とにかく、腹が立つことは確かだった。小姫は乙彦がいるかもしれない屋根の上に向かって、苛立ちをぶつけた。

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