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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンシー・キーパーズ

作者: 戸夢 苫戸

学生の頃からゆっくり書いていた物語なのでちぐはぐかもしれませんが、最後まで読んでいただけると幸いです。

もし好評でしたら続きを書くかもしれません。

あ、一応流血描写が書いてあります。苦手な方はご了承ください。

【第一章・噓と狐と狂犬騒ぎ】

「…これで送信完了っと。」

俺の名は小田牧誠(おだまき まこと)。高校生だが、趣味でブログを管理している。ブログ名は「悪人制裁.com」。世の中の悪党共を制裁した記録を残すというテーマのブログで、今もそのブログに新しい投稿をしたところだ。

『迷惑なおっさんに制裁与えたったwww』というタイトルのとおり、街中で他人に迷惑をかけているおっさんにスカッとする制裁を加えるという内容となっている。このブログに載せる話は全てノンフィクションだと書いてあるが、それは全くの嘘。すべて適当に思いついた話を投稿しているだけだ。そうとも知らずに、今日もコメント欄には俺の行動をたたえる信者たちが沢山来ていた。

「今回もスカッとしました!」

「毎日悪い人を倒してるなんてかっこいいです!」

そんなコメントが多い一方、

「本当にそんなことしたのか?」

「どうせ今回もでっち上げだろ!」

みたいなコメントもちらほら見かける。いつもなら、どうせわからないだろとたかをくくってハイハイと軽く流しているところなのだが…

ふと、ある一つのコメントに目を留めた。

コメントには

「嘘をつくと狼に食べられるぞ!」

と書かれていたが、狼なんて現代の日本にいるはずがない。安い脅迫だと、この時の俺はまともにとらえることもなくパソコンを閉じた。


「おっはよー!元気か?」

翌日の朝、登校中に後ろから声がかかる。

「ああ、口田こうだか。おはよ…ふあ~ぁ…」

「なんだ、寝不足かマッキー?」

「いや、昨日は早く寝たんだけどな…」

「はいダウト。どうせ前に買ったゲームやりこんでたんだろ?」

「なぜバレたし」

「お前の虚言癖(きょげんへき)にはいい加減慣れたんだよ。何年友達やってると思ってんだ?」

どうやら小学校からの付き合いである口田には俺の虚言癖は通じないらしい。

理解してくれる友人がいるのは嬉しいことだが、同時に彼がこんな自分にかまってて大丈夫なのか心配になる。

「なあ、口田…」

「そういえばさ、あの話知ってるか?」

「な、何の話だよ?」

話を遮られ、言いかけていた言葉を飲み込みながら口田の話を聞く。

「狼だよ、狼!嘘をつくと狼に食われるって話、この辺で最近流行ってるんだよ」

狼、その言葉を聞いてドキッとした。昨日見たコメントと同じ内容だったからだ。

「それでよ、マッキーは嘘ばっかつくだろ?いつかその狼に食べられないか心配でさ…」

「なんだそれ。そんなの都市伝説とかに決まってるだろ?大体俺が嘘つくことなんてほとんどないしな」

「それがすでに嘘じゃねーか。はぁ、お前いつか絶対に食われるぞ…」

「だからあり得ないって。それより今日の数学だけどさ…」

なんて話をしながら、俺たちは学校に入っていった。

その日の放課後…

「遅くなっちゃったな…間に合うか?」

オレンジの空がほとんど夜空になりかけていく中、俺は家に帰るために走っていた。授業態度が悪いとか言われて生活指導の教師につかまり、居残り指導されたおかげでブログ更新までギリギリの時間になってしまったからだ。

「くそっ、あの教師絶対許さねえ…今日はあいつをモデルに書いてやるか。」

なんてぶつぶつ言いながら角を曲がると、運の悪いことにいつも使っていた帰り道が通行止めになっていた。

「なんだよ、ったくもう…」

イライラを募らせながら、仕方なく細くて暗い路地に足を踏み入れていく。スマホのライトをつけて、暗い道を走り抜けた先で…俺は真っ暗闇にぶつかった。

「…なんだ…これ。」

よく見れば・目の前に黒い何かが立ちふさがっているのがわかり、スマホのライトで照らしてみると…大きな耳、蕾のように膨らんだしっぽ、夜に溶け込むような真っ黒い毛皮。そして二足歩行の、ヒトの二倍はありそうな背丈の狼の化け物が、そこに立っていた。化け物は血走った目で俺を見下ろし、刃物のような鉤爪を振り上げて…それに気が付いたときには遅く、俺は胸から腹にかけてはしる四本の赤い線から鮮血を吹き出し、膝をついてうつ伏せに倒れる。

「が、はっ…」

口の中に苦い味が広がっていく。助けを呼ぼうとしても、口の中を満たす苦味でおぼれてうまく言葉が出ない。化け物の唸り声だろうか、腸を引っ張られるようなおぞましい声が上から響いて頭が痛い。…あ、腸はもう出てきてたわ。

まさか…これで終わるのか?こんなブログのネタにもならない、つまらない最期が、俺の終わり?…いやだ、死んだらもう嘘が吐けなくなるじゃないか。ブログだって更新できない。

今わの際でやり残したことばかりが浮かんできていたその時、目の前を金色の光が覆いつくした。

もうお迎えが来たのかと考えて、そこでふと疑問に思ったことが口をついて出る。さっきまで喋ることも出来なかったはずだというのに、それはもう自然に。

「…嘘つきって地獄行きじゃなかったっけ。」

「何寝ぼけてんの!あたしが助けるんだからしゃんとしなさい!」

随分と乱暴な天使だなと思いながら、俺は残りわずかだった意識を手放した。


「お…て…おき…さ…」

声がする。…聞き覚えのある声だ。どこで聞いたっけ。あれは、確か…

「さっさと起きなさい!またあの怪物に食べられたいの!?」

突然耳元で大声がする。あの怪物と言われて思い出した俺は飛び上がるように体を起こし、急いで辺りを見回す。ここはどうやら俺の部屋らしく、俺はベッドに寝かされていたようだ。周りに怪物の姿も無く、とりあえず安心して胸をなでおろす。

が、次の疑問がすぐ目の前にいる。

「…で、誰だお前?」

率直な疑問を投げかけると、少女は片手を胸に当てて誇らしげに自己紹介する。

「あたしは世界空想エネルギー資源管理局日本支部所属の知古名(ちこな)シオンよ!ここにはある者を捕まえにやってきたの!」

「は…?空想エネルギー…なんだって?」

「え、まさか聞き取れなかったの?じゃあもう一回言うわよ。あたしは世界空想…」

「ああ待て!聞き取れてるから何度も言わなくていい!」

「なによ、聞こえてるんなら聞き返さないでよね。」

なんだこいつは。容姿からして只者ではないと思っていたが、…間違いなくこいつは本物だ。本物のイタイ奴だ。世界空想エネルギーがなんだとか、設定まで作り込んでそんなコスプレまでして……可哀想な奴だと俺の中で勝手に彼女のイメージが出来上がる。

「…ちょっと、何か失礼なこと思ってないでしょうね?」

「イエイエマッタクソンナコトオモッテナイデスヨー。」

「はあ…まぁいいわ。あたし回りくどい事は嫌だから単刀直入に言うわね?」

彼女はそういうと、先程とは一転して厳かな態度で話し始めた。

「…小田牧誠、あなたは先程の狂犬による襲撃で死にました。今後は生前に重ねた虚偽の罪により地獄行きがほぼ決まるでしょう。」

淡々と告げられた衝撃の言葉。俺は目を見開いて、その言葉を飲み込み切れずにいた。

「嘘だろ!?俺のウソは人を傷付けない慎ましやかなウソだぞ!」

「嘘つきには変わりないじゃない!」

それはそう。

思えば、物心ついた時から俺が嘘をつかなかった日はない。今では一日最高100回は嘘をついている始末だ。それに後ろめたさを感じた日もあったが、しかしそれを今知り合ったばかりの奴に言われると反射的に否定したくなるのが人間というもので。

「…いやいや、おかしいだろ。そもそも空想エネルギー管理局なんて聞いたこともない。その耳だってどうせコスプレ…ああそうか、さてはドッキリだな?俺のブログの内容にキレて凸ってきて、こんな手の込んだドッキリで俺を脅かしてウソの記事を書けないようにさせるつもりなんだろ!?」

自分でもびっくりするぐらい早口で言葉を吐き散らかす。目の前の少女が俺のブログの閲覧者だと決めつけ、記事の内容に怒ってリア凸してきた非常識な奴だと罵る。リアルの情報に繋がるようなことは一切書き込んでいないから住所などバレようがないはずだが、今はそんなことすら考える余裕がないほど、俺は自分が一度死んだという現実を直視出来ないでいた。そして少女の格好がコスプレだと決めつけた俺は、知古名の頭部にあるつけ耳を外してやろうと引っ張ったが…つけ耳は取れず、それを引っ張られた彼女はわなわなと震えながら俺の方をにらんでいる。

「…あれ、まさかホンモ…」

今度は平手打ちではなく鉄拳が飛んできた。

顔面が陥没する勢いで殴られた俺はぐるりとバク宙のように吹き飛び、背中を壁へしたたかに打ち付ける。衝撃で棚の本がどさどさと倒れ、体の至る所から感じる痛みが彼女の言っていることは現実なのだと否が応でも突き付けてくる。

「気安く触らないで!姦淫罪で即刻地獄に落としてやるわよ!?」

キャンキャンと喚く少女の前で、上下逆さまの情けない姿勢のまま俺は震えた声で言葉を絞り出す。

「…まさか、全部本当なのか?」

顔の痛みはとっくに引いていて、鼻血もすぐに引いている。そうした肉体の変化も

「…そうね。一応その肉体に魂を移してはいるけど、冥界のルールに則ればあなたは本来死亡済み、閻魔様に裁かれるのを待つ身よ。」

「マジか…!」

「さっきも言ったけど、貴方は嘘つきの罪で地獄行きはほぼ決まり。だけど今からあたしの・・・ちょっと、何してるの?」

知古名とかいう少女の話を無視して俺は机のパソコンを開き、ブログの更新をするべく文字を打ち込んでいた。こんな面白おかしい出来事、ネタにしない手はないからだ。

「ブログの更新だよ。こんな面白いネタ、使わないわけにはいかないだろ!」

そう言っている間にネタを書き上げ、ブログにアップする。更新時間はだいぶ遅れてしまっただろうが、これは閲覧数にも期待が…

『何だこの記事。バグ?』

『何これ、怖…主憑りつかれた?』

あれ?思ってた反応と違うな。

不思議に思って記事を見てみるとびっくり、書き上げた記事が漏れなく文字化けしてまともな文章になっていないではないか。

まさかと思いスマホのメモ機能で文字を入れれば、完了を押した途端に文字化けしてしまう。

「な、なんじゃこりゃあああああ!」

絶叫する俺の横で知古名が画面をのぞき込み、当然といった顔で話す。

「あなたは今死んでいる扱いなんだから、普通の人間にメッセージを残したりは出来ないわよ。たいていはこうして不思議な文章に変わってしまうのがオチね。まぁ、強い気持ちを込めれば伝わる事もあるけれど…。」

そこまで言いかけて知古名の視線がパソコンの画面から俺の顔へと移り、そのまま視線があったままじっと2、3秒ほど見つめられる。

…改めて見るとこの知古名とかいう女の子、普通に可愛い。金色の髪と同じ色のぱっちりした瞳が眩しく、小柄な背丈故か上目遣いのような視線が愛くるしさを感じさせる。…なんだろう、動画投稿サイトのショート動画にこんな感じで見つめてくる猫の動画があったような気がする。

とか思っていたら、向こうの方から視線を外された。そして知古名は無言のまま短いため息一つ吐いて、呆れたような顔で首を振った。

え、何?俺今こいつに憐れまれた?

やっぱり可愛げないなコイツ。

「とにかく、あなたはそのブログを更新しようにもやっぱり生き返らないといけないの。そこで、あたしから提案があるわ。あたしに協力してあの『狂犬』を捕まえてくれないかしら?」

俺の不機嫌そうな目線に気づいていないのかそのまま話を続ける知古名。狂犬、狂犬…あの、と言われたら俺も面識のある奴なのだろう。…思い当たるのは一つしかない。

まさか、あのデカい毛むくじゃらの化け物を捕まえろというのだろうか?

「狂犬って…もしかしてあのでっかい人狼みたいなやつ?」

「そうよ。」

やっぱりそうだった。

いやいやいや無理だろ、あんな熊よりデカそうな(実物の熊は見たことないが)化け物をコイツと二人で捕まえろなんて。100m走一回でへばってしまうような俺に、そんな事できっこないだろう。

「いいぜ。生き返ってブログ更新出来るならなんだってやってやるよ!」

しかし口の方はマイナスな考えと真逆の言葉を喋る。俺のパッシヴスキル『虚言癖』の発動だ。

なんでこういう時に限って出て来ちゃうかなぁ。

「…あたしから提案しといてなんだけど、ホントに引き受けてくれるとは思わなかったわ。狂犬に襲われた直後だったし、ビビッて辞退しちゃうと思ってた。」

これには知古名も流石に面食らったようで、一瞬だけきょとんとした顔をしていた。

「任せておけって。あんなの10匹来ても構わないくらいだぜ。」

「ほんとかしら…。」

とはいえあんな言動をしていた後のこの態度なものだから、知古名からは疑いの目を向けられている。実際、彼女が疑っているであろう通り今の俺はめちゃくちゃビビっている。正直もう外に出歩くのも億劫な程だ。

しかしそこで正直になれないのが俺なわけで。それに引きこもったところでほぼ唯一の楽しみと言って差し支えなかったブログも更新出来ないんじゃ、生き延びた意味がない。

それなら万が一にでもアレを倒して生き返れる方に賭けるのが、まだ希望があるように感じる。

…という具合に、虚勢を張った後でそれを正当化する言い訳を自分で考えて自分で納得するまでがいつもの流れである。

一度吐いた言葉を引っ込めることは出来ない、という親の教えが根付いている俺は己の口から出た言葉を訂正したことは殆ど無く、こうして心の中の自分を曲げることで生きてきた。

そしてそれを今更変えるつもりは無い。

「…まぁいいわ、それじゃ話の続きね。今私が追っている『狂犬』は、二足歩行で歩く体長約3mの歪曲幻獣種。今の所この辺りに居るとされるのは貴方が遭遇した個体一匹だけね。」

と、軽く過去のモノローグに耽っていたところに知古名の説明が始まったので、頭を切り替えていこう。知古名が懐からキーホルダーがジャラジャラ付いたガラケーを取り出して操作すると、画面が飛び出てホログラムが現れる。どうやら俺を襲ったあの怪物の全体像らしいが…ムキムキの上半身に比べギャグみたいに細く小さい下半身というカートゥーンアニメのような風貌に些か目を疑った。

「ちょっと待て。あの化け物こんな感じだったか?」

「? 結構忠実に再現した自信があるのだけど、違ってたかしら?」

「……。」

どうやら知古名の美的センスに基づいたものだったらしい。確かにあの時俺が目を引いた特徴は捉えているが…画伯ならともかく、THE・カートゥーンといった絵柄で表現してくる奴は初めて見た。

「…他にないなら続けるわよ。そいつの痕跡を辿った結果、この街のはんか街にあるビルに潜伏していることが分かったわ。誰もいないビルに入っているのは良かったけど…人通りの多い通りも近いから、何かがきっかけで暴れてしまって人間に被害が出たら大変よ。なるべく早く捕まえないと…。」

「捕まえるったって…お前アレ抑えられるのか?」

「失礼ね、あたしはこれでも人間なんかよりはるかに強いのよ?狂犬一匹におくれは取らないわ。」

じゃあ俺を連れてく意味よ。まぁ、本人がこう言うならいざというときは守ってもらうとしよう。

「で、具体的にどう捕まえるんだよ?」

「これを使うわ。捕獲用の結界、それを作るためのお札よ。」

そう言って知古名が懐から数枚のお札を取り出す。白紙に赤い墨で模様が書いてあるようだ。

「おお、それを使えば捕まえられるんだな!」

「いいえ、これだけじゃ狂犬を抑えることはできないわ。捕まえる前に弱らせて、もしくは無力化してからじゃないと破られる可能性があるの。」

なるほど、モ〇スターボールのようなものか…となると、ただぼーっと待っているだけで済む仕事ではなさそうだ。

「マジかよ…じゃあ俺に手伝ってほしい事って、その狂犬とかいうのを弱らせる事か?」

「そうなるわね。大丈夫よ、その身体はあたしが用意した義体だもの。普通の人間の三倍くらいの力は出せるはずよ。」

さらりととんでもない言葉が出てくる。義体、ということは今の身体は俺の本当の肉体じゃないらしい。試しに手を握ったり開いたりしてみるが、何か違和感があるようには感じられない。

「違和感ないでしょう?あなたの死にたての体から生体情報を取得して再現したのよ。今はその身体に魂を入れて定着させているけど、ウチの技術開発部に頼んだら元の体を修復してもらった後で元に戻すことも出来るわ。」

急にハイテクそうな言葉が知古名の口から出てきて俺は混乱し始めたが、要は限りなく元の体に近いアンドロイドになったと捉えればいいのだろうか。

「話を戻すわね。要はあなたにしてもらいたいのは、狂犬を人のいないところへ誘導する事と、出来れば狂犬を弱らせる事。そのために必要な装備を今あたしの式神が運んでくれているから、それが来たら作戦を始めるわよ。」

「弱らせるのはともかく、誘導なら危険が少なく済みそうだな。あんたはその間何をするんだ?」

「結界の設置を済ませてからあなたと合流して、弱らせる手伝いをするわ。それと、あたしはこの仕事の経験者なんだからあたしのことは知古名先輩か知古名さんと呼びなさい。わかった?」

腰に手を当て、もう片手の人差し指で天井を指しながら前のめりになるポーズで知古名がそのような要求をしてくる。狙っているのか無意識なのかはわからないが、あざと可愛い。

「えぇ…さすがに中学生を先輩扱いはやだな…」

それはそれとして、俺よりも幼く見える奴を先輩呼ばわりするのは癪にさわるので拒否する。

「あーもう!あたしはあんたなんかよりずっと年上なんだから、そこは気にしなくていいの!」

「マジか!?それってつまりロリば…」

と、言いかけたところで知古名の右ストレートが飛んでくる。拳は正確に顔面へめり込み、俺は床に叩きつけられる羽目になるだろう。

地面に倒れ、上から見たりんごのような顔面のまま、俺はずっと疑問に思っていたことを知古名に尋ねる。

「…なぁ、ひとつ任務の前に質問してもいいか?知古名…」

「……」

「…さん。」

前が見えねぇ状態だが、刺すような視線を感じ取って敬称を付け加える。さすがにご機嫌斜めのようだ。

「何かしら?」

「さっきから狂犬とか、歪曲幻想種とか言ってるけど…それって結局何なんだ?アンタ…知古名さんの事も未だに意味不明だしな。その耳とか、コスプレじゃないならなんだってんだよ。」

そう言って俺は知古名の頭でタケノコのようにピンと立つケモ耳を指さす。俺はエスパーやUMAならまだ信じれるが、妖怪や幽霊の類は全く信じていない。外の惑星から来た存在だとか実験生物が逃げ出したなれの果てだとか、そういう根拠が無いからだ。

「…そうね、………事に関わるんだから、それぐらいの事は…」

ボソッと知古名が何かつぶやいたようだが、あまりよく聞き取れなかった。

「え、なんて?」

「ううん、何でもないわよ。…いいわ。まだ作戦の準備が整うまで時間があるし、ここで説明しておいてあげる。」

知古名は俺の目の前に立つと、小瓶を取り出しながら説明を続ける。

「こういうのは実際に見せたほうが手っ取り早いわよね。とりあえず、目を閉じて『童話のキャラクター』を思い浮かべてみて。」

「な、なんでいきなり」

「いいから。」

訝しむような表情をしながらも、俺は目を閉じて童話のキャラクターを思い浮かべてみる。

とりあえず思い浮かべたのは桃太郎だった。甲冑を着ていて、のぼりを背負っていて、三匹の家来を連れていて…そこまで思い浮かべたところで知古名の声がかかる。

「もういいわ、目を開けて大丈夫よ。」

目を開けると、彼女が両手で持っている瓶の中に靄のようなものが入っている。中をよく見ると靄の中に俺の思い浮かべたとおりの桃太郎が写っていた。

「なんだこれ…モヤみたいだけど」

「これこそが私たち管理局で取り扱っている空想エネルギー資源、『ファンタジウム』よ。存在が曖昧で、管理する際はこうして瓶とかの容れ物に密閉して保管する必要があるの。」

ファンタジウム…エナジードリンクにありそうな名前だが、想像していたよりもファンシーな見た目だ。

「…エネルギーと呼ぶには頼りない気がするな。」

「人間一人が数秒で生み出せるのはこれぐらいが限界よ。それにしても、イヤな性格のわりに中々質のいい資源が取れるのね、あなた。」

「さっすが俺の空想エネルギー資源。色とか、なんかこう靄のモヤモヤ具合とか、とにかく他とは比べ物にならないほど高品質だな!」

まぁ、他のファンタジウムなんて見たことないが。形はどうあれ俺から出てきたものの質がいいとほめられたので取り敢えず手放しで褒め讃え拍手する。

「しかしこれがエネルギー資源って…こんなものどうやって使うんだ?」

「基本的には使うとかじゃなくて、ファンタジウムは時間が経つと元になった空想の形に添って実体を持ち始めるの。それは時間が経てばたつほど多くの人々に広がって、同一の空想をすればするほどより具体的に固まっていくわ。あなたが想像した桃太郎も、冥界や地獄といった場所もそうやって人間達の空想が固まって形になった物なのよ。」

「じゃあ、もしかしてドラゴンも…」

「もちろんいるわよ。ただ個体数が少ないうえにほとんどがだれも踏み込めないような秘境に住むから、あたし達の間でも珍しい存在よ。」

確かにお伽話に出てくるドラゴンは人目につかない奥地に住んでることが多い。それも人々の空想がそうさせたというのだろうか?

「そして珍しいだけに、観測された個体の殆どは名前が残っているわ。」

「名前が付くと何かあるのか?」

「より強力な存在に昇華しやすくなるのよ。この国の存在ではないけど…ファブニールとか、聞いたことがあるでしょう?」

ファブニール。ゲームや創作物でよく耳にする名前だ。…ん?まさか…

「実在するのか!?」

「もう居ないわよ。ファブニールは戦士ジークフリートによって殺された。おとぎ話にそう書いてあるでしょう?」

「もう居ないって事は、元々居はしたって事だろ!」

なんてこった。ドラゴンとかの話を聞いても異世界系のような感覚で捉えていたが…もしそれが本当ならゼウスだとかスサノオだとか、もしかしたらゴジラのような怪物までこの世界には存在していることになる。

「あなたの言いたいことは分かるわよ。『じゃあなんで俺たちはそいつらを見ることができないのか』でしょう?」

「………。」

言いたいことをそのまま先に言われ、俺は黙って頷く。すると知古名は得意げな顔をして俺のベッドの上に立ち、声高らかに話を続ける。

「ふふん、それこそがあたし達世界空想エネルギー資源管理局、略してWFMの仕事よ!あたし達の仕事は数あるけれど、その目的はただ一つ。人間が程よく存続できるよう、世界に幻想が溢れすぎないようにバランスを保つのが私たちの仕事なの!」

ベッドの上での演説は続く。知古名が言う仕事の内容は興味がなかったため頭から抜けてしまったが、その後の話には耳を疑い思わず聞き入ってしまった。

「あたし達『空想種族』は、人間が知恵を得て空想を始めた頃から存在しているわ。かつて人間が空を、大地を、海を見つめて思い描いた存在はその共通認識の集合によって実体を得たの。それが神の始まりで、そこまでは良かったわ。生み出された神たちもノリノリで神として振る舞っていた。しかし人間が神話を作り、創世の物語を書いたとき、世界の成り立ちが本当にそうだったと書き換えられてしまったの。人間に生み出されたはずの神が、人間を支配していることになってしまったのよ。」

人間が神を作り、そして世界の成り立ちから書き換えてしまった…?そんな簡単に因果を塗り替えてしまうほどの力がこの小瓶の中の靄にあると知って、俺は急にピンを抜いた手榴弾を手に持っているような気分になる。

「神たちは人間の空想によって既に人間を遥かに超えた知性と感覚を得ていたから、その変化に気づくことができたわ。そしてその変化は頻繫に起こすべきではないとも理解した。かくして神たちは空想によって生み出された存在を集めてWFMの原型を作り、人間たちから隠れるようになったの。自分たちが観測されることで、これ以上世界がおかしくなってしまわないように。」

そこで知古名の演説は一区切りを迎える。俺は急に世界の真実を知らされ、ネットミームでよく見る宇宙猫のような顔になると同時に、人間の馬鹿さ加減に半ば呆れてしまう。

それじゃあ、いつか宇宙が収縮して終わるとかいう話も、いつか巨大隕石が降って地球が終わってしまうとかいうのも、人間の空想が生み出してしまった終焉ということになる。

「そんなバカな………じゃあ人間が、この世界の全てを作り出したっていうのか…?」

「そこまでは言ってないわよ。人間が変えてしまったのは宇宙の成り立ちや自然の摂理に関わった存在だけ。自然の摂理も、宇宙のルールも、元からあった形のまま続いているわ。ただそれに余計な存在が関わるようになっただけで、起きている現象は何も変わっていないわよ。」

それならよかった…いや良かったのか?話のスケールが急にデカくなりすぎて善悪の判断がつかない。

そういえば世界史の授業で天動説が主流だった頃の地球の予想図を見たことがあったが…もしかしたらあれが本当に地球の姿になっていたかもしれないと思うとゾッとする。ありがとう、地動説を説いた人達。

「……いきなり話し過ぎちゃったわね、ごめんなさい。けどこれであたし達の仕事がどれだけ大事か理解できたでしょう?」

「いや全然。」

「なんでよ!?」

知古名から今日イチ大きな声が出る。近所迷惑にならないかとひやひやするが、さっきの話を信じて彼女の声は周りには聞こえていないのだろうと思う事にする。

「仕方ないだろ、仕事の話とか興味なかったんだから殆ど聞き流しちゃったんだよ。」

「あなたって人は~~~!そんなのじゃもし生き返って大人になってもまともな仕事できないわよ!」

やめてくれ知古名さん。その言葉は、狂犬に襲われる直前まで就職も進路もどうにかなるだろと舐め腐っていた俺にめちゃくちゃ効く。ワンチャンもう一回死ねるまである。

「…?まぁいいわ、その根性も後で叩き直してあげるとして…狂犬の話に移るわよ。」

胸を抑えてうずくまる俺を見て怪訝な顔で首をかしげたようだが、すぐに気を取り直したようで次の話が始まる。今度の話は俺達が今から捕まえるターゲットについてのようだ。

「あたし達空想種族は、同じような種族でも実に多種多様なの。中には元々同じ種族だったはずが、人間の認知によって存在を歪められて、全く別の存在になってしまった者もいるわ。それが歪曲種。『狂犬』は特に犬系の幻獣種が歪められてできた存在よ。」

なるほど。人間の空想で生み出されたなら、人間の認識次第でいかようにも歪められてしまう可能性も当然あるというわけだ。

「それって元に戻せたりはしないのか?」

「元の種族が特定できれば、ファンタジウムを使って戻すことが可能よ。というか、歪曲の原因はファンタジウムに起因することが殆どなのよ。」

「というと?」

「通常、意思疎通ができるレベルの知性がある空想生物は既に存在が確立されていて、余程のことがないとその存在が歪んでしまうことはないわ。」

「その余程の事が、ファンタジウムって事ね。」

「その通りよ。あなた、中々頭が回るのね。」

これまで知古名から俺への評価は罵倒か軽蔑が殆どだったのだが、ここへ来てお褒めの言葉を貰って分かりやすくドヤ顔をしてみせる俺。嘘つきでも承認欲求に嘘はつけないのだ。

まぁ結局スルーされてそのまま話を続けられてしまうわけだが。

「ファンタジウムはまとまった大きさになると多くの人々の空想が詰まっていて、素の状態で触れてしまうととても危険なの。専用の装備で集めて、様々な形の空想を抽出して小分けして、物体として確立させることでようやく様々な用途に扱うことができるようになるのよ。」

要はファンタジウムもそのままだと有害物質が盛りだくさんなジャンクの山といったところか。

「空想種族の中には人間社会にほど近い場所で暮らしている者も少なくないわ。そういった者たちがファンタジウムに触れて歪んでしまって、狂暴化した結果人間を襲ってしまう事もあるの。それが人間社会で都市伝説や怪異として定着してしまうともう元には戻せないけれど…逆に言えば、まだ多くの人間に見つかっていない段階なら元に戻せる可能性があるわ。人間にこれ以上犠牲者が出ないようにするのは勿論だけど…あたしは、救える可能性があるならあの狂犬も助けてあげたいの。」

「あの、その言い方だと俺犠牲になったカウントに入ってません?」

「実際死んでるじゃない。まだ信じられないならあなたの死体を見せてあげるわよ?死んだ直後に冷凍保存してあるから、あの時の傷がザックリ残ってるけど。」

「止めてくれ。自分の死体とか見たくもな…ん?」

ここにきて、ある推測が脳裏に浮かんだ。狂犬のような本来の姿を歪められた空想生物は、狂暴化して人々を襲うようになる。知古名の言い草だと、そういったやつらによる被害を未然に防ぐのも彼女の仕事の内のようだった。

「待てよ、じゃあ俺が死んだ原因って…」

「……。」

俺が知古名の方を見ると、彼女はばつの悪そうな表情で目をそらしていた。もはや答え合わせのようなものだが、俺はあえて口に出して言う。

「…あの狂犬、一回取り逃がしてたんだな?」

「ぅ………そうよ、あなたが死んだのはあたしのミスのせいよ!どう?これで満足!?」

半ば逆ギレの勢いで罪を認める知古名。目じりにうっすら涙を浮かべている辺り、相当悔しかったのか相当恥ずかしかったのかのどちらかなのだろう。今にも泣きだしそうな彼女だが、ここで土下座させるべきか、笑って許してやるか……二択で悩んでいた所、コンコンと窓を叩く音が聞こえてそっちの方を見やる。そこには首に赤いスカーフを巻いた小さな狐がいて、そいつは知古名の方を見ているようだった。おそらく知古名が言っていた式神という奴なのだろう。

「あっ……じゅ、準備ができたみたいね。さ、早く行きましょう!新しい被害者が出てしまったらいけないわ!」

これ幸いとばかりに知古名が窓を開けて狐を迎え入れる。そいつが背中に背負っていた風呂敷を外し、ガチャガチャと装備を取り出しながら早く行こうと催促してくる。

仕方ない、ここは大人の対応ってやつで行くことにしよう。俺は立ち上がり、装備を受け取って狂犬捕獲の準備を整えて部屋を出る。

…そういえばかなり長話を聞かされていたように思うが、時計を見ると俺が目覚めてから五分も経っていなかった。電池が無かったのか、でなければ知古名が何かしたのだろうか…?


数分後、場所は変わって繁華街エリア上空。そう、空中だ。俺たちは捕獲の準備を終えた後、知古名が用意した道具を使い狂犬が潜伏している場所に向かっていた。

「すっげーなこの靴!ビルの上を飛び回れるなんて夢みたいだ!」

「もう、はしゃがないで!深夜だからまだ見えづらいでしょうけど、見つかったらUFOと間違われて余計な噂話が流れてしまうのよ!」

「分かってる分かってる。けどもう少し楽しませてくれたっていいだろ?」

はしゃぐ俺を諌めながらその前を飛ぶ知古名。俺は靴の力で飛んでいるが、彼女は自前の力で飛行しているようだ。青白い炎が彼女の足首を覆っている。

「はぁ…どうして男は皆そういうのが好きなのかしら?ただ空を飛ぶだけじゃない。」

「当たり前だろ!男ってのはロマンに惹かれるんだよ!」

あきれ顔で此方を振り返る知古名にロマンを語る。しかし飛行機やパラグライダーではなく生身だけで飛べる事がどれだけ素晴らしい事なのか、いまいち彼女には理解できないようだ。

「つまり女のあたしにはわからないって事ね。…あ、そろそろ目標地点よ。幸い狂犬はまだこっちには気づいてないみたい。」

そうこうしているうちに目的地に到着したようだ。そこははんか街のはずれにある廃墟のビルで、見るからに不気味な感じがしている。

「よし、じゃあ誘導開始するか。作戦通りに頼むぜ知古名さん」

「作戦なんていつの間に立てたのよ…。まぁいいわ、やりましょう。」

知古名が指を結んで何かの言葉をつぶやくと、狂犬が潜伏しているらしい建物が透明なべールのようなものに包まれる。

「これは…なんだ?」

「認識阻害の結界よ。さっき仕掛けた捕獲用の結界と違って拘束力はないけど、どこでもすぐに使えるわ。…さ、行きましょう。まずは狂犬をおびき出すところからよ。」

そう言って知古名が俺の背中を押しながらビルの屋上へと向かう。

「いや、俺まだ心の準備とか出来てないっての!」

「好きな子に告白する男子じゃないんだから、もう!ここまで来たなら腹括りなさいよ!」

告白直前の男子の後押しをする女子みたいなツッコミいただきました。

茶番はさておき、ビルの屋上につくと不気味な気配が一層強くなる。ここに別の怪異がいるとかじゃなければ、狂犬が潜んでいる可能性は十分高いと言えるだろう。

「…気をつけなさい、感づかれたわ。もしかしたら床を突き破って飛びついてくるかも。」

…程なくして、廃墟の中から獣の鳴き声に似た不協和音が響く。これが狂犬の鳴き声…?

飛びついてくるかもと言われて俺は知古名から支給された装備…アニメの宇宙人が使う光線銃のようなものを構えて警戒する。しかしいくら待てども向こうが仕掛けてくる様子は無かった。

「…向かってくる気配がない…?あたしが先行するから、あなたは後からついてきて。」

知古名にとっても不可解な事らしい。向かってこないなら此方からというつもりなのか、彼女は屋上階段へのドアを開けてビルの中へ入っていく。俺もそれに続く形でビルの中へと足を踏み入れた。

「灯りは使っちゃダメよ。狂犬は光に敏感だから、下手に刺激して暴れられるととても困るの。」

「じゃあどうやって探すんだよ。」

その答えと言わんばかりに知古名が懐からお札を取り出し、自身の額に張り付ける。同様のものを俺の額にも貼り付けてくると、視界にパース線のようなものが広がり、建物の内装がクリアに見え始める。

「おお~面白いなこれ。」

「暗視のお札よ。壁越しでもファンタジウムが濃い場所も教えてくれる機能付き。」

見える?と言わんばかりに知古名が指さした先に光の粒子のようなものが集まっている所がある。狼が人の形をしたようなシルエットをしており、それだけであれが何なのか理解する。

「…あれが狂犬か…。」

「ええ。…けど、さっきより大きくなってる…?これ以上近づくと何が起こるか分からないから、ここから仕掛けるわ。準備はいい?」

狂犬との距離は直線で約30mくらいだろうか。向こうもとっくに気づいて威嚇しているようだが、依然として仕掛けてくる様子がない。その間に知古名がお札を構え、投げた。紙でできているはずのそれは投げナイフのようにまっすぐ飛び、かつレールの上を走る電車のように廊下を曲がりながら狂犬の方へと飛んでいく。数秒後、向こうで悲鳴のような音と轟音が聞こえにわかに建物が揺れた。狂犬と思われるシルエットが悶えるようにのたうち回っている事から、音と閃光で驚かせたのだろうか。

「さ、ここから追い出して結界の場所まで誘導するわよ!」

そう言って彼女は駆け出し、俺もそれに続いて走り出す。知古名は軽快な身のこなしで壁を蹴りながら進み、狂犬のいる部屋へと飛び込んでいった。俺が追いつくころには何か刃物がぶつかるような音が響き、その後に爆発音と何かの崩れる音が聞こえた。

部屋の中へ入れば廃墟の壁が跡形もなく吹き飛んでおり、狂犬の姿は見えず知古名だけが立っていた。

「おいおい、今の一瞬で何が起きたっていうんだよ!」

「くっ、想定外だったわ…まさかあの短い間にあんなにファンタジウムを取り込んでいたなんて…!追うわよ!」

彼女は焦った様子で足に青白い炎を纏わせ、飛んでいく。俺も慌てて靴を起動させ、知古名の後を追う。

「なぁ、あいつがファンタジウムを取り込んだらまずいのか!?」

「まずいどころか超ヤバイわよ!下手したら新しい怪物が生まれるかもしれないわ!」

「何ぃっ!?」

冗談じゃない。ただでさえ知古名一人でも手に負えなさそうなのに、今以上の怪物になったりしたら生き返るどころの問題じゃなくなる。

「そしたらヤバいじゃねーかよ!仲間とかいるんだろ?助けを呼んだ方が…」

そうだ、知古名はWFMだとかいう組織に所属していると言っていた。そこから応援を呼んでもらえりゃまだ何とかなるはずだ。

しかし、知古名の口からは絶望的な答えが返ってきた。

「…無理よ。応援を待っていたら間に合わなくなるかも。」

「はぁ!?無理っておまえ、そんな…ちょ、ちょいちょいちょい!」

こちらの顔も見ず、消え入るような声でそう呟いた知古名。直後に彼女は青白い炎を噴射し、スピードを上げて飛んで行ってしまった。置いてけぼりになってしまった俺は、出力のあげ方もわからないまま泳ぐようなしぐさで慌ててその炎の軌跡を追った。


────────────────────────────────────


知古名シオンは、かつてないほど精神的に追い詰められていた。

仕事の重圧、終わらない書類整理、個性的な仲間たちの手綱引き。それらが一気に押し寄せた疲労で普段しない失敗が重なり、

その失敗を取り戻そうと一人で狂犬確保へ向かい、そして小田牧という人間が襲われている所を助け、彼に協力を仰いだにも関わらず再度取り逃がしてしまうという大失態。

彼女のプライドと信念はもはやガタガタに揺らいでしまい、いつ潰れてもおかしくない状態でいた。


やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃった

やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃった

やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃった

失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した!

ああ、また失敗した!

時間を見誤った。対応を誤った。

こんなの完璧じゃない、いつもの「知古名シオン」じゃない。

気がついたら、あたしはあの人間から逃げるように狂犬を追いかけて森の中へと入っていた。

狂犬の方は持ち前の黒い体毛で闇の中へに紛れてしまったけど…幸いにもこの辺りは結界を仕掛けた場所の近くだった。

これならまだ何とか出来るかも。…そう思い、ほんの少しだけ自分を落ちつけようと息を零したその時。

真横から何かがぶつかった衝撃で、あたしは自身が立っていた所から数百メートル右側へと吹き飛ばされていた。

「ぁ……が、はっ。」

幾つも木々をなぎ倒しながら吹き飛んだあたしは、数十本目の木を倒した所でようやく地面に着くことができた。

衝撃をモロに受けた左腕の感覚が鈍い。

口の中で血の味がして気分が悪い。

左腕以外の骨は何とか折れてないけど、木や草に引っかかってできた体中の傷がじりじりと痛む。

あ……あの狂犬の足音がした。近い。きっと、あたしを仕留められたか確認するために追ってきたのね。

「は、やく…げほっ、体勢を整えないと…。」

自分に言い聞かせるように言葉を零しながら、残った力を振り絞って立ち上がる。

重たい頭を上げて前を向けば、目の前には狂犬の血走った双眸があった。

「ぁ──────」

あたしは、この瞬間に心が折れてしまった。

より肥大化した体躯に荒い鼻息。理性なんて欠片も感じられず、なぎ倒された木々よりも大きな手があたしの小さな体を捕まえて締め上げてくる。

さっき大人しかったのは、きっと最後のチャンスだったのよ。残った理性を振り絞って、あたしたちが捕まえやすいようにしてくれていた。それなのにあたしは彼に切りかかって、結果彼を怪物に貶めてしまったのね……。

「…いいわ、殺して。あなたをそんな風にしてしまった愚かな子狐を、気の済むまで嬲り殺してちょうだい。」

全身から力が抜けて、思考が鈍くなっていく。…血を流しすぎたのね。

狂犬の両腕に力が込められて、ミシミシとあたしの体が悲鳴を上げていく。

これで、いい。失敗を隠して取り繕おうとしたおバカな娘にふさわしい最期だわ。ああ、だけど少し惜しいのは…

「か、ん……な、さま…。」

憧れの神流様に褒めていただけなかったことが、心残りかしら。

そんなことを思っている間も体を圧し潰そうとする力が強まり、残った意識も手放しかけた時。

「や、め、ろーーーーーーーー!」

聞き覚えのある声がして、直後に狂犬のうめき声が聞こえた。締め付けていた力がほどけてあたしは再び地面に倒れかけたところを誰かが抱え上げてくれる。

「おい、大丈夫かよ知古名!知古名!」

「おだ、ま、き……?」

そこであたしは意識を失った。


「…ん……ここは……?」

どのくらい眠っていたのだろう。目を覚ますと、目の前を川が流れていた。…あの人間がここまで運んでくれたのかしら?まだ遠くに狂犬らしき遠吠えが聞こえるけど、今動く気力は殆ど残っていない。まだ動かせる範囲で首を動かして周囲を確認すると、さっきよりも全身の痛みが和らいでいることに気づいた。

「これ、は……治療、されて……?」

身体は彼の服が被せられていたから分かりにくいけど、手足を見ると包帯が巻かれているのが分かった。…あの人間にこんなことができたなんて。

「あ、起きたな。」

川の方から小田牧が、水の張った桶を抱えて歩いてくる。

「お前さぁ、一人で行くんじゃねーよ。後追うの大変だったんだぞ?」

桶を足元に置いて小田牧がしゃがみ、あたしに目線を合わせて文句を言う。

その通りだ。そしてあんなに偉そうにしておいてこの様なあたしを見て、きっと彼は心底失望してしまったでしょう。

「にしてもあれでよく生きてたなお前。さすが天下無敵の知古名シオンってか?」

「…皮肉はやめて。」

ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。ああ、嫌な女だと嫌われちゃうかしら。

「そんなこと言える元気があれば大丈夫そうだな。」

そう言って小田牧が立ち上がり、ビニール袋をあたしの膝元に投げ置く。中身を見ると、それは小分け袋に入った油揚げだった。

「ちょっと、あなた…まさかこれ盗んできたの!?」

「そんなわけねーだろ!ちゃんと金は置いてきたよ。」

それが本当なら、あたしに糾弾する権利は無いけど…この男の事だから嘘をついているかもしれない。あたしは唸ることでしか返事できなかった。

「じゃ、俺行ってくるから。この辺りはあんたが使ってた結界マネして隠したけど、そこより外に出たりしないでくれよ?」

「マネしたって…まさか、ファンタジウムを使ったの!?アレを直に触ったら危険だって言ったじゃない!」

「いやいや、空想種族が触るのはダメなんだろ?俺はまだ人間だぜ?」

「でも今のあなたの体はファンタジウムで…」

はっ、とそこで気づいた。あたしが勉強した内容には人間がファンタジウムに触れた場合の説明は書いていなかった。それはそもそも人間が原料体のファンタジウムを知覚できないからだと教わったから。しかし体がファンタジウムになれば、彼もファンタジウムを認識できる代わりにあたし達と同じく影響を受けると思っていた。

でも、もしファンタジウムが影響を与えるのが肉体ではなく、魂だったら?魂が影響を受けた結果、肉体に反映されるのが歪曲の過程だとしたら?

「ま、実際大丈夫だったんだから気にすんなって。」

「でも、ファンタジウムはまだまだあたし達にも未知の部分が多いのよ!不用意に触れるなんて…!」

確かに人間の魂をそのまま埋めてある今の彼なら、ファンタジウムに触れても変化が起こらないかもしれない。でもファンタジウムには生み出した人間の思想だって混じる事がある。魂は大丈夫でも、心がもたない可能性が…。

「大丈夫だって。じゃ、俺サクッとアイツ捕まえてくるから。」

なんて思考を巡らせている間に、彼はどこかへ向かおうとしていた。その方角は、さっき狂犬の遠吠えが聞こえた方角だった。

「待って、待ちなさい小田牧誠!いくらファンタジウムが自在に扱えたとしても今の狂犬は新しい怪異に歪曲しつつあるの!とっても危険なのよ!ここまででいいから、あなたは逃げなさい!」

声を振り絞って引き留める。今の狂犬はもうあたし一人の手に負える相手ではない。あれではもう手遅れ、それなりの部隊を組んで殺処分しないといけない。

そんな状態の相手に彼一人で向かわせたりしたら、今度こそ彼は肉体を失う羽目になる。それだけは避けたかった。

「逃げるったって、あのまま放っておいたら間に合わないんだろ?それに俺はこの仕事終わらせて生き返る必要があるんだからな。」

「それは……ダメよ、できっこない!だってその約束は───」

「嘘なんだろ?知ってるよ。」

「…っ!?」

バレていた。というよりそれが嘘だと知っていながら彼は狂犬の捕獲に協力していた。どうしてそんなことを?なんで嘘をつかれたと怒らないの?

「なんで知ってるの?って顔してるな。一流の嘘つきは他人の嘘だってすぐにわかるもんなんだぜ?」

小田牧が再び近寄ってあたしの顔に急接近してきて、あたしはほんの少しだけドキッとする。

「そんでなんで分かった上で協力したのかっていうと、お前のその顔が見たかったからだよ。俺は探偵じゃねーから、嘘は見抜けても本当の事が何なのかまで見抜けないからな。」

小田牧は一つため息をついてから、「これは偏見だけどな?」と前置きをしてから話し始める。

「あんたはちっちゃい癖に偉そうで、けど疲れた目をしてた。大方、普段は見栄張ってるけど努力家のしっかり者で、割りを食うタイプだろ?似たような奴が俺の親友にいるんだよ。」

「そ、そんなこと…」

探偵じゃないと言っていたくせに、彼は探偵のような推理でズバズバとあたしの性格を言い当ててきた。あたしは反論しようにも何も言い返せず、その間も彼は畳みかけてくる。

「俺に協力を呼び掛けたのも、あの時協力を呼ぶのを躊躇ったのも、自分の失敗が仲間にバレるのが怖かったんだろ?」

「っ…!」

そこまで言い当てられてしまい、もう何も言葉が出せなくなる。その代わりのように、あたしの目じりに涙が滲んできた。

「ま、別にそれが悪いと言いたいわけじゃねーよ。失敗を隠したがるのは人間もよくやる事だ。大事なのは、それがバレた時に素直にごめんなさい出来るかどうかだと俺は思ってる。」

頭に小田牧の手が置かれて、優しく撫でられる。義体であるはずの彼の手は、似たもので再現してあるとはいえ本当の血が通っているように暖かく感じた。

「俺は嘘つきだけどよ、真面目にやってるやつを僻んだりはしないんだぜ?むしろそうやって頑張って疲れてしまった奴を笑わせるために、嘘をつくんだよ。」

そう言って彼は少しだけ間を置いて、僅かにはにかみながら言葉を続けた。

「今までよく頑張ったな知古名さん。俺の事助けてくれて、ありがとな。」

「っ…。…ぅ、うぅ…うあああああああん!」

もう色々と限界だったあたしは、その言葉でついに決壊したように泣き出してしまった。たとえ小田牧にとって心からの言葉ではなかったにせよ、それは今のあたしが一番欲しかった言葉だったから。

「ちょ、おい!泣くなっての!俺は今あんたを笑わせるためにだな…」

そんなことを言われたって、止められないものは止められないのよ。あたしはこれまでため込んだものを全て押し流すように、恥も外聞もなく大声で泣きじゃくった。


「…で?もう泣き止みまちたか?知古名ちゃん。」

ようやく涙が収まった様子の知古名は、桶で汲んだ水を手で掬って飲んで自身を落ち着かせていた。見た目相応の泣きじゃくり方をしていたから、俺の中で彼女の事はすっかり子ども扱いとなっている。

「その呼び方と話し方をやめなさい!…まったく、人間のあなたに諭されて泣いちゃうなんて、末代まで笑われてしまうわ。」

「いいじゃん、笑い話なんていくらあっても困らないだろ。」

「あたしが恥ずかしいのよ!」

しかしたっぷり泣いて溜まったものを吐き出したおかげか、すっかり気力は戻ったらしい。

良かった良かった、やる気になってくれないとこっちも困るからな。

「で?もう体は動けそうなのか?」

「万全ではないけど、なんとか。…あなたが買ってきた油揚げも食べれたら、きっと戦えるはずよ。」

そう言って知古名は自分の膝に置かれたビニール袋を見つめる。…時折こちらをチラ見してくる事から、何かを待っているようだ。

「…食べないのか?はっ、まさかあーんして欲しいとか…」

「違うわよ!…でも、少し似たようなものかしら。油揚げを、あたしにお供えして欲しいの。あたしは稲荷神族の血筋だから、お供えされたものじゃないと力を回復できないのよ。」

ああ、なるほどお供え物。初めて会った時から妙に感じていた神々しさは、彼女が神社によくいるお狐様の血筋だったかららしい。

「あ~なるほどな。皿に乗せて拝めばいいのか?」

「ええ、それで大丈夫よ。」

とはいえ皿になるものが無かったので、ファンタジウムで小皿を作って油揚げをお供えする。知古名はそれに手を合わせ、一言「いただきます。」と言って油揚げを平らげる。

すると夜闇で暗く見えていた彼女の髪が金色に光り輝いて、見るからに力がチャージされていくのが分かった。

「…ふぅ、ごちそうさま。ありがとう、これならあの狂犬相手でもいける気がするわ。」

そう言い放つ彼女の目に、嘘は感じられなかった。

「そりゃよかった。で、あの狂犬はどうする?倒すか?捕まえるのか?」

「もちろん、捕まえに行くわ!」

「作戦は?」

「無いわ!」

俺は大きくずっこける。こいつ、涙と一緒に知能まで流してしまったのか…?

「ないけれど、ファンタジウムを思い通りに加工できるあなたとならきっとなんとかなるはずよ。違う?」

つまりは俺の能力頼りということか。いやまぁ、何となくそんな気はしてたけど。

「いいけど…俺は相手を傷つけるようなものは作れないぞ?」

これだけは本当だ。俺は信条的にも、誰かを傷付ける道具を作ることはできない。実際、さっき知古名を助けるときに創り出した大金づちは、狂犬を怯ませるだけで全く外傷を与えられていなかった。おそらく無意識化で殺傷力を削いでしまっているのだろう。

「構わないわ。攻撃する以外にも弱らせる手段はいくらでもあるもの。例えばこういうのとか…」



山の中に蠢く影が一つ。月明りを吸い込む真っ黒な毛の狂犬が、血走った目で森の中を見回している。自分が傷つけたはずの少女を探し求めているようだ。

狂犬は、飢餓感からくる焦燥に駆られながらも久々に見つけた獲物を思い出してよだれを垂らしていた。

早くあの少女を喰って、補充しなければ。

狂犬は、ファンタジウムを取り込むために空想種族を喰らおうとする怪異へとなりかけていた。

まだ完全になっていないのは、空想種族を喰らっていないから。

極限状態にある狂犬は感覚を研ぎ澄まし、わずかな違和感も逃さないようにと必要以上に周りを警戒する。そして聞こえた、枝を踏む乾いた音。次の瞬間には大きな体を凄まじい速度で捻り、音のした場所を爪で薙ぎ払った。

だがそこに探し求めていた者はない。どこに逃げたのかと辺りを見回すと、その場を立ち去る何者かを見つけた。

匂いから、それが空想種族だと狂犬は判断する。

獲物を見つけた化け物は迷うことなくそれを追いかける。早く飯にありつきたいという欲求から最高速で追いかける。追いかけるのだが…届かない。いくら追いかけても一定以上の距離が縮まらないのだ。

回り込もうと右に曲がれば、獲物は一緒に右へ曲がる。左へ曲がれば同様に左へ。

何かがおかしい。そう考えたところで狂犬はそれを判断する知能を失っていた。今は何よりも餌を喰いたい、その欲望だけがそれを突き動かしていたのだ。

しかし追いかけても追いかけても獲物との差は縮まらず、全力で追いかけっこを続けた結果…スタミナと膂力に秀でていた化け物もついに疲弊して倒れ込んでしまった。


「…まさか、こんなに簡単に引っ掛かるとはな。」

「…あたしも予想外の効果だったわね。」

疲弊し倒れ込んだ化け物の近くで、俺たちは認識阻害マント(仮称)で隠れながらヒソヒソと話していた。

俺たちが作った道具は至極単純。知古名の血がしみ込んだ包帯をかんたんな狐のシルエットになるよう切り絵にしたものを、狂犬の頭に巻ける大きさのバンダナにつけて釣り餌のように狂犬の眼前に吊るすだけのものだった。

チープな作りだったが…果たして見ての通り、驚くほど順調に狂犬を疲弊させる結果となった。

「しかし狂犬の爪が掠めたときはヒヤッとしたぜ…。」

枝を踏んだ音だけであんな威力の爪が飛んできた時は二度目の死が一瞬見えていた。

「さ、今のうちに結界を張り終えましょう。」

「アイアイサー。」

狂犬が疲弊している今のうちに捕獲してしまおうと、俺たちはこっそり結界を作るべく狂犬の周囲にお札を貼っていく。

しかし順調な時にこそ不運は起こってしまうもの。狂犬が残った力を振り絞って釣り餌に向けて爪を振るい、それがたまたま二人を隠していた認識阻害マント(仮)に引っかかってしまった。

「「あ。」」

先ほど見失った獲物を見つけ、さっきまで自分の目の前にあったものが偽物だと理解した狂犬は怒り狂って爪を振り回す。

「うわうわうわ!そんなのアリかっての!」

「くっ…仕方ないわね、応戦するわ!【魔白の槍(ましらのやり)】!」

知古名がお札を重ね、迸る光を槍のような形に整えるとそれを振るって狂犬と対峙する。

大鎌の刃のごとく大きな爪を振るう狂犬に対し、知古名は華麗な身のこなしで避けながら槍先を狂犬の脚に突き立てる。が…

「ダメ…刃が通らない!」

奴の毛皮は硬く、知古名の槍でも刺さりきらない。狂犬の爪が振り下ろされるのを察知して知古名は後方へと飛び退いた。

「う~わいよいよ化け物じみてきたな。どうする?知古名さん。」

「どうするもこうするもないわ。…逃げるわよ!」

「アイアイサー!」

小田牧は懐からけむり玉を取り出して地面に投げつけ、狂犬の目をくらませている間に二人は一目散に逃げ出した。

しばらくして視界が開けた狂犬は、臭いを辿ってスポーツカー並みのスピードで追いかけていく。二人のうち、よりファンタジウムの匂いを濃く感じた知古名の方に狙いを定めたようだ。

凄まじい勢いで知古名の方へと接近する狂犬。少し開けた場所へとたどり着いた知古名が振り返ると、既に狂犬の爪が彼女を貫かんと迫っていた。

しかし、知古名は冷静に狂犬を見つめ、爪が振り下ろされた瞬間に華麗に跳ねて回避する。そして舌を突き出してアッカンベーをしながら狂犬を煽っていく。

「そんなのろまな爪じゃ届かないわよ、おバカさん!悔しかったらこっちに来てみなさい!」

その言葉が届いたのか定かではないが、狂犬激昂して知古名に飛び掛かる。しかしその爪も牙も彼女へは届かず、突然現れた奈落の穴に狂犬は吸い込まれていった。

ここは、元々知古名たちが狂犬をおびき寄せようと結界を用意していた所。知古名が逃げている間に、小田牧がそこに落とし穴を作って待ち構えていたのだ。

「引っかかったわよ、小田牧!」

「あいよお!」

知古名の合図で隠れていた小田牧が袋を取り出して、その中身を穴の中へ入れる。

粉のようなものが中で広がり、それを吸った狂犬はたまらず大きなくしゃみをした。粉の正体は、コショウだった。

「人間のコショウじゃこうはならないが、これは知古名さん考案の【カートゥーン・ペッパー】だ。しばらくはくしゃみが止まらないだろうな!」

くしゃみに耐えられず狂犬は穴から這い出ようとするが、壁はツルツルで爪を引っ掛けるところがなく登れない。穴の中をコショウが滞留し、くしゃみ地獄は朝まで続くことになった。

「──────────。」

やがて東の空が白んで来た頃には、狂犬は目鼻口から体液を吹き出しながら穴の中でぴくぴく痙攣するのみとなっていた。

「…あたしのせいで、長く苦しませてごめんなさいね。」

知古名が印を結び、結界術を発動させる。その結界は狂犬を圧縮しながら縮んでいき、手のひらに収まる大きさとなった。

「…これで、こいつは捕まえることができたのか?」

「ええ、ここまで圧縮できたらこの子が暴れても出られないはずよ。」

それを聞いて、小田牧は地面にへたり込みながら安堵の声を漏らした。

「ああ~やっと終わった~!」

「よくやってくれたわ、小田牧。…にしても、武器以外だったらほんとに何でも作れてしまうのね。」

「コショウだけは苦戦したけどな。」

「それでもよ。…ねぇ、小田牧。」

知古名の声のトーンが変わる。

「ん?なんだよ。」

「その…ごめんなさい。生き返らせるとか、嘘をついてしまって。本当は、あなたの元の体はもう…。」

申し訳なさそうに言葉を濁す知古名。小田牧にはその言葉の意味が何となく理解できていた。

「ああ、それか?別にいいよ。こうなったのも成り行きってな。」

小田牧は明け方の空を見上げながら、言葉を続ける。

「それにどうせ天涯孤独の身だし、就職も進学も何しようかなんて考えてなかったからな。いっそこのまま知古名の所の組織に入りたいんだけど、俺行けそう?」

知古名は小田牧の横に座り、呟くように喋った。

「…多分、行けると思うわ。あなたのように純粋な人間がいたとは聞いていないけど、あそこは常に人手不足だからあなたの事もきっと受け入れてくれるわよ。」

「ハハッ、そりゃよかった。もしダメだったら浮遊霊になって知古名さんの枕元に化けて出ただろうな。」

「そんな怖い事言わないでちょうだい!…はぁ。そういえば、出会って一日も経ってないのにファンタジウムで道具を創り出せるようになるなんてびっくりしたわよ。どこで覚えたの?」

「え?それは…なんでだろうな。俺にもわからん。」

そう、小田牧はファンタジウムという存在をつい数時間前に知ったばかりなのだ。そんな小田牧がファンタジウムから道具を作りだせるようになったのは何故か。疑問は残るが、今の二人にはそれはさして問題にならなかった。

「ま、細かい話は後ね。とりあえず今からWFMの日本支部へ向かいましょう。きっとみんなあなたを歓迎するわ!」

知古名が腰に手を当てて得意げに指で天を指す。謎ポーズだが、可愛らしい。

「おっしゃあ!小田牧誠の新しい伝説が、今ここから始まるってワケだ!」

人間社会でやり残したことは幾つもあったが、こうなったらとことん楽しもうとする小田牧に衝撃の事実がカミングアウトされる。

「ちなみに管理局は365日勤務よ。休みはないと思いなさい!」

「え?」

ブラック企業もびっくりの勤務体制に、小田牧は己の発言を早速後悔しかけていた。



【噓とヤンキーとWFM】

狂犬の捕獲から数時間後…

俺と知古名はとある山の中を歩いていた。とはいっても整備された山道ではなく、獣道とすら言えない所を延々歩かされているわけで、そのせいで元の体より数倍パワーのあるこの体でもヘトヘトになってしまっていた。元の数値が低ければそれが十倍になろうともたいしてパワーアップしないという事だろうか…。

「ぜぇ…はぁ…ちょ、ちょっと休憩……オナシャス…」

たまらず俺は休憩させてくれと懇願する。しかし俺の声を聴いて振り向いた知古名の顔はすごくご機嫌斜めな顔だった。

「また休憩?もう何回目よ、いい加減にしてほしいわ!」

確かに、この山に入ってからかれこれ10回以上は休憩させてくれと言っているしその度にごねたら知古名はなんだかんだ休憩させてくれている。

正直、めちゃくちゃちょろいですこの子。いつか悪意ある大人に騙されそう。

「そう言うならあの靴貸してくれよ!あれならその管理局って所までひとっ飛びなんじゃないのか?」

俺という奴は同じ手が通るなら一生擦り続けるタチなので、当然今回もごねる。ちなみにあの靴とは狂犬騒ぎの時に使わせてもらった空飛ぶ靴だ。あれが使えたならこんな山、楽に登れるんだけど…

「ダメよ。この辺は人間の集落が残ってるんだから、ああいう道具を頻繁に使うわけにはいかないの。」

所有者がこう言い張るものだから、道具を使っての時短は出来そうにない。

「さ、分かったら立ちなさい!もう十分休んだでしょ?」

そうこう言っているうちに歩けと促されるが、面白そうなのでもう少しごねる事にする。

「いやもうちょっと休ませて…俺もう足パンパンなのよ…。」

「…もう!あんた本当はさっきから全然疲れてないでしょ!?これ以上は職務怠慢とみなして仕事増やしてやるわよ!」

バレた。まぁ山に入ってから五分おきに休んでいたから、消耗なんて全くしていないとは誰が見ても分かるだろう。しかし見抜かれて終わったのでは嘘つきのプライドが許さないのでもう一ごね。知古名の失態に付け込むようですこーしだけ罪悪感がなくもないが、俺は悪い子なので躊躇いはない。

「疲れてるのはホントだって!俺はこんな獣道なんか一度も通ったことない都会っ子なんだぞ?それに、あの日まで一般人だったわけだし。」

「それは…。……仕方ないわね、じゃあもうちょっと休憩を…」

ここで知古名がしおらしくなったので試合終了。締めの一言で切り上げてさっさと先に進むとしよう。

「あ、じゃあ至急ジュース買って来てください。〇ンエナでお願いします」

「っ…このぐうたら男!」

山奥で鈍い音が響き、森の木々に留まっていた鳥たちが驚いてバサバサと飛び去っていく。俺は頭にデカいたんこぶを作り、彼女に引きずられるようにして獣道を登って行った。○ンエナじゃなくてド○カミンにしておくべきだったか…。


「…ついたわ、ここが世界空想エネルギー資源管理局日本支部よ。今日からあなたの職場になるところね」

獣道を進んでいると、森の中にぽかんとあいたような空間にたどり着く。知古名が指さした先には、周りのよりも大きな杉の木と廃墟らしき平屋が一軒あるだけだった。

「これが…日本支部?なんというか…」

なんというか、それらしさが全ッ然無い。巨大杉自体は圧巻だが、それでもインターネットで調べればいくらでも出て来そうな範疇の大きさでしかない。横の廃墟が苔生した神社とかであればまだ神秘的に感じたが、このボロい平屋でしかない以上特別な感じは全くしない。これが日本支部とか本気で言ってるのか?と疑わしげに眉を寄せる俺を置いて、知古名は平屋の前に近づいていく。

「吉幸さん、起きてるかしら?」

知古名が誰かの名前を呼んだ途端、突如平屋が浮き上がってその下から大きな亀が顔を出してきた。平屋は30坪程度に見えたが、それが丸々乗ってしまえるこの亀はダンプカー二台を横に並べたような大きさぐらいあるだろうか。この現実離れした光景は以前の狂犬騒ぎで慣れたかと思っていたが、あれはまだ序の口であったらしいと痛感する。

「はいはい、お呼びですかお嬢様」

だいぶ歳をとったおばあちゃんのような声が頭に直接響く。目線とお嬢様なんて呼び方からして、声の主は知古名に話しかけているらしい。

「管理局への道を開けてほしいの。頼めるかしら?」

…ああなるほど、ここは門のようなものなのか。管理局が本来あまり人の目に触れてはいけないという事を考えれば、この寂れ具合はカモフラージュ目的だったのだろうなと亀の背中に乗った平屋を見る。

「ええ、もちろんです。ところでそちらの方は…?」

亀が此方に視線を向ける。穏やかな目つきで警戒は一切していないようだが、一応新顔の名前は覚えておこうといったところだろうか。

「彼は小田牧誠。私の新しい部下よ。」

知古名の紹介を受け、俺は自信たっぷりに自己紹介する。

「どうも、小田牧です。うちの知古名がいつもお世話になってます。」

「……」

「すいません嘘です、いつもお世話してもらってます…。」

知古名に暗黒笑顔を向けられたので、大人しく白状する。こういう無言の圧を出すときは怒らせたらいけないというのは狂犬騒ぎの後に身をもって教えられたから、下手なことをするのは得策ではない。

「あらあら、仲がよろしいのね?仲良しな二人には、キー婆がアメちゃんあげようかしら。」

このやり取りを見て仲がよろしいと言えるのは相当大らかじゃないと無理では?なんて思っていたら、ゾウの脚みたいな前脚にちょこんと乗った飴玉が二つ差し出される。さっきまで地中に埋まっていたはずの脚に土や泥が一切付いていないのはどういうことだ…。

「わぁ、ありが…オホン!し、仕方ないからありがたく受け取らせてもらうわ!」

その飴を見て一瞬嬉しそうにしながらも、咳払いで誤魔化して受け取る知古名。容姿も相まって背伸びしている子供のように見え、思わずニマニマしてしまう。

「へーぇ、知古名さんにも可愛いところがあるんだな?」

「な…何の事かしら。そんな事より行くわよ、あんたのせいで遅刻ギリギリなんだから!」

知古名さんは無理やり話を切り上げて平屋の中へと向かっていく。…飴のくだりは今度イジる時のネタにしとこう。

「さ、開けましたよ。二人とも頑張ってねぇ。」

巨大亀の背中から現れた階段を上って平屋の中に入ると……予想をはるかに超えた景色が広がっていた。屋久杉がかわいく見えるほどの超巨大樹をコンクリート製の建物が幾つも重なったような見た目の建築物が囲み、まるでショッピングモールの吹き抜け広場のようになっている。上を見やればいくつもの橋が巨木に向かって掛けられていて、よく見れば電車ぐらいの大きさだ。光は割れた天窓から差し込む日光だけで、一階と思しきここは薄暗く苔やツタだらけで人気もないはずなのに…不思議と賑やかそうな気配を感じる。

「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!俺は平屋に入ったと思ったら自然豊かなショッピングモールみたいな廃墟に立っていた…。な、何を言ってるのか分からねーと思うが俺にもわからねぇ。催眠術とかどこでも〇アとかそんなチャチもんじゃあない、もっと素晴らしい何かの片りんを味わったぜ…。」

俺にとってはここに来るまでの何もかもが超常現象。当然こんな感想になってしまうのだが…

「変な事してないで、さっさと行くわよ!」

渾身の顔真似もろともバッサリ片付けられてしまった。このネタは通じないかー。


「ここが普段みんなが集まる事務室よ。訳あって来れない者もいるけど、大体支部長か天宮寺さんが確定でここにいるわ。」

なんやかんやあって目的地に到着。さすがにここまで来るとツタや雑草の類は生えてないが、進むにつれてコンクリートむき出しだった廊下が昭和の木造校舎を彷彿とさせる内装になっていくのを見た時は思わず感嘆の声が漏れたものだ。

「見た目は田舎の教室…みたいだな。ちなみに知古名さんは支部の中では何番目に偉いんだ?」

「私は…ここに入って50年くらいだけど、ここのメンバーじゃ一番若いわ。」

なんとなく聞いてみたが、やはり知古名は若手の方らしい。まぁあんなにちょろい子が最年長だったりしたら不安しか無いから、良かったと言えるだろう。

「あ、入る前にこれだけは言っておくわ。絶対“支部長を泣かせたら”ダメだから。わかった?」

入る前に忠告を受けたが、意味が分からなかった。支部長を泣かせる?怒らせるんじゃなくて?どういう意味なんだ…。

「さ、時間も押してるからさっさとあんたの紹介をするわよ。…遅れてごめんなさい!知古名シオン、ただいま到着し…きゃあ!?」

そういって扉を開けた知古名さんが触手につかまれて引きずり込まれる。何事かと思い中を覗くと…

「ちょ、ちょっと八重さん!じゃれるなら紹介の後に…きゃはははは!」

部屋の入口付近を占拠する触手の塊から笑い声が聞こえる。どうやらこいつに捕まってくすぐられているらしい。しばらく見守っていてやりたかったが、だんだん笑い声に過呼吸が混ざって来たので止めてもらうことにした。

「あのー、知古名さん過呼吸気味なんでそろそろ解放してもらっていいですかね?」

「あらごめんなさい。久しぶりに知古名ちゃんに会ったからついイジめたくなっちゃって…♪」

「ははっ、はひゅ…うえぇ…ネバネバする…」

触手の中からもみくちゃにされて粘液まみれの知古名さんがぺいっと吐き出され、その直後触手の塊が収縮するとぴっちりした深紫色のインナーの上から花魁のような衣装を身にまとうスタイル抜群の美女が姿を現した。

「おいおい姐さん、新入りがブルっちまったらどうするつもりだ?」

そして、触手で見えなかった奥の方から声が聞こえてくる。だいぶオラついた口調だが、まさかヤンキーもここで働いているのか?

「私のスキンシップに付き合えないようじゃどのみち続かないと思うわよ♪」

「そのスキンシップがやりすぎだっつってんだよ!」

う~ん正論。どうやらちゃんと常識のある人そうだ、と思ったが…

「スキンシップの度にそのドゥルッドゥルの粘液がはねて俺のコレクションに付いたらどうしてくれるってんだよ、アァ!?」

リーゼントをピシッと決め、今や古代種となりつつある風貌の…いわゆるツッパリ男の手には、美少女フィギュアが大切そうに抱えられていた。

「もぅ、そんな細かいこと気にしてたらいつかその人形みたいに小さな男になるわよ?」

「おい、今この1/8スケール魔法少女プリティ☆スイムちゃんフィギュア(初回生産限定盤)をけなしやがったか?いくら姐さんでも今回は許しちゃおけねぇ…!」

ヤンキーの口からは到底想像できないワードが聞こえてきて思わず吹き出しそうになるが、今笑ったらひき肉にされかねないので真顔で取り繕う。

「二人とも、喧嘩はやめなさい!新人が見てるのにみっともないわ!」

そして喧嘩を始める彼らの中に知古名さんが仲裁に入った。…粘液まみれじゃなきゃかっこよかったんだけどなぁ…。

「…ッチ、仕方ないな。今回は知古名の嬢ちゃんに免じて引き下がってやるよ」

知古名さんが仲裁に入って冷静になったのか、ツッパリが引き下がる。

「もぅ、せっかく面白いことになりそうだったのに。つれないわねぇ」

「八重さん、職場の和を乱すようなら今後スキンシップはお断りさせてもらうわよ!」

「いけずぅ」

知古名さんの警告が効いたのか、八重さんと呼ばれた触手女も引き下がった。とりあえずこの場は収まったようだ。

「まったく、あたしがいないとホントにダメなんだから。…そういえば支部長は?」

そう言って知古名は周囲を見回す。どうやら支部長なる者は所用で外しているようだ。

「ボスは新人にプレゼントがしたいつってよぉ、さっき山の方へ飛んでったぜ?」

「もー!ぐだぐだじゃないの!もういい、あたしシャワー浴びてくる!」

そう言うと知古名さんは事務所から出ていこうとして、床に飛び散った粘液に足を取られる。

「きゃあっ!」

「ちょっ!?」

そして不運にも俺を巻き込みながら派手に転んでしまった。そこで扉が開き、真っ赤な肌をした大男が入ってくる。

「ただいま。待たせて悪い知古名、いいプレゼントが見つからなくて…な…」

「「あっ…」」

俺たちはもみくちゃで床に倒れて、おまけにお互い服を引っ張られはだけたラッキースケベ状態。部屋に入った途端にその恰好が目に入るのだから、そういうことをしていたと勘違いされても仕方ないだろう。大男は赤い顔を更に真っ赤にして怒り出す。

「な、何してるんだお前ら!うちは社内恋愛禁止だぞ!」。

「待って、誤解よ支部長!それにうちは会社じゃないんだからその言葉は不適切よ!」

俺は慌てて離れ、知古名さんも焦っているのか見当違いな指摘をしながら粘液まみれの体で慎重に立ち上がり、大男に経緯を話した。


経緯を話して誤解は解けたようで、赤肌の大男は大きく溜息をついて花魁姿の美女を問い詰める。

「はぁ~~~…。八重、今月に入って何回お前を注意したか覚えてるか?」

「10回くらいじゃなかったかしら?」

「20回だ!まったく、お前はいつも問題行動ばかり起こして…」

全く悪びれていない様子の、八重と呼ばれた美女。大男の説教が長引きそうになったところで…

「今日は彼にここの紹介をする予定でしょ!説教は後にしてくれないかしら!?」

知古名さんが間に割って入ってその場を収めてくれた。

あの後結局シャワーに入ったようで、服がさっきのミニスカート巫女服からもんぺ服に変わっている。俺?俺はいつの間にかまとわりついてたはずの粘液が消えていたから、シャワーは必要なかったのだ。

さて、知古名が言っていた通りこれから自己紹介をするからと、先程の大男に案内されて応接スペースに向かう。そこのソファーに座ると、俺から見て向かい側に大男が座り、その左右にツッパリの男と八重と呼ばれていた女が座る。知古名は俺の横でピシッとした姿勢で座っているが、狐耳を含めても俺より座高が低いのであまり威厳は感じない。

「さっきは誤解とはいえ、怒鳴ってしまいすまんかったな。俺は鬼怒川(きぬがわ)ルイ、見ての通り鬼族だ。ボスやら支部長やら呼ばれてるがお前も好きなように呼んでくれ。」

頭の二本角を指しながら鬼怒川という大男が自己紹介をし、先ほどの事への謝罪を述べる。

「…『狂犬』の件に関してはこちらの責任だ。君は本来、人間側のルールの中で生を全うして閻魔の沙汰を受けるはずだった。」

その言葉に、知古名はしゅんと俯いてしまう。鬼怒川は言葉を続けた。

「だが安心してくれ、ここに就く事になったからには君が充実した生活が送れるよう尽力するつもりだ。」

そう言って大男は若干前のめりで右手を差し伸べ、小田牧に握手を求めてくる。

「ええ、俺もこうなったからには頑張って働いていくつもりです。よろしくお願いします。」

俺はそれに対して笑顔で答える。鬼怒川さんが嬉しそうにしている一方で、知古名はジト目で俺の方を見つめていた。なんだよその目は。さすがに仕事ぐらいは真面目にやるっての。

「では次に、天宮寺。あまり新人をビビらせないでくれよ?」

「押忍!オレは天宮寺・風雲・次郎左衛門だ。オレを呼ぶときはアニキか天宮寺のアニキしか認めねぇから、そこンとこ夜露死苦!」

天宮寺と名乗ったツッパリはメンチを切りながら挨拶をする。そして俺の手を握ると…可愛らしい衣装を着た女の子の人形を手渡してきた。

「…なんですかこれ。」

手にした人形を見ながら天宮寺に尋ねる。すると天宮寺は机に片足を乗せてリーゼントで天を衝きながら声高らかに説明し始めた。

「そいつはオレの推しである魔法少女ナナちゃん人形Ver.2.0だ。この国で僅か一万個しか生産されなかったレア物だが、俺はこの子を布教用に五体確保してあンのさ。テメェの新入祝いにくれてやるが、もし汚したり破損したりしたら命はないと思え!」

あ、これ爆弾だわ。丁寧に保管しないと死ぬかもしれん。

「次は八重だな。…頼むからまじめにやってくれよ?」

「はぁい♪八重桜よ。気軽に八重ちゃんって呼んでね♪」

「…やけにシンプルな名前ですね。」

「あら、もっとすごいの期待してた?残念だけど、本名は明かせないの。」

「えー、教えてくださいよ。誰にも言いませんから」

「本当?じゃあ…」

そう言って八重さんは俺の耳元に唇を近づけて…

「…これ以上踏み込んだら、あなたからいろいろ搾り取っちゃうけど…それでもいいのね?」

別人のように低く蠱惑的(こわくてき)な声でそう囁いた。俺は背筋に寒気を感じ身の危険を感じて思わず距離を取ってしまう。

「女の秘密はアクセサリーよ。それを無理やりはがすような真似はオススメしないわ」

「…はい、肝に銘じておきます。」

恐ろしかった。この世には触れちゃいけない禁句(タブー)があるのを思い知らされた気分だ。

「…ま、まぁ、これで自己紹介は終わったな。じゃあ午後からはこの捕ってきた猪肉で焼肉を…」

ビーッ!ビーッ!

突然けたたましい警報音が鳴り響き、会場にアナウンスが響く。

『緊急警報です。保護していた竜種数匹が脱走し、ロビーで暴れています。非戦闘課系に所属の方々はすぐに退避してください。繰り返します、保護していた竜種数匹が――』

「竜種…ドラゴンを保護?そんなことまでしてるんですかここは。」

「我々の仕事は資源管理以外にも色々ある。狂犬の捕獲もこれと似たような業務だったろう?」

そういえばそうだ。じゃあ狂犬は元々ここで保護されていた奴だったのか?

「焼肉はまた後だな…さぁ、人的被害が出る前に片付けるぞ!そして美味い焼肉を振る舞ってやろう!」

「「「了解!」」」

鬼怒川さんが檄を飛ばし、天宮寺が両手を合わせると応接間の壁に門が現れる。その中に皆が飛び込んでいき、俺も後ろに続く形で門をくぐると…その先はあの巨大樹がそびえる空間だった。

しかし…

「…なぁ、ドラゴンどころか他の職員も見当たらないんだが?」

そこはさっきと変わらずに静寂を保っているが、さっきとはなにか雰囲気が違う気もする。いったい何がどう違うのかはわからないが、何かがいることは確かだ。

「ああ、そういえばまだ局員証を渡してなかったな。これを身に着ければ見えるはずだ。」

鬼怒川さんに渡された局員証…いつの間に撮ったのか俺の顔写真入りのそれを首にかける。すると今まで見えなかったはずの景色がそこに現れる。廃墟のようにあちこちに緑が生い茂っていた先ほどとは違い、赤い鳥居や柱が点在する神社のような内装がそこに広がっていた。これが本来のここの姿なのだろう。あまりの壮大さに見惚れていた所へ、何者かが上空からこちらに向かって勢いよく突進してきていた。

「おわっ!?」

すんでで回避し、俺は地面を転がる。すぐに体勢を立て直して上を見れば数匹のドラゴンが飛び交い暴れまわっていて、その姿に俺が想像していた理知的な所は一切見られなかった。

「ヤンノカコルルァー!」

「ナメテッジャンェゾコラー!」

どこかで聞いた事のある鳴き声と、天宮寺に勝るとも劣らない立派なリーゼントを頭に乗せたドラゴンだ。…ご丁寧に尖ったサングラスまで着けて、チープなフリーゲームに出て来るモンスターのような見た目をしている。

『──今回逃げ出したのはランクD相当の通常飛竜種『弩突竜(どつきりゅう)』10匹です。人間の生息地域近辺に出没していたのを保護し、後で本来の生息域へ放す予定でした。特徴的な形の角をつかった頭突きが特徴で、その威力は単車や学校の窓ガラスなどを簡単に破壊してしまいます。気を付けて捕獲にあたってください。』

局員証からオペレーターらしき女性の通信が聞こえる。それ、竜の説明じゃなくてちょっとパワーのあり余り過ぎたヤンキーの説明じゃないか?

「弩突竜か。比較的御しやすい部類だが、あの気象の荒さだ。皆、怪我が無いよう気を付けてくれ。」

鬼怒川がそう言い、棘の無い金棒を担いで一歩前に出る。…彼がストライプのポロシャツを着ているせいか、ヘルメットを被ったら野球選手のように見えてしまう。

「やってくれるじゃねぇか“一般竜(パンドラ)”共!今日の夜九時から行われる魔法少女ナナちゃんの“婆血遣流雷舞(バーチャルライブ)”がそんなに見たかったのか、あぁ!?」

文字に起こしたら絶対読み取れないだろう言葉を吐きながら、天宮寺がうちわを片手に飛び出す。

「待て天宮寺、頼むから向こうにも怪我だけはさせないでくれ!幻獣保護課からまたクレームが来てしまう!」

そしてそれを追う形で鬼怒川も上を飛び回る竜の方へ跳んでいく。

「今回のターゲットは狂犬ほどの脅威じゃないわ。あたしは避難誘導に行くけど、せいぜい頑張りなさい。」

横に立っていた知古名が、両腕を組んで先輩面で応援してくれている。それに対して俺はフッと口角を上げて、

「言われなくても、脳筋相手に遅れなんか取らないって。知古名さんこそ外に吹き飛ばされたりしないでくれよ?体小さいんだから探すの大変だろうし。」

知古名をディスる。

「いま背が低いことバカにしたわね!?見てなさい、あと五年もすればあたしだって…!」

ムキ―ッ、とでも聞こえそうなほど激おこな知古名の背後から、タコ足が幾つもまとわりついて彼女を抑える。

「はーい、そこまで♪知古名ちゃんは私と向こうで避難誘導よぉ」

「ちょ、八重さん、あたしまだあいつと話を…!」

「いいからいいから。それじゃあ新人君、初仕事頑張ってね~♪」

憤慨する知古名を連行する形で八重さん達は避難誘導へ向かった。

「ォオラァ!吹き飛びやがれ!」

うちわを使い強烈な突風を巻き起こす天宮寺。その勢いはすさまじく、複数の弩突竜を足止めしている。…しかしそのうちわはナナちゃんLOVEと大きく書かれており、煌びやかなピンク色の装飾が幾つも飾られている。さながら韓流スターを空港で出迎えるおば様達が持っているうちわのように。

「アイドルみたいな扱いなんだな、あのキャラ…。」

だが彼の巻き起こす風をものともせずに向かってくる個体もおり、そいつが天宮寺に向かって突進してきた。翼を使って回転しながら、弾丸のように彼の背中へ突っ込んでくる。

「天宮寺さん、危ない!」

「兄貴と呼べアホンダラァ!」

兄貴と付けなかったこと反応したのか、天宮寺がこちらに向かって怒鳴る。その間にドラゴンが猛スピードで天宮寺に直撃…したかに思われたが、ドラゴンは見えない壁に阻まれたかのようにその場で回転しながら停止していた。

「そうら、一丁上がり!」

うちわを使って起こした風が停止したドラゴンを捕まえ、いつの間にか用意されていた檻に入れられる。知古名が使っていた結界に様子が似ているから、おそらく派生型なのだろう。

「さぁ、どんどん行くぞー!」

向こうでは、鬼怒川が真正面から棘無し金棒一つで弩突竜の突進を受け止めていた。そしてそのまま金棒を振り抜き、檻の中まで弩突竜を吹き飛ばしてしまう。

見た目はまんまバッティングセンターである。

「すげぇ…。っと、俺も仕事しないとな。さて、どうそりゃ一網打尽に出来るかね?」

正直、ここは先輩たちに任せっきりにしたいのだが…ここに早く馴染むためにも、やっぱりこういうところでしっかり活躍しておいた方がいいだろう。なんなら残りは全部俺が捕獲して手柄にすれば、知古名をギャフンと言わせられるかもしれない。

そうなれば俺個人の力でやってみる必要があるが…しかし俺には今戦ってる二人のような派手なことはできない。天宮寺の兄貴が扱う風のようなもので一気に捕獲出来たら楽なんだけどな~…。

…いや待てよ、一気に捕獲はできるかもしれないな。俺はファンタジウムを使い、閃いたアイデアをもとにあるものを作り始めた。それはラッパのような形をしており、後ろに彼らが使っている檻を取り付けたもの。大きさはトラックのようなサイズだが、今の体でなら運べる重さだ。

「…できた。あとは…」

小田牧は上空を飛び回る弩突竜に目を向け、息を吸って大声で彼らに向けて言い放つ。

「おーい弩突竜、ここにお前らの事舐め腐ってるバカがいるぞ―!舐められたままでいいのかー!?」

その言葉を聞いた弩突竜たちの殆どが立ち止まって俺が指すラッパ口の方へと狙いを定め、「ヤンノカコルルァー!」

「ナメテッジャンェゾコラー!」

とやっぱり聞いたことのある鳴き声で叫びながらラッパ口の中へ突っ込んでいく。

ラッパの中には返しがついているから、一度入り込めば抜け出せなくなる仕掛けだ。

弩突竜達のうち約半数がこの檻の中へ入り込み、しばらく檻の中で暴れていたが次第に大人しくなっていく。これで捕獲完了といったところで、天宮寺が俺の近くに降り立って駆け寄ってくる。

「新人、テメェがこれやったのか?」

「はい!天宮寺の兄貴、俺は戦えないけどこうやって知恵を使って…」

「テメェ何してやがる!早くその場から離れろ!」

「へ?」

その直後、檻がガタガタと大きく揺れ始め…やがてバキンッ、と大きな音を立てて破られてしまう。その中から巨大なドラゴンが現れ、鋭い角で俺めがけて突進してきた。すんでのところで天宮寺に抱えられて離脱に成功するが、左足が俺の体とおさらばしてしまった。

すぐに止血を行って流血は止まるが、自力で立つには杖が必要そうだ。

「クッソ、痛ぇ…って、なんだアレ!?キングギドラ!?」

痛みに悶えながらも檻から逃げたやつを見てみると…先ほどの体躯の五倍はある大きさとなり、そして頭も五つに増えた弩突竜が羽ばたいていた。

「バカなことしやがったなこの野郎!弩突竜どもはな、ひとところに集まると合体して『愚連竜』に成っちまうんだよコラァ!」

そんなの分かるわけがない。いや確かにヤンキーは群れるものだけど…あんな事になるのはさすがに予想がつかないだろ!

「こうなるとこいつらは一気にBランクだ。捕まえんのが面倒になっちまったなァオイ!」

弩突竜改め愚連竜はその巨体であちこちを飛び回り、五本の首をキツツキのように振ってあちこちにどつき始めていく。

「クソッ、俺の“風”じゃあ今のこいつらを抑えられねぇ…グオォッ!」

天宮寺が飛んで応戦するが、凄まじい勢いで振り回される愚連竜の首を抑えきれずに撃墜されてしまう。

「お前ら、大丈夫か!?」

異常事態を察知したのか、鬼怒川さんが俺と天宮寺のところに駆け寄ってくる。

「ボス!この野郎とんだ真似を…!」

「失敗の話は後回しだ!状況を教えてくれ!」

「…ッス!小田牧が弩突竜をひとところに纏めて捕獲し、結果、弩突竜五体が合体し愚連竜へと昇華しやがった!このままじゃ大暴れして被害が拡大しちまう!」

鬼怒川さんが怒りで熱くなっていた天宮寺を制止し、状況を報告させる。それを聞いた鬼怒川さんは一瞬何かを考えた後、天宮寺の方を向いてこう返した。

「あとは俺がやる。天宮寺、今日の肉焼き奉行は任せたぞ。」

「ッス!ボス、ご武運を!」

そのやり取りを済ませた後、鬼怒川が携帯を取り出して何かを見始める。こんな時に何を、と思いこっそりのぞき込むと某動画投稿サイトで見かける感動系のショート動画だった。

それを見た鬼怒川は静かに涙を流し、そしてわなわなと震え始める。

「新人、今からボスの本気を見せてやる。ボスを泣かせたらどうなるか、しかとその眼で見て覚えておきやがれ。」

「え…うおお!?」

いきなりの突風に目をつぶる。次に目を開いたときには、鬼怒川さんの姿はどこにもなかった。

「いったい何が…」

見てみれば、十五メートルはあった愚連竜が空中でボコボコに殴られていた。

「これ…もしかして鬼怒川さんが?」

「ああそうだ。本気のボスはAクラス相手でも一瞬でノしちまうのよ。」

よく見るとドラゴンの近くに鬼怒川さんらしき姿があった。だがその姿は初めて対面した時よりも更に筋骨隆々としていて、チラ見えした顔は涙を流しながら激昂したような表情をしていた。

「…鬼怒川さん、あんな顔するんすか。」

「ボスはな、『泣いた赤鬼』本人なんだ。童話と違うのは、泣き出したら150%の力で暴れだしちまう事。“鬼”の“150%”…字面だけでヤバさが理解(わか)るだろ?」

そう話す天宮寺の額には冷や汗が流れていて、表情にも畏怖がにじみ出ていた。あれほど苛烈だった彼がここまでの反応をするということはそれほどヤバいのだろう。…あの愚連竜には正直同情する。

「ヤリヤガッタナコルルァー!」

「ナメテッジャンェゾコラー!」

「イッテェジャネエカコノヤロー!」

「ナニスッダコルァー!」

「ブトバスッゾコラァ!」

強気な鳴き声だが、愚連竜はろくな抵抗も出来ず往復ビンタを喰らうばかりだった。

「ウォォォォォォォォォォン!」

そして愚連竜に負けない大声で泣きわめく鬼怒川さんの声が聞こえる。…凄まじい絵面だ。

「ま、ともあれあの様子ならじきに終いだろうよ。そろそろ幻獣保護課が専用の檻持ってやってくる頃だ。」

その言葉の通り、大きな檻を持った巨人…いや不動明王?がやってきて愚連竜の首を捕まえて雑に檻へとぶち込んでしまう。

「あ、ほんとだ。」

そしてその檻を手で圧縮し、不動明王らしき巨体はズンズンと向こう側の大きな鳥居へと戻っていく。

こんな終わり方でいいのかキン…いや愚連竜。天宮寺が撃墜された時はもう少し苦戦しそうな感じだったのに。

「…ったく、初日に大変な仕事増やしやがってなァ小田牧ィ!」

その天宮寺に抱えられたまま、俺はおしかりの言葉を受ける。

「いやそんな、合体してキングギドラになるとか想像つきませんって!」

「この空想の世界は何が起きてもおかしくねぇんだ!覚えておけこの野郎!」

言い訳をする俺の頭に天宮寺の拳骨が振り下ろされる。何が起きてもおかしくない、は確かにその通りだ。この世界、思っていたよりめちゃくちゃな事が多い。

「いってぇ…!暴力反対だ!」

「身に染みて覚えとけってんだ!」

その時、局員証からあの女性オペレーターの声が聞こえる。

『状況終了、お疲れさまでした。これよりロビーの修復を行った後、通常業務を再開いたします。再開予定時刻は6時間後を予定しております。繰り返します──────』

「お、終了か。6時間後…ちょうど焼肉パーティーの時間が取れそうじゃねぇか。」

天宮寺の方も同様の報告が聞こえているらしい。

「ああ、そういやぁ知古名の嬢ちゃんにテメェの怪我を報告したが、すげぇ心配していやがったぞ。」

「マジですか?」

あの知古名さんが…これはまたイジりネタが増えそうだな。だがそれよりも今はもっと重要なことが気にかかっている。

「怪我といえば、俺の足って治ります?結構な量持ってかれてますけど。」

「…初日から義足になった局員なんざ俺は初めて見たなァ!」

「それは諦めろってことっすか!?」

とにかく治療を施してもらうため、俺たちは知古名さん達がいるという治療課へ向かった。


「…はい、終わり。もう動かしても問題ないわ。」

「…いやまぁ、俺も元通りは難しいかなって思ってたんですけども。…まさか綺麗に元通りとは。」

見事につながった足を動かしながらつぶやく。ファンタジウムマジ万能。

「これに懲りたら危機察知能力を高めなさい。分かった?」

危機察知能力というより、この世界における知識の方が必要だと思うんですが俺は。

「わかってるよ。知古名さんみたいにオトボケになるのも嫌だしな」

「ふんっ!」

とまぁいつも通り知古名をディスれば、彼女の平手打ちが飛んでくる。

「おっと。早速危機察知能力の訓練っすか?」

それを俺は軽くのけ反るようにして回避する。事前知識があればこのように危機察知もしやすくなるというわけだ。

「~~~!そこに直りなさい小田牧!今日という今日は上司への敬意と言葉遣いを叩き込んで…!」

「おう、義肢にならなくてよかったなぁ小田牧ィ!」

そこへ、弩突竜達の収監を終えた天宮寺が飲み物を持って仲裁に入ってくれる。頭に包帯を巻いているが、さほど大きな傷は見受けられていなかった。俺の脚が吹き飛んだ愚連竜のラッシュを受けてその程度で済んでいるのだから、この人の取り柄はきっとこの頑丈さなのだろう。

「天宮寺さん、邪魔しないで!いまからこの男に礼儀を叩き込むところなんだから!」

知古名は相変わらず俺に平手打ちを喰らわせようと腕をバタつかせているが、天宮寺に抱えられてしまっているため届いていない。

「まぁまぁ落ち着けよ。こいつだって死にかけて俺にしかられたんだ、今日ぐらいは大目に見てやろうぜ」

「むぅぅ…!」

不満ありありのようだが、天宮寺の言葉を聞いて知古名がようやく引き下がってくれた。

「にしてもテメェ、いきなりあんな大道具出すとは大した野郎じゃねぇか!弩突竜には悪手だったが、面白ェ事するなぁテメェ。」

そして天宮寺からお褒めの言葉をいただく。さっきブチギレられた分のフォローなのだろうか?趣味はまだ理解には遠いが、いい先輩だ。

「はは、そうっすか?俺ああいう工作得意なんですよ。ファンタジウムさえあればこう、パパッとですね……いってぇ!」

俺は調子に乗って手で何かをこねるジェスチャーをすると、治してもらった脚じゃない方の脛に強烈な痛みが走る。おそらく知古名に蹴られたのだろう。

「はぁ、上への報告なんて堅苦しくて嫌になっちゃうわ。」

そんなこんなでわいわい話していると、鬼怒川さん達が戻って来たらしい。振り向いて声をかけようとしたが…八重さんの隣に鬼怒川さんの姿はなく、代わりにダボダボの服を着た赤い肌の男の子が立っていた。

「…八重さん、その子誰?迷子?」

俺は見慣れない子供を見て不思議そうに尋ねる。

「新入りちゃんはまだ知らなったかしら?この子がうちのボスよ。」

「や、やぁ…鬼怒川だ。驚かせてすまないな。」

きょとん。俺は言葉を理解するのに数秒かかってしまったが、男の子の口から出てきた声は間違いなくあの鬼怒川さんの声だった。

「は?…は?ええぇっ!?このキッズが!?あの鬼怒川さん!?」

「暴走してしばらくするとこうなっちゃうの。この時のボス、とっても可愛いのよぉ♪」

そう言って鬼怒川さんを抱え上げる八重さん。鬼怒川さんは頬を擦り付けてくる八重さんを小さな手で押しのけようとしている。

「止めてくれ八重、可愛いなんて言葉は俺には不釣り合いだろ。」

押しのけようと踏ん張る姿はかわいらしいが、これ突っ込まないほうがいいのか…?


「さて、一仕事あったがそれも片付いた!今日も皆よく頑張ってくれた!そして今日から入ってくれた小田牧のこれからに期待して…乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

あれから俺達は事務室に戻り、その奥にあるテラスで焼肉パーティーを始めていた。

幼児用の椅子に座り音頭を執る鬼怒川さんにあわせ、それぞれお酒やらジュースやらを注いだグラスをカチンと当てて乾杯して鬼怒川さんが獲ったイノシシ肉を中心に鳥豚牛と様々な肉に舌鼓を打つ。

「あ、そういえば俺ってここだとどういう扱いになるんです?」

焼肉に箸を伸ばしながら、俺は鬼怒川さんに疑問を投げかける。

「あ~……身分の話なら、この後行政課の仕事が再開したら決めておこう。そういえば小田牧は元人間だったんだっけか?」

「はい。知古名さんのミスに巻き込まれて、なし崩し的にここへ来る事に…」

「ちょっと、その話はもう終わったでしょ!?」

「知古名、俺は少し悲しかったぞ。溜めこんでいるなら遠慮なく相談してくれればよかったのに…。」

鬼怒川さん(少年)の悲しそうな顔で見つめられてはさすがの知古名も効いたらしい。うつむいて「はい…。」と大人しい返答をする。

「そんなんじゃあ憧れの神流様に振り向いてもらえるのは夢のまた夢だなァ、知古名ァ!」「ちょっと、なんで今神流様の話が出てくるのよ!?」

ケラケラと笑う天宮寺の言葉に、知古名は顔を真っ赤にしながらダンッと机を叩いて立ち上がる。それを見て俺はこそこそと八重さんに耳打ちをする。

「神流様って?」

「この組織を取りまとめてる三人のうちの一人にして、うちのチームの直属の上司よ。彼女、その人にゾッコンなの♪」

「なるほどぉ。」

「そういやァ、烏丸サンは今日来れなかったんで?」

「ん?ああそうだな、烏丸は今別件で出張中なんだ。」

またも知らない名前が出てくる。話し方からして、同じチームのメンバーだろうか?

「烏丸、って誰なんです?」

「ウチの参謀役を務める超マブい漢さ。噂じゃこの組織でも最古参らしい。」

「へぇ、そんな人が…。」

「そして喜べ小田牧、てめぇの先公はオレが務めることになったぞ!」

唐突に天宮寺からそんなことを伝えられ、俺は口に含んでいた飲み物を噴き出した。

「えぇ―!?あんたの部下とか嫌な予感しかしないんですけど?絶対カンフー映画みたいないらない修行させられますって!」

とりあえず文句は言う俺。当然天宮寺にヘッドロックを喰らう。

「うるせぇ!文句あるなら殴りかかってきやがれ!あとオレの事はアニキと呼べって言ったよなぁ、おぉ?」

「いでで、絞まる絞まる絞まってますってば!」

あれ?俺就職初日に上司に絞め殺される?

「知古名からの報告とさっきの動きを見てわかった。お前はファンタジウムをつかった造形術が得意らしいな。」

「え、このまんま話すんですか?」

ヘッドロックを止めることなく鬼怒川さんが話を続ける。なんでもこのチームじゃ天宮寺さんが一番ファンタジウムを使った造形術に詳しいそうだ。

思いっきり風系の能力使ってるように見えたのに?

「黙って聞きやがれ!いいか、俺はファンタジウム造形術に関してはプロといっても過言じゃあねぇと自負してる。その俺がてめぇの造形したブツに天賦の才を感じたんだ、きっちりみっちりしごいてやるから覚悟しとくんだな!」

「覚悟決める前に死んじゃうでしょこれ!ちょ…やば、知古名さんこれまじめにヤバいっす。助けてもらえませんか!?」

俺は手足をバタつかせて知古名に助けを求める。しかし彼女はぷいっと顔を背けてこう言い放った。

「ふん、散々あたしの事を小ばかにした報いね。しばらく天宮寺さんにしごいてもらうといいわ!」

「いやだからしごかれる前に死を迎えるんですってば…!」

酸欠で意識が遠のく中、これからここが俺の職場になることを想像してげんなりする。

ここがもう地獄じゃなかろうか。

そう考えたあたりで、俺の口から魂が抜けかけた。



【噓と親友と嵐の予兆】

「はぁっ…はぁっ…!」

胸が苦しい。心臓が、割れちゃう…。

「逃がすな!何としても捕まえろ!」

「あいつを外に出すわけにはいかない!犬を使って探らせるんだ!」

でも逃げなきゃ。あのオオカミさん達に捕まったら、父様みたいに…!

「はぁ、はぁ…っ、きゃあっ!?」

何かに引っかかった。

痛っ。

痛っ。

目が回る。

何?オオカミさんの魔法?

痛いっ!

やめて、おとなしくするから殴らないで!

そう言いたいのに、背中やお腹をたたかれて声が出せない。

痛い。なんでそんなにたたくの…?ねぇ、なんで何も言ってくれないの…?

あ、とまった。

苦しくて、まだ声が出せない…。

体じゅう熱くて、痛くて、口の中で変な味がして…ズキズキする。

頭がぼーっとする…。なんだか遠くから高くて嫌な音がする。

うっ、眩しい。オオカミさん…?

お願い、もう逃げたりしないから。だから叩かないで…。

「大丈夫か!?ああ、ボロボロじゃないか…!母さん、この子病院に連れて行こう!警察には俺が連絡しとくから、早く!」

違う。オオカミさんの声じゃない。優しくて、暖かい──

「おい、あいつは捕まえたのか?」

「すみませんお頭。あの娘、足を滑らせたみたいで…この斜面を転げ落ちていきまして…。」

「そうか…まぁいい、この高さから落ちたんじゃ助からないだろう。引き上げるぞ」

「あの、死体は探さないのですか?」

「放った“犬“の餌にでもしてやれ。それより今は計画が最優先だ」

「はっ!」

追手を下がらせた後、お頭と呼ばれた男は斜面の方へ視線を向ける。

崖は冷たい風が吹きおろし、暗い闇が広がっている。

不気味なほどの静寂を感じると標的の生存はないと断定したらしく、男は踵を返す。

「………。」

何かぼそりと呟いたようだが、それは山の暗闇に溶けて誰にも聞かれることはなかった。

翌朝

「んぅ…。ここ、は…?」

…見慣れない場所。壁も天井も真っ白な部屋。窓から差し込む光が眩しくておもわず目をそらすと、知らない人が座りながら眠っているのを見つけた。

「…痛…」

その人に触ろうとして、ズキッとした。体じゅう包帯が巻かれていて、あちこち痛い。

なにがあったか思い出せない。私、何かに追われていたような…

「ん…?」

誰かさんが起きた。私を見てほっと安堵したような顔をしてる。

「よかった、起きたんだな。」

「…誰…?」

「俺は口田健人。君がゆうべ山道で倒れてたのを見つけて、この病院に運び込んだんだ。」

「…ビョウイン…?」

聞いたことのない場所。この白い部屋の事なのかな?

「病院を知らない…もしかして、自分の名前も思い出せないか?」

「…ううん、名前はわかる。けど、他の事は思い出せない…。」

「記憶喪失か…。とりあえず名前を聞かせてくれないか?警察に調べてもらえば君のことがわかるかもしれない。」

「…オーカ。」

「おうかちゃん…オーちゃんだね。苗字の方はわからないか?もしわかるならもっといいニックネームが思いつくんだけど」

「ミョウジ?は分からない…。」

「…そっか。じゃあ俺、医者にオーちゃんが目覚めたって伝えてくるよ。白い服を着た人が来たら、分からないことを質問してみるといい」

「コーダはどこに行くの?」

「警察だよ。オーちゃんの親を探してもらおうかと思ってさ」

「親…?……うっ!?」

「どうした!?」

「痛い、何!?誰…?うぅ…!」

痛い…痛い…怖い…!頭が、破裂する…!

「大丈夫か!?落ち着いて、深呼吸するんだ!」

痛い、けど…コーダが背中をさすりながらよしよししてくれる。…少しずつ、痛いのがなくなっていった。

「はぁ…はぁっ…」

「…大丈夫?今看護師を呼んでくるから、少し待っててくれ。」

「…うん。」

そう言ってコーダはどこかに行って、少ししたら白い服を着た人を連れて戻ってきた。白い男の人に何回か質問されたからそれに答えると、その人は悩ましげな顔をしてコーダと一緒に行っちゃった。

「はい、おうかちゃんはベッドで寝てましょうね。骨は折れてないけど、体じゅう傷だらけなんだから。」

残っていた女の人に言われるまま横になると、さっきまで感じなかった疲れがぶわっと出てきてすぐに眠くなってきちゃった。…私、なんでここにいるんだろう…。

場所は変わり、空想エネルギー資源管理局。

「さぁ、今日もキビキビ働くわよ小田牧!」

「ちょちょちょ!まだケガが完治してないですってば!」

嫌がる小田牧を引きずりながら、知古名が事務所から出発しようとしていた。

「何言ってるの、この前の弩突竜脱走事件の時のケガはすぐ治したでしょ?」

「昨日の訓練で天宮寺のアニキに吹っ飛ばされた時のケガがまだなんですよ!」

そういうと小田牧は服を脱ぎ、ずるりと皮が剥けた背中を見せる。

「きゃあ!?なんでそんなケガ隠してたのよ!」

「いや…絶対見せるなってアニキに口止めされてたんで…」

「ちょっと、天宮寺さん?」

すかさず知古名が天宮寺の方を睨む。しかし天宮寺の返答は彼女の予想した答えとは違っていた。

「あぁ?そんなケガするほど吹っ飛ばした覚えはねぇぞ?」

「…どういう事?」

数秒思考したのち、小田牧に説明してもらおうと彼の方を向いた知古名。しかし既に彼の姿はなく、開けられた扉と廊下の奥へフェードアウトしていく足音だけが残されていた。

「……えっ?」

「アッハッハッハ!嬢ちゃんを騙してサボりとはいい度胸してるじゃねぇかオダマキ!」

「~~~~ッ、笑い事じゃないわよ!あのバカ、絶対後でお仕置きしてやるんだから…!待ちなさい小田牧ー!」

猛牛のような勢いで知古名が走り去っていき、入れ替わるようにして鬼怒川と細身で背の高い男が入ってきた。

「はぁ…また小田牧か…。」

「ボス、烏丸のアニキ!お疲れ様ッス!」

「ただいまテンちゃん。仕事先で買ったお土産があるから、あとで一緒に食べましょう。」

「ッス!アザァース!」

鬼怒川は小田牧に辟易しながら天宮寺に手で礼を返し、烏丸と呼ばれた細身の男は机に小包を置いて窓側の席へ座る。

「ところでキヌさん、さっきチコが追っかけていったのが新入りの子?」

肘をついた両手で頬を支えながら、興味ありげに鬼怒川へ尋ねる。鬼怒川はやれやれといった様子で口を開いた。

「そうだ。小田牧というんだが、口を開けば嘘ばっかりでな…。しかしなんだかんだで頼まれた仕事はしてくるから、怒るに怒れなくて困っているんだよ。」

「あら、まじめに働く子よりよっぽど面白いじゃない。ここもまた騒がしくなりそう♪」

悩まし気に小田牧のことを紹介した鬼怒川に対して、烏丸は心底楽しみといった様子。

「騒がしくするのはいいが、勢い余って他所と喧嘩とかしないでくれよ…?」

その様子に鬼怒川は深くため息をつく。深刻そうな表情からするに、この烏丸という男ならやりかねないのだろう。

「そういえば、その小田牧君とチコちゃん達は何の依頼で?」

「匿名の依頼で人間の街に行きやした。内容まではオレも把握してないッス」

「へぇ、このタイミングで匿名…ね。」

そう言って、烏丸は小包から取り出した新聞へ目を通す。その中で特に大きな見出しに書かれた記事を読んだ烏丸は、窓の向こうの曇天を見上げて意味深な笑みを浮かべた。

「…じきに嵐が来るかも。キヌちゃん、“戸締り“の準備をしときましょう。」

数日後、場所は再び病院。

「…はい、深く息を吸って~。」

「すー…はー…。」

センセイサンに言われ、おうかは服をまくる。不思議な形のヘビのしっぽを胸に当てられて、ひんやりして肩がびくっとする。そのまま息を深く吸って吐いてを繰り返したら、センセイサンは笑顔で話してくれる。

「よし、心拍も異常なし。外傷もほとんどが塞がってきたし、あと数日たてば外を歩けるようになるかも。」

その話を聞いて、おうかは嬉しくなった。

「外、出れるの?」

「かけっことかはできないけどね。けどおうかちゃんは傷の治りが驚くほど速いから、早く遊びたいなら明日には出れるようにできると思うけど…」

明日には外を歩けるかも、と聞こえておうかはワクワクする。少しでも早く遊びたくなる。…けど、コーダのアンセイにしろって言葉を思い出したから、遊びたいのは我慢。

「ううん、コーダがアンセイにしてろって言ってたから、アンセイする。」

「そっか。じゃあまた後で来るからね。」

「うん、ばいばいセンセイサン。」

センセイサンは手を振ってどっかに行っちゃって、また私は一人になる。

今日はビョウインで過ごして一週間らしい。前よりもズキズキが無くなって、体中に巻かれてた布も少しずつ少なくなってきた。

窓から差し込むお日様が暖かくて少し眠くなるけど、今日はまだお昼寝はしない。だって…

「こんにちはオーちゃん。元気だった?」

「コーダ!うん、元気してる!ねぇねぇ、今日はどんな話を聞かせてくれるの?」

コーダが、お見舞いに来てくれるから。コーダはたっくさんのお話を知ってるすごい人。始めは帰る場所がわからなくて、お父さんとお母さんの事を思い出そうとしたら頭が痛くなるばっかりで、とてもつらかった。けど今はコーダが面白いお話をしてくれるから、全然つらくない。今日はどんなお話をしてくれるのかな…。ワクワクして耳を傾ける。

「そうだな…今日は俺の友達の話をしよっか。」

そう言ってコーダはまた新しいお話をしてくれた。

そのお友達は嘘つきで、いつも誰かに嘘を吹き込んでは怒られたり嫌われたりを繰り返していたみたい。でもその人が誰かに嘘をつく姿は、顔が全部真っ黒なのにとても輝いてるように見えて、それがコーダにはかっこよく見えたんだって。コーダは「嘘ジャンキー」とか変な言い方をするけど、笑ってる顔を見たらそのお友達とはとっても仲良しなのがわかる。

「そのオダマキって人、今はどうしてるの?」

オダマキ、それがコーダから聞いたお友達の名前。でもその言葉を聞いたコーダは困ったような顔をして、

「…さぁな。あいつ、今どこにいるんだろうな。」

そう呟いた。一瞬、コーダの顔が雨雲になったように見えて私は目をこする。コーダはコーダのまま変わってなかった。

「…?」

「ああ、ちょっとしんみりしちゃったな。この話はここまでにしてもいいか?他の話にしたい。」

「うん、いいよ。コーダの話は全部面白いから!」

「それはよかった。さて、これは先週知った話なんだけど…」

「……すぅ…すぅ…。」

あれから三時間。俺が話しているうちに疲れたのか、オーちゃんは眠ってしまった。

「おやすみオーちゃん、いい夢を。…さて、」

すやすやと眠る彼女に毛布を掛けて、俺は病室の外で待ち構えていた奴に声をかける。…オーちゃんを起こさないように、なるべく小さな声で。

「あんたさっきからずっとそこにいるよな?あの子の保護者…でもないんだろ?何者だ?」

声をかけながら、ナースコールのボタンに手をかける。俺がそいつに気づいたのは二時間前だった。それからずっと動かずにいたのだから、怪しさは半端ない。…もし悪い奴だったら、ナースコールで助けを…そう考えていた時。

「あぁ、悪い。警戒させるつもりはなかったんだが…」

聞き覚えのある声で話しながら姿を現したそいつは…俺のよく知る奴と瓜二つの姿をしていた。

「おま、え…!?」

「よっ、久しぶりだな口田。」

「小田牧…なのか…?」

「おいおい、他の誰に見えてるんだよ。もしかして、俺の正体が世界一のイケメンだったことがバレて…」

「いや、それはないな。」

「おい!」

懐かしいやり取りにおもわず笑いがこみあげてくる。こいつはあの頃と変わらない、俺が知ってる小田牧だ。

「なぁ、今までどこ行ってたんだよ。こっちは必死でお前の事探してたんだぞ?」

「いやぁちょっと異世界を救いにな。」

「ハハッ、何だよそれ。またライトノベルの話か?」

オーちゃんを起こしたらまずいと、俺の提案で人気のない待合スペースに移動して他愛ない話を続ける。

「……へーぇ、それじゃそっちの食事はすごかったんだな?」

「ああ、毎日豪勢な貴族の食事でさ。もう庶民の料理は食えねぇかな~」

「ハハッ。毎食カップ麺で済ませてたやつがそんなふうに言えるとか、どんな料理だったんだ?」

「それは──」

小田牧のおかしな冗談から始まり、会話はどんどん弾んでいく。

だが、それに比例するようにおかしなところも感じていた。

今までどこにいたのか、何をしていたのか、なんで連絡をくれなかったのか。

ずっと聞きたかった質問を会話の中に混ぜて聞いていくが…異世界だったからとか、世界を救ってたからとか、ほとんどが冗談話で流されていく。

こっちに戻ってこないか?とかいつ戻ってくるんだ?とかの質問に至っては冗談すら挟まずに無理だときっぱり断られた。

これでは埒が明かないから、話題を変えてこっちの近況を話すことにした。

学校では化け物が街の上を飛び回ったことのうわさで持ち切りだという事。更新の止まったブログにいまだにコメントの書き込みがあること。最後に教室で別れた時から随分印象の変わってしまった友人に対する不安を振り切るように、いろんな事を話していたら…6時の時報が鳴ってハッとする。

既に帰る予定だった時間を大幅に過ぎていた。遅くなると連絡を入れたとはいえ、そろそろ帰らないと姉に心配されるだろう。残念ながらタイムアップだ。

「やべっ、もうこんな時間か!…俺はそろそろ帰るけど、小田牧はこれからどうすんだ?用事がないなら一緒にコンビニとか寄って…」

「いや、まだここに用事があるからな。それ済ませてから帰るわ。」

帰り際の短い会話。そのやり取りが俺をこの場所に引き留める。

「…そうか。じゃあ最後に聞かせてくれよ。」

ずっと、話していて不安だった。

はじめはこいつが一か月で変わったんだと思っていた。

けど違う。話していて解った。こいつは小田牧じゃない気がするんだ。正体は分からないが、それを確かめないことにはまだ退けない。

「…お前は、誰なんだ?」

逸る気持ちが、そのまま言葉に出てしまう。

「誰って…俺は小田牧だぜ?」

「違う。…お前は変わらなさすぎる。一か月で何があったのかは分からないが…あいつが行方不明になった日と服装が変わってない。何より…“どうしてお前の顔は良く見えるんだ”?その顔は、俺の知ってるやつの顔じゃない。」

「何?…なるほど。その目、お前異能力者だな?」

その言葉で一つの疑問が二つの確信に変わる。

…こいつは小田牧じゃない。

“あっち側”の、輩だ。

「あーあー、そうならこんなちゃちな真似しなくてもよかったじゃねぇか。俺はあの小娘を回収しに来たんだ。こっちに渡してくんないか?…そいつ、懸賞金かけられてるの知ってるだろ?渡してくれたら報酬分けてやるからさ、な?」

「…それはだめだ。というか俺は向こう側の事情なんて殆ど知らないし、知っていてもお前にはオーちゃんを渡せない。渡したらいけないんだ。お前はそういう色をしている。」

男の口から出てくる言葉は赤色の煙となって俺の視界に入る。

あれは欲望の色だ。懸賞金の話といい、こいつは今金のことしか頭にないらしい。…そんなやつに、オーちゃんを渡すわけにはいかない。

「けっ、読心系の異能かよ。これは実力行使に出るしかな……うぉ!?」

「心読まれてるって知ったんなら、まず相手の動きを警戒しろ…よっ!」

大まかな異能の力がバレた以上、俺にできることは先手必勝しかない。相手の胸ぐらを掴み、背負い投げで壁に投げつける。叩きつけられたそいつが起き上がる前に近くの台を倒し、花瓶を相手の顔に落とす。

「ぐわっ、ぷ!?やべっ、水だけはダメなんだよ俺は!」

悲鳴を上げる相手には目もくれず、俺は一目散にオーちゃんの病室へと向かう。

あいつの狙いはあの子だ。危険がおよぶ前に、ナースコールで助けを呼ぶしかない!角を曲がり、もう少しで病室というところで…俺の目の前に大鎌のような脚が突き立てられて、ゆく手を阻まれる。背後に目をやれば、絵の具が滲んだように顔の崩れた小田牧を首にしたような、おぞましい蜘蛛のような異形が立っていた。

「くそがぁ…俺の顔に水垢ができたらどうすんだよぉ!いやダメだ、もう生かしておけねぇ…今ここでその首切り裂いてやらァ!」

怪物が腕を大きな爪に変化させて襲い掛かってくる。前は大鎌のような脚で行く手を塞がれて避けようがない。…もうダメか、そう思った時。

「どりゃああああ!!!」

廊下の壁側から声が聞こえ、そこから現れた何者かが化け物を蹴り飛ばす。

蹴り飛ばされた化け物は窓側の壁に空いた穴へと飛ばされ、跳び蹴りを繰り出した者…縁日で子供がつけるような安い仮面をつけた男が、俺に手を差し伸べる。

「大丈夫か口田!」

その声は、聞き馴染んだ友人の声だった。

「…小田牧…!?」

「…な、何言ってんだ?見てみろ、俺は正義のマスクマンだ。見ろこのマスク、オダマキなんてやつとは似ても似つかないだろ。」

動揺したのか、仮面の男はとっさにポーズをとりながらごまかそうとする。しかし仮面の口元からこぼれている、どす黒い中に白が垣間見える独特な煙は…こいつが小田牧だと証明するには十分すぎる証拠だった。

「…お前、ちょっと嘘がへたくそになったな。」

「何だと!?」

「ははっ…でも今度は本物みたいだ。」

差し伸べられた手を取り、立ち上がる。再会できた喜びを分かち合おうと思ったが、穴の向こうからさっきの偽小田牧がうめき声をあげているのが聞こえる。怨嗟の混じった強い怒りを感じる声だ。

…ここは三階のはずなんだが。あんな勢いよく蹴飛ばされてもう這い上がってきたようだ。

「うわ、あの鏡野郎まだ動くのかよ。割といいの入った自信あったんだけど」

「…めちゃくちゃ怒ってるみたいだぞ。どうすんだよアレ」

穴から顔を出した異形は、頭が巨大な鏡に変貌していた。

鏡には俺たちが写り、崩れながら笑い、こっちを見つめながら手招きしては『おいで、おいで、おいで…』とはらわたを引きずりこまれるような声で誘ってくる。どうやら、これがあいつの本性らしい。体のほうもボコボコと膨れ上がり、大きさを増した異形が頭部をこちらに向けてくる。

「お、おい…これヤバいんじゃないか…?」

「あー…こりゃ最後の手段使うしかないな。知古名さん!」

「わかってるわよ!」

小田牧が突撃してきた方向から、今度は年端も行かない見た目の少女が飛び込んできた。片手には光をそのまま槍の形にしたような武器を構え、勢いのままそれを鏡の異形に突き刺した。金属同士のぶつかったような甲高い音が響いて、異形は大きくのけ反った。

「ひゅーっ!さっすが知古名さん、暴力に迷いがない!」

「これは暴力じゃなくて弱者を守るための力よ!だいたいあなた、最後の手段が他人頼りなんて……っ!?」

囃したてる小田牧を叱っていた少女が何かを察知し、その場から飛びのく。

すると次の瞬間、彼女が立っていた場所に無数の光の槍が突き刺さっていた。その槍は先ほど少女が使っていたものと全く同じ形状をしており、状況からしてこれが怪物の異能であることが推察できる。

「オぉ…おおおオおおおぁぁああア!?かカ、カタちガ保テなイいィぃぃぃぃィイ!旦那ァ、ハ、早ク次のクスリをヲおォォォ…!」

「これは…反射の異能かしら?だけど一本に対してこの数…例の薬で無理やり強化されているみたいね。これは“当たり”よ、小田牧。」

反射の異能…小田牧に成りすませたのもその異能の力なのだろう。大方、俺の記憶にある小田牧を映し出して利用したに違いない。まったく趣味の悪い異能だ。

「…知古名さん、これ使う槍の種類間違えたんじゃないですか?」

「いいえ、魔白の槍が弾かれたのは槍が刺さる前に反射されたからだわ。」

「まぁじかー…知古名さんでダメならこれ無理ゲーじゃないんすか?」

「技を一つ防がれたぐらいで弱気にならない!まずはあの鏡をどうにかするわよ!」

ぼやいている小田牧だが、その目は全く諦めていない。

…前のあいつならどんなに小さな困難でもぶつかったらすぐに逃げ出していたはずなのに。この一か月で何があったかはわからないが、背中が前よりも遥かにたくましく感じる。

「…うっし、いいこと思いついた!口田、悪いが暴れんなよ?」

友人の成長を見てしみじみしていたら、突然その当人に担がれてしまう。非力だった頃からは信じられないほど軽々と担がれて、俺は驚いた声を上げた。

「うおっ!?小田牧お前、力まで強くなってるのか!?」

「俺に秘策がある、二人共ついてこい!」

「それ本当なんでしょうね!?あなた嘘ばっかりつくから信用無いのだけれど!」

「ついて行くってか担がれてるんだが!ちょ、おろせ!」

小田牧が俺を担ぎながら駆けていき、少女は化け物の反撃を受けないように足止めをしながら俺たちの後についていく。

「ママま、まァてェェぇぇェエエええ!おま、お前ラ殺せバ、マた旦那からクスリもらエルぅぅぅぅ!」

「お前らが言う薬ってやつのせいかは知らないが、完全に狂乱状態だなあいつ…っていうか、止まれ小田牧!そっちの方向はオーちゃんの…!」

化け物に追われる中、俺たちが向かっている先は…なんとオーちゃんの病室だ。

もし俺たちがこれ以上後退すれば、病室で眠っているあの子に被害が及びかねない。依然のアイツならまだしも、今の小田牧は俺にとって未知数だ。先ほど秘策といった小田牧の言葉に、最悪の考えが頭をよぎる。

「お前、まさかあの子を利用するつもりじゃ…!」

「ちげーよ!奥に使われてないのが一つあったろ!それにオーちゃんって子の部屋はカモフラージュしてあるから心配ねーよ。」

「カモフラージュ…?」

そうこうしているうちにオーちゃんの病室を通り過ぎた。…いや、俺の目にはそう見えているが、扉は薄い幕に覆われているようだった。おそらく化け物には壁と同じように見えているのだろう。その幕は常人なら観測すらできない代物で作られているのを俺は知っている。

「あれはファンタジウム…!小田牧、お前なんでアレぅおおおっ!?」

「ちょっと、小田牧!?私を置いてどういうつもり!?」

小田牧は病室に入り込み、勢いよく扉を閉じた。急停止した反動で俺はベッドに投げ出される。女の子は扉の向こうに取り残されたようで、怪物とやりあっているのかどったんばったんと物音が聞こえる。

「どわっぷ!小田牧、もう少し良い下ろし方あったろ!」

「わりぃ、急いでるからな。…こいつが秘策だ。これであいつの鏡を割る。起動はお前に任せるぜ口田。」

ベッドから立った俺に何かのリモコンが投げられる。受け取った俺は、天井にぶら下がるそれを見て驚愕しつつもあいつのやりたいことがはっきりと分かった。

「これって…!」

「きゃん!…もう、やってくれたわね…!」

小田牧と口田が立てこもって数十秒後。扉が壊され、少し服がボロボロになった知古名が転がってくる。幸い怪我はないらしく、すぐに立ち上がった。

「コロス…生カして返さネェ…!」

程なくして、狂乱状態の化け物が侵入してくる。

病室はカーテンが閉められているため暗く、化け物はここに逃げ込んだであろう標的を探しているのかキョロキョロとしている。

「…今だ!知古名さん、目を隠して!」

「えっ!?何何!?」

ベッドの下に隠れていた口田がリモコンを押し、天井の巨大電球…小田牧がファンタジウムで用意したそれを発光させて屋内を明るく照らす。突然の強烈な光が病室内を包み込む中、口田は少女の名前をとっさに叫んでいたが…どうやら間に合ったらしい。知古名はとっさに片腕で目を覆っている。

「グぅ!?ソ、そこかァ!」

化け物は光を攻撃と誤認して反射するが…当然それに殺傷能力はなく、部屋中をまばゆい光が飛び交うだけだ。

そして口田と小田牧は、小田牧が電球同様に用意したサングラスを掛けているため光の影響を受けていない。

「小田牧、ほんとにこれであいつを倒せるのかよ!?」

「まぁ見てなって。知古名さん、これ!」

「これ…サングラス?まったく、こういうのは先に渡しておくものでしょ!」

化け物が光に気を取られているうちにサングラスを掛けた知古名がスライディングで懐に潜り込み、脚部を足払いして化け物の態勢を崩す。

「おアァ!?前がみミ、見えねぇぇえぇッ!」

化け物は電球の閃光を反射し続けており、何が起こった理解できていない。

「お前、鏡そのものが顔だから反射する時は対象を見ていないと写せないんだろ!閃光を反射しようと見ちゃったらそりゃあ他に何も見えなくなるよなぁ!」

そこにすかさず小田牧が飛び上がってかかと落としを決め、攻撃された鏡に亀裂が走る。

「そのままじゃ苦しいだろ?今楽にしてやるよ。これでもくらい…やがれ!」

そう言って小田牧が振り下ろしたのはバールのようなもの。それをもろに食らった鏡面はヒビが広がり、化け物が悲鳴を上げる。

「アギャッ!?お、俺の顔ガぁアあああ!?」

「知古名さん!」

「せやぁぁぁぁ!」

そして中央の特にひどく割れた個所を狙って少女が蹴りこみ、鏡は完全に破壊される。

するとその割れた部分からどす黒いモヤが溢れ出してきた。

「アガがっ…ダ、旦那に貰った力ガッ…!おねが、もうやめっ」

魔白の槍(ましらのやり)】!」

命乞いをする化け物に対して無慈悲にも放たれた光の槍がモヤをかき消し、割れた鏡面の隙間を縫って化け物の体に深々と突き刺さる。

「ギャアああアあアあああああ!!!!!!」

その槍を鏡面同士が乱反射して、槍が現れては化け物に刺さってを繰り返していく。

鏡の化け物は自身の力で増えた槍に体を内側から貫かれ、やがてのけぞりながら倒れた。すると異形の姿は消えてしまい…あとには割れた手鏡がぽつんと残されていた

「ふぅ~疲れた~。知古名さん知古名さん、今回は何ポイントですかね?」

「敵の特性を見抜いたうえでの作戦立案と遂行、中々よかったわ。100ポイントよ」

「いえーい!」

「でも一般人を巻き込んだ挙句貴重な貸し道具を破損。ついでに病院の器物損壊。よって95ポイント差し引いて今日は5ポイント!」

「はぁー!?」

一瞬で笑顔が怒りの表情へ変化し、そんな顔のまま小田牧が抗議する。

「この貸し道具は試用段階だからどんどん酷使してくれって空想技術開発室から言われてましたよね!?」

「逆よ!一つしかないサンプルだから丁寧に扱ってくれって話だったじゃない!」

「私情だ!横暴だ!不当処罰反対!」

「全て正当な判断よ!」

二人の口喧嘩が瞬く間にヒートアップし、お互いにぎゃんぎゃんと喚き散らす事態になる。

「ちょちょちょ、二人ともそんなに騒いだら…!」

近くでオーちゃんが寝ているのも忘れているようで、慌てて二人の仲裁に入ろうとするが…

「…コーダ…その人たち、誰…?」

しかしすでに遅く、オーちゃんの目が覚めてしまった。破壊された入り口の前に立って、ぼんやりした目で口田を見ている。

「ああほら、起きちゃったじゃないか…。オーちゃん、この人たちは僕の…」

まだ状況が分かっていない様子のオーちゃんに口田が説明をしようとしたその時、割って入るように知古名が口を開いた。

「…ちょうどよかったわ。姫を連れて早めにここを離れましょう。」

知古名はオーちゃんのことを姫と呼び、彼女の小さな体を抱え上げる。そして口田の方を向くと、一枚の紙を取り出して突きつけた。そこには逮捕状と書かれ、被疑者の氏名欄には口田健人と書かれていた。

「もちろんあなたも一緒に来てもらうわ、口田健人さん。あなたには幻想種族の誘拐容疑がかかっているの。そこの少女…狼族長老の孫娘と共に、私たちの部署に任意同行してもらうわよ!」

「…へっ?」

突きつけられた書状の内容を目にした口田はフリーズしてしまい、そのままへたり込んでしまう。

「コーダが、悪い人…?」

彼の耳には、おうかの困惑した声がやけに遠くに聞こえていた。


どうも、戸夢 苫戸(とむ・とまとです。長い小説でしたが、いかがだったでしょうか。

私は最後まで「ここがおかしい」「これどういうこと?」なんて言われたらどうしようなんて怯えながら仕上げの筆を執っていましたが、もし本当にそんなところがあっても突っ込まず、この世界ではそういうものなんだって気持ちでそっとしておいてもらえると助かります(笑)。

実は此処とは別のサイトにアップしたりもしていたのですが、今回投稿する際に話の流れや一部の設定を大きく変えてしまっているので、もしたまたま見つけてしまった方は別の作品だと思ってそちらも楽しんでみてください。

せっかく書いたのに誰にも見てもらえず終わるのはしのびないので。

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