1.
日無村は、長らく妖怪と人間が共存してきた村である。ここでは、村の首長であり、調停者とよばれる者が、妖怪と人間の間を取り持つ役割を担っている。
日浦小姫は、その調停者の一人娘だ。今まで母の仕事には積極的に関わってこなかった彼女だが、数か月前に一念発起し、両者が仲良く暮らせる環境をつくろうと少しずつ努力を始めていた。
しかし、とりたてて大きな事件が起こることなく、平穏な日常が過ぎていく。これでいいのだろうか、と漠然とした不安を感じていた時に現れたのが、今現在直面している、真夜中の怪異であった。
「うう……、眠いのにぃ……」
小姫は、ベッドに仰向けの状態で呻いた。
目を開けなくてもわかる。まだ真夜中だ。いつもなら何の憂いもなく熟睡している時間帯である。
体は眠りたいと訴えている。しかし、部屋の中の気配がそれを許さない。熱帯夜のせいではなかった。数日前から毎日現れるその不届き者が、小姫の眠りを妨げ続けているのである。
小姫は散々唸った末、やむを得ず起きることにした。張り付いた瞼をなんとかこじ開けると、目が次第に暗闇に慣れていき、天井を映し出す。
すぐに違和感に気がついた。ベッドに入った時と、天井の模様が違う……。思った通り、体の向きを変えられている。足を動かしてみれば、指先に枕の感触があった。
――枕返し。妖怪のいたずらである。
しかし、どんなに目を凝らしても、くだんの妖怪の姿を捉えることはできない。
(やっぱり、か……)
小姫は諦めてずりずりとベッドの上で回転し、枕を引き寄せて体を丸くする。話し合おうにも、相手が隠れているのではどうしようもない。小姫はぎゅっと目をつぶり、ひたすら朝が来るのを待った。