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雷獣遊楽1

〜雷獣遊楽〜


 19世紀、ある村の男が夜闇の中を走っていた。

 雷が降る、雷獣が、雷獣が迫ってくる。男の目の中には異様なまでの光の明滅が散乱し、意識は飛び散る火花のように現れては消える。雷獣が雷獣が。

 走り回った末に、男の額には大粒の雨がさらに容赦なく降りしきる。ばちばちと打ち付ける雨粒に男には弾丸でも捩り込まれるような感覚を受け取る。

 もう男の戻るべき場所はそこには無い。微かな記憶を頼りに男はある場所へと向かう。村の人々は雷に当てられた。雷獣は人を狂わせる。気が違わされ、脳を焼く。

 あぁ、あぁ、俺も脳が焼かれている。雷がそばに降り注ぐ。雨が肉体を突き破る。

 男は雨の中、薄汚れた手で雨に視界を歪まされるのを振り払うように目を擦る。コンクリート塀と金網の壁。中には雷の、雷の。

 

 あれは、あれは、そうなんだな。雷獣の雷にはとうきびが必要だ。とうきびは雷の気の違いを癒し、雷獣の好物でもあるそれは雷獣の気をも沈める。

 男は視界の中にとうきびを確認する。足を手を、地面の土を蹴飛ばすように走る様はまざまざ獣を思わせる。

 男はそれを両の手に持つようにして齧り付く。気の違いを鎮める為に、確かな正しさを己の脳に引き戻す為に。

 同時、男は灼熱を感じる。肉体の中のさらに内から溢れるような熱が。ひたすら熱に脅かされる肉体は脚、腕を物のように動かすことさえ許さない。男は地面に伏す。


 雷獣が、雷獣が。俺の地を犯す、雷獣が。男の頬には雨が容赦なく落ちる。青白い稲妻がまた一本男の死に呼応するように地面に突き刺さった。


1

 東洲斎とうしゅうさい家人かじんは女探偵である。謎解きをする女探偵であり、旅をする女探偵である。彼女はいつもふらっと家を出て行くと、私を引き連れて、種々様々色んな所へ赴くのです。山もあれば、海もあり、街もあれば、川もある。まぁ、切りなしにどこでも行くような彼女でありますけれど、だからと言って幽霊、地縛霊、浮遊霊、そう言った類のものではございません。そんなことを言えば彼女からまた冷ややかに見られかねません。彼女はオカルト好きですが、彼女自体がそれ自体だという事はありません。彼女には肉もあれば、毛もあり、骸もあれば、皮もあるのです。そう、ただの人間なのです。探偵になるべくしてなった探偵なのです。そう言った意味では幽霊、亡霊と何ら出来のほどは差異は無いのかもしれません。さて、今回の遊楽、彼女はどう紐解くのか、私としてはこれが最後の同行する遊楽。うまく行けば幸いです。それではここまで私が説明しました。え?私?私はと言えば、ただの付き人です、ただの東洲斎家人の女付き人です。名はカエラと申します。



 場所は北海道、ある山の中腹。季節は秋に差し掛かるところ。

 私の前で山道を登る彼女の後ろ姿には疲れというものがあまり見えない。坂道に対して息が上がっていないとか、余裕そうな表情をしているとか、そう言った類のものでもない。平路を歩くようにただ普段然としているばかりなのだ。


 私はと言えば、喉はゼーゼーと音を立てて、白い息を吐き出し、無音であれど足は悲鳴をあげていた。運動不足ってわけでも無いはずだけれど、クライミングに精通しているって程高所難所に挑戦してきている訳でもない。同じ女性のはずであるのにどうも差がある。備えの違いをひしひし感じる。


 登山中のこの山は250m程の低山である。が道程が楽だというわけでは無い。一応、整備がされた細道を巡り巡って通るとその距離は数キロに及ぶ。目的地は山頂付近に存在するため、そこに至るには数キロの山道を登ることになる。もちろん、全てを二本の足で登ろうってわけでも無く、山道途中まで続くバス停まではエンジンの力をかけてゆらゆらやって来た。麓、バス停の終着点、目的地、この3点を行く順路で私達はバス停と目的地の間の坂道を今、登っている。しかし、一本の乗り過ごしでも予定は総崩れであるが、彼女に限ってそんなミスは無かった。今後、先にもそれは無い。

 いや何、ただの直感ですけれど。


「まだ着かないんすか、家人さん」

私の言葉に彼女は少しばかり顔を傾ける。重たそうなコートを身に纏うているのにその動きは軽やかだ。厚い薄暗い雲間から放射する光をメガネが跳ね返して眼光は見て取れず。


「もう少しだよ、カエラ。一直線に進みさえすれば良いだけさ、頑張りたまえ」

 低く綺麗な声で彼女は答えた。私はその言葉に返答こそしなかったが、受けて顔を下に向ける。

 朝までは近くのホテルの一室に広々と寝転んでいたのに、昼まではバス内で近郊都市のビル群をを一望、快適に過ごしていたのに。今は歩いている。秋と冬の間くらいの山道を、気候を私は歩いている。切れ切れの喉をさらに酷使しながら、流れない汗を拭いつつ、歩く。


 秋風は体を撫でるように後ろに流れて行くばかりで、ちょっかいをかける向かい風の形を止めようとはしない。我が身を守るシナモン色のコートの袖口をぎゅっと掴む。指は少しばかり冷えている。


ようやくだよ、カエラ。到着した」

 彼女の声に私は歓喜した。先程まで棒のようになっていた足が嘘のように、飛ぶように、彼女の隣まで踊り走る。

 眼前、ようやっと、私はその少しの広場に辿り着いた。広場に一つ建物。広場には季節によってかすさびが流れるが、中央に建つ黒々しい建物は綺麗で丁寧な塗装が見える。壁面からは生き生きとした強い生命感が流れる。見かけにはそう感じた。


「あれが『白雪』ですか?」

 私は期待大にしてそう質問する。彼女だってもちろん、初めてここへ辿り着いた。だから、それがその建物だと知る由も無かったはずだ。しかし、私がそれを目的地であると自然と認識したように彼女も受け入れたようだった。


「そう、あれだね。あれが旅館『白雪』で間違いないのだろう」

東洲斎家人は微笑んだ。


2

 私はとっとっとっと先程までの遅々とした動きを忘れるようにその建物へと駆け出す。後ろからは東洲斎家人がその後をゆっくりと追いかけて歩いてきているのが感じられる。私は安心して進む。黒い旅館のガラスがめ込まれた引き戸に近づく。


「ようよう、いらっしゃいました」

すっと意識の隙間を縫うように声がかけられる。建物の影にも、広場のうちにも彼女のような大人の女性が隠れる場所は無かったかのように思われたが、彼女は存在を突如として現す。黒い着物の優美さを体現したような女性。20歳手前の私からするとその姿はまるで絵本の中のお姫様のような美麗を備えていた。袖口から伸びる白魚のような腕が体の前で組まれ、ペコリと私に頭を下げた。


「………………」

あ、綺麗だな。ふと、私は思った。同じ女性として、考える事が山程巡ったし、その見る箇所の色々を、全てハードルをいとも簡単に超えていく。そのような余計な事を考えていたので、彼女の行動が私には瞬時に理解できなかった。それほどまでに綺麗に感じた。


「こんにちは、あなたはここの女将で良いのかな?」

ぼーっと私がしている間に家人は私に追いついてきていたらしく、後ろに立って言葉を返す。


「はい、私はここの女将、不知雪しらゆき朝餉あさげと申します」

黒い着物の女性はまたぺこりと頭を下げる。その動きに今度は私もぺこりと頭を下げる。


「改めて、ようよう、いらっしゃいました。こんな山地の奥の奥、旅館『白雪』のところまで」

女将の唇は紅が塗られ、肌の白と反復して、色味を強調する。言葉の端に紅が揺れる。



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