5.馬車で移動するケイ
カタンと床が揺れる。それに合わせてインクが跳ねる。黒の線2本で消し、すぐに続きを書き始めた。
「気持ち悪くなるぞ」
「秘密兵器を使っているから大丈夫」
「大麻か。使いすぎるなよ、体壊すぜ」
「分かっているよ~~」
二人の間に楽しげな雰囲気はない。目を合わせることすらしない。
酔いに対応するために大麻を吸う。そもそもがハイの状態であれば気にしなくていい。
今の僕は仕事中。今までのサボりを取り戻すように魔眼を酷使し、筆を走らせ届けている。
「な、なぁ。さっきから使役しているそのモンスターって」
「僕もよく分からないんだけど、フロイドが作ってくれたモンスターだよ。フロイドはこの世にいないモンスターは作れないらしいよ」
「さっきから手紙を運んでいる奴も、この馬車を引いている馬も、私は見たことねぇべ」
「僕もさ」
筆を走らせる。もうかれこれ五時間。手首が痛くなってきた。
「この狐みたいなやつ何? マジで」
「デワジルテゥコンゴロ」
「デワ……何?」
「デワジルテゥコンゴロ。神話級中位。二つ名は伝達の神獣」
「ハッ!? こいつ私と同じランクなのかよ!? 戦争に連れていけねぇの?」
「そういう約束だから」
手紙を宙に投げると、肩に炎を纏い、背中から角を生やした狐が口に銜えた。そのまま飛び、宙に消えた。
「え、消えたんだけど」
「もう届いているはずだよ」
「私達は運べねぇの?」
「生物は無理っぽいけど」
「いいアイデアだと思ったんだけどな」
エルはただ座っているように見えて、準備運動をしている。吸血鬼特有の血流操術によって、すでに体は熱くなっていた。これでもういつでも前線へ行ける状態だ。
「なぁ、この馬も見たことねェけど、こいつもランク」
「こいつはスザトリーブラスト。北方に見られる馬だよ。伝説級中位で、二つ名は氷結の白馬」
「こいつも強ェのかよ。何か脳がバグるな」
エルが氷結の白馬を見ながら額に手を当てて、座席に身を預ける。しかし、その体の大きさを見て、そんなこともあり得るか、と思い直した。
「エルはあんまり考えない方がいいよ」
「そうだな。私は頭を使うのは得意じゃねぇからな」
エルは体を前に倒し、膝に腕を置いて血流操作に集中する。
一つ、ガタンと馬車が揺れる。
この馬車は揺れる回数も揺れる幅も小さい。技術力の高さが窺える。ポルクス家の技術力には劣るが、酔いをあまり感じなくてすんでいる。大麻のおかげでもあるのか?
「……いいのか?」
「何が?」
「ユーヤに告げずに出て来ちまったことだよ」
僕の頭の中にユーヤの顔が思い浮かぶ。
「駄目だろうね。ユーヤ激怒確定さ」
「じゃあ何で」
「巻き込みたくなったからさ。まぁ、どう足掻いても……」
しんみりとした雰囲気になっても、僕は魔眼を作動させ続ける。そろそろ目が痛くなってきた。魔力は大丈夫そうだな。いや、駄目だ。そろそろ酔ってきている。大麻で誤魔化しているだけの状態だ。
「何でそんなに」
「頑張っているかって? お国の為さ。この仕事だってそうだ。僕を拾ってくれた恩を返さないとね」
「……体壊すぞ」
「引き際は弁えているつもりさ」
エルの見えないところで、僕の目から血が流れた。




