1.ボコボコにされるヴァスカンブル
バキッ!
「ブッ!?」
詰まっていた鼻が潰れる。元に戻る時には血塊が噴き出し、血液が垂れ流れた。
血液が止まると、鼻の通りがよくなっていた。
鉄の臭いがする空気を肺いっぱいに溜め込み、足に力を入れる。時間が引き延ばされていく。今の俺様は風だ。
ユーヤの顔面を殴ろうとする。俺様の拳は兄も認める破壊の拳だ。そのむかつく面を歪めてやる。
ユーヤは外側へ回るように避ける。奴の左の掌底が顎下へ添えられた。
掌底が上へ行くのに従って、俺様の体も上がっていく。そして、遂には俺様の体が宙に浮いた。
バランスを取ろうと四肢をジタバタさせようとするが、その前に体を捻られた。
ユーヤが身を屈めて、我が足元に体当たりを仕掛けてきたのだ。
一度天を見ていた顔が地の方を見る。ユーヤの手を顎ではなく我が足を掴んでいた。そのまま体を回され、ユーヤの左手が我が顔面を掴む。
俺様は察しがついた。このまま地面を掴む。
意識をして背尻後頭部に力を込めた。
衝撃が来たのは背中。叩きつけられたのは地面ではなく、奴の膝。タイミングをズラされた。
「ガッ!?」
奴の膝で一度バウンド、更に押し込まれて地面に叩きつけられた。
「うらぁ!?」
肺中の空気が吐き出される。
体は空気を求めている。それでも肺は広がってくれない。
逃れるように体を転がし、立ち上がる。空気が足らず、足が縺れてしまう。
片方の鼻の穴を指で押さえ、思い切り息を吐く。また大量の血が出た。失血のせいで気絶しそうだ。
裂けた額から滴る血が左目に入り、赤く染まる視界を乱暴に拭う。
もうすでに何度地面に打ち倒されて転がったのか覚えていない。唇が切れたのか、口の中が切れたのか、鉄の味が多すぎる。
痛みは感じない。
痛みが強すぎて機能が鈍ってしまっている。しかも脳内分泌物質の効果も上乗せだ。
「もうそろそろ帰ったら?」
俺様の気概に対し、ユーヤは称賛ではなく呆れでもって応じた。
ユーヤは今でも砂埃がついていない。それどころか汗一つ掻かない涼しい顔。ふざけるな。
ユーヤはそれ以上言わない。その目は哀れみ。心を折りに来ている。
傷の疼く頭を振り、声も上げずに吶喊する。射程圏にユーヤが入った瞬間、拳を顎目掛けて振り上げた。
ユーヤは何も言わずに木剣を突き出し、鳩尾を穿たれた。
息が詰まりながら受け身を取り、転がって立ち上がる。
俺様は強さを追い求める種族であるはずなのに、隔絶された実力差が存在している。
攻撃を捌かれ、逆に防御の隙を穿たれ、幾度も地面に倒された。
次の一撃が最後。体がそれを訴えている。次の攻撃で立ち上がれなくなるだろう。
息を吸うだけで肺が痛む。息を吐くのも体が痛い。
体中の力をかき集めて機を待つ。ユーヤの意識に、刹那の隙が生じるのを。その瞬間を。決して見逃さないために。
炸裂する痛みの中、ユーヤの視線が俺様から切れるのを確認した。
「うらぁああああああっ!!」
地を爆発させ、渾身の拳を繰り出す。
「獣」
その一言を残し、ユーヤの姿が消えた。
こういう時の相場は下だ。分かっているし、気配だってある。しかし、体は動かない。
「うら」
ポツリと一言。それを残し、我が顎に木剣が叩き込まれ、意識が、消え……。
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「ハッ!?」
意識が目覚めると同時に体を起こした。
ゴトゴトと地面が揺れている。ここはどこだ?
辺りを見ると、この場所は馬車だった。
「御者。俺様はこの馬車に乗ってどんくらい経った?」
「そうですね。お客さんを乗せて三十分程度ですかね」
「そうか」
俺様は少し不機嫌となりながら、横になった。
どうすればあの野郎を倒せるんだ。
それを考えながら、俺様は眠りについた。




