7.前線を守るアブストリー
「くそ!」
辺りが薄暗くなる頃、砦に気付かれないように周りに展開されたマレットス兵の中の一人、俺は悪態を吐いた。
俺が見上げている、このキャプリシア砦は、王城と変わらない大きな塀を持っている。最前線を維持する砦なだけはあり、その頑丈そうな外壁は易々と破壊できるものではない。
千人以上が中で暮らしていけると言われているこの砦は、そこにあるだけで周囲を圧倒するほどの存在を醸し出していた。
「一週間前までは俺達の砦のはずだったんだけどな」
「あのクルセンがここまでやってくるとは、誰も予想がつきませんよ」
「それを的中させ、カウンターを行ってくださったケイ様がいらっしゃらない。我々はどうすれば」
多人数で襲い掛かっても隙がなく、圧倒的な剣技を誇る狼獣人の将軍クルセン。
能力や強さだけを考えれば、俺が敵うような相手ではない。まともに戦って生き残れる気がしない。
腰元の剣に手を添える。
いけるか?
何十人もの犠牲を出すことになる。
作戦開始に合図はない。遠方の丘にある天幕を一度見る。
盛り上がり続ける戦況とは裏腹に、戦場であるこの砦付近の士気は低めであった。
攻城戦とあって戦闘期間は数か月は見込まれる。相手方に比べて、自陣の人数は少ない。
出来ることと言えば、いつ攻めてくるのか警戒させ続けて、兵糧を攻めるか、集中力を低下させるかの二択。
本格的な砦攻めは数か月先になるだろう。
散発的な攻撃する方法もあるだろうが、相手は数万の兵がいる。砦内に何人いるか分からないが、見張りの目は数で何とかなるし、堅牢な城壁が力を合わせればより堅固となる。
城砦の規模は分かっている。構造も配置も分かっている。
この位置からでも、相手が見える。魔法兵や弓兵が、こちらの土地を見張っている。
この土地は平野だ。ほとんど物影がないため、虱潰しに草木を燃やしてしまえばひとたまりもない。
僅かな草木と荒れ地。南には川がある。
少し風に煽られる髪を抑えながら砦を見る。
「魔法には注意しなければなりませんね」
「気配を気取られてた瞬間に終わりだ。クロスボウにも気を付けろよ」
「はい」
魔法の威力は込める魔力の量によって決まる。ここの砦の壁は分厚く、奥行きがあるため、生半可な魔法では勘づかれて終わりだ。
迂闊に近づいてしまえば矢の雨を降らされ、遠方から魔力を込めるのに時間をかければ狙撃されてしまう。
剣に添えている手が震える。
それでも俺は領主だ。ガンドスとの隣接地であるため、戦争での活躍を見込まれて選ばれている。
勝てない。しかし、負けない。
それが俺の役目だ。援軍が来るまで持ち堪える。剣を持つ手を落ち着かせ、もう一度砦を見る。
「あ」
見られた。いや、最初から気付かれていたような動きだ。居るのが分かっていて泳がせていたということだろう。
こちらが気付いた時にはもう遅い。クロスボウの大きな矢が迫ってきており、俺は躱そうという動作の起こりまでしか行動できなかった。
俺の右眼を矢が穿つ。矢の勢いに体が回転し、叢に入った。ここまでの精密射撃をしてくれるとなると、本当に迂闊に出られない。犠牲が想定の二、三倍では済まないだろう。
「領主様」
「大丈夫だ、安心しろ。これは眼のような器官があって目ではない」
「本当ですか?」
「俺は植物人種だから平気だ」
部下を宥めながら、上体を起こす。雑に矢を抜くと、そこに細かな蔓を集めていった。これで目は完成だ。まだ何とかなるか?
しかし、集中砲火されたらどうしようもない。これを繰り返して想定の緊張感を高めさせ続けるしかないのか?
「領主様?」
「分かっている。膠着のままでいるのはいけないということなど」
「いえ、違います」
「ん?」
空気が変わった。陰鬱としたものではなく驚愕。
平野に一人の戦士が走っていたのだ。
「何だ!? 自殺行為だぞ!?」
その女性は目をキラリと光らせたかと思うと、姿を消した。
「な!?」
次の瞬間には砦壁面におり、拳撃の体勢に入っていた。砦側の兵士は大慌てだ。そんな声がここまで聞こえてくる。
「あれは、エル様!?」
「国兵長が帰ってきてくださったのか!」
エル様は拳を解放することなく、砦内へ入っていった。
俺はエル様とお会いしたことがあるが、そんな小回りの利くようなことができていただろうか。
三分後、砦の頂上から平野に向かって、クルセンの首が投げ込まれた。




