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雷獣遊楽5

10

 さてどうしたものか。こんなものを見つけて。

『僕はここへきて後悔している。この建物は呪われている呻きが僕には聞こえる。……雷獣の噂は本当かも知れない』こんな風に置き手紙まで残されると、見方を改めなくてはならなくなる。


 実際問題、私は魑魅魍魎、妖怪の類を真剣に受け入れることはない。深夜徘徊程度で人が物怪にあって怪我を負わされたり、酷い場合に殺されたりなんてことがあるなら、私はとっくのとうに死んでいるだろう。呪い殺されているだろう。けれど、私は生きている。それこそが絶対的な信用に足る全てだった。それが全てで、だからこそ今、困惑を覚え始めている。それが揺らぎつつある、この空間に広がる雰囲気がそれを作り出している。


 人がちゃんと出入りしているはずの建物であるのにこの置き手紙が見つからなかったのは、ここらの置物に埃が積もっているのは、フェンスの異様な守りのそれは、疑問は呈するほどに不可思議へと変化する。そして理解できないものは不安へと変容する。不可思議な人間は存在する。主観だが、人はそれくらい不平等に出来ていて、持つものと持たざるものは別の生き物と呼んでもおかしくない場合もある。東洲斎家人がそうであるように、私の親がそうでなかったように。


 だがしかし、不可思議な出来事と言うものはいかようなものでも人が関しないことは無かった。この世の不可思議は全て人が作り上げていると思っていい。心霊映像も神話も伝承も、全ては人の創作なのだ。だから、怯える必要は無いはずだ。


 ゆっくりと私は足を進める。気持ちばかりがどんどんと進行するが、思いのほか体はいう事を聞いてはいなかった。暗闇は私の足を引っ張り、緑の蛍光ランプは私を逃がしてはくれないように一定の感覚で見つめてくる。


休憩室、事務室、お手洗い、食堂。この建物の大方を回ったところでこの建物というのが発電所の中で、いわゆる発電所ではないことがうっすらと見えてきた。外の真っ暗の中を進んできたから私は気づかなかったが、この建物にはおよそ続きがあって、流れて来た水を利用して発電し、それをどうこうとするのはこの建物ではないらしい。まぁ、これは願ったり叶ったりで、特に学術的な知見で物事を述べることが出来るような私ではない。発電所のコアのような地点に行ったとしても何も分かりはしないだろう。それならば、こうやって事務所の資料を当たる方が早い。


 そうやって理屈をこねて不法侵入と暗闇の不安をなじませ緩やかにする。


 もちろん、私はここの職員でもなければ関係者でもないので、ここに煌々と光りっぱなしになっているモニターを見ながらパソコンを操作したところでこの当たり前のロックを外すことは叶わない。ハッキングは出来ない、ピッキングは出来ても。それとクッキングも出来ない。そうとなれば仕方ない、ピッキングが出来るというのならピッキングを生かしていくしかない。建御電力がいかに大企業だといっても、ここは本社ではないどころか都市部にもない、途轍もなく、途方もなく山の奥地だ。奥地に存在する寂れた事務所だ。およそ全てをデータ管理しているはずはない、紙の現物で資料として残しているはずだ。


 そういった算段のもと私は事務所内をうろうろする。それっぽいガラス棚が何台かある。それをピッキングする。全体のカギを仕舞いこんだカギボックスがあるのだろうけれどそちらの方は見つけることが出来なかった。こじ開けるものは少なければいいのだけれど、無いのならば仕方ない。粛々と開けれるカギを開けよう。


 ガチャっと音がして、棚が開く。中にはファイルがぎっしりと詰まっており、どれから見るべきなのか悩む。ここで思ったが、私としたことが見るべきファイルというものに基準を設けていなかったことに気が付く。こんなことをしていたら開ける棚が増えてさっき自分で言い抜かしていたことに反する行いをすることになる。


 見る基準か。つまり関わっている資料ってことになるけれど、関わっていない資料を除いたものということになる。


 改めて、この土地にある雷獣の噂を私は調べている。明らかにきな臭い雷獣の噂を、存在しないはずの雷獣の噂を。とすれば私が見るべきはこの建物の変遷、つまりは出来た経緯というかその流れと言うのか、はたまたその前のこの土地の歴史というものが関わる資料と言うことになる。


 資料を見回る中で私は一つの部分を見つけた。この会社、本社を長野県に置く建御電力の社内誌というやつである。この本のページを繰って行けばおよそこの北海道にある発電所の開発経緯に到達するはずである。当たりがそこにあるかは分からないが私は読み漁る。そこに希望を見出して。


11

「私も月が好きだ」


「どうして?」


「月は平等に降り注ぐ。そして何より太陽と違って熱を強要しない。太陽の光を反射しているというのにね」


「涼しいのが好きなんすか?」

 カエラは直線的になんでも質問をする子供だった。はっきりとなんでも疑問を持てば追求するような子供だった。だからこそ私にとっては上手く距離を置きながら仲良くすることが出来なかった。そうしなければいけないはずだったのだが。

「涼しいのが好きなんすか?」


「はは、そうかもな。そうなのかも知れない。だからこうやって夜風を浴びているのかも知れない」私は煙草を一吹きする。


「大人なのに色んなことを知らないんすね」


「大人の方が知らないことが多いよ」


「大人なのに?」


「大人なのにだ」


「どうしてっす?」


「どうしてか。うむ……」私は考える。子供の直線的な視線をもろに当てられながら、カエラというこの一人と向き合うことに思考する。


「ねぇ、どうして?」



ジリリリリリリリリリリリリ、ジリリリリリリリリリリリリ。

「はい、旅館白雪です。はい、はい」

 女将はエントランスにある黒電話のなったのを確認するとさっとそこへ向かう。


「東洲斎さん、どうぞ」

 女将はそう言って私に黒電話の電話口をこちらに渡す。私は困惑しながらも、それを受け取る。


「もしもし」


「もしもし」

幾度となく会話を交わした声がそこからは流れ出る、カエラだった。


「家人さん、どうしてなんすかね?」


「どうして、私はここで泣いているんでしょう」

カエラは泣いていた。電話口で、どうしようも無いといった風にぽろぽろと涙を流しているようだった。


「私は頭では上手く言葉に出来ないんす、それに上手くこの情報たちをつなぎ合わせることが出来ないす」

「家人さん、ねぇ、どうしてなんすか?」



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