10.捨て台詞吐かれるユーヤ
「ウェ~~、3発じゃん」
あっさりと終ってしまい、呆気に取られていると、ケイが軽い雰囲気で近づいてきた。
「煽り? それとも称賛?」
余韻のなさに、僕はケイへ威圧を出す。ケイはピタリとその場で止まり、ダラダラと冷や汗を流し始めた。
「しょ、称賛だよ」
「じゃあ、何で、そこで止まったのかな?」
「ハッハッハッ。そんなの決まっているじゃないか」
「ん?」
笑顔を見せ、先を促す。笑顔とは害がないことを示す手段の一つだ。まぁ、今がどんな笑顔になっているのかは分からないが。
「ん? 何だい? 決まっているってのは」
「するんだろ?」
「ん?」
「お仕置きの擽りさ」
「当たり前じゃないか!」
僕が一歩前に出る。ケイは一歩下がった。
一歩出る。一歩下がる。
一歩出る。一歩下がれなかった。
「エ、エェエエエエールーーー⁉ 今は止めてくれ!? 明日! 明日ならいくらでも付き合ってやる! 僕はユーヤに折檻されてしまう! このままだと呼吸困難からの失禁気絶しちゃうよ!?」
「おーおー、そりゃあ大変だな。じゃあ、交渉事だぜ、ケイ」
エルの体にぶつかったケイが早口で説得しようとする。その間、冷や汗は止まることを知らない。
エルはケイの両肩を抑えつけるように、手を置いている。
交渉事か、何だろうな。
「分かった! いいだろう! 奴の名はヴァスカンブル! 見ての通り拳闘士だ! ちょいと力を付けたことで調子に乗り、エルに喧嘩を売ったところ、片手間に返り討ちにあったという過去を持っている!」
「よし、上々。交渉は成立だ。ユーヤから守ってやろう」
「ありがと! エル、大好き!」
エルがケイとの間に立ち塞がった。蓋となっているため、ケイまで辿り着けない。
抜こうと左右にフェイントステップ、手をパーにして掌を見せ、上下に動かす。
エルは鏡写しのように行動を真似し、抜かれない行動をする。
ちょっと前に出ると、エルは腰を落とした。体が左右に揺れている。射程範囲に入った瞬間、組み付いて倒す気だ。近づけない。
「くっそ、仕方ない。諦めてやる。次はないからな」
「はぁ~~~い」
凄く良い返事をしながらケイは手を上げる。その手をそのまま下ろし、全力の謝罪を示した。
「ん、ぐ、かぁ?」
ヴァスカンブルが声を出し、体を動かし始めた。
「ハッ!?」
拳闘士は目を覚ますと同時に体を起こし、辺りの警戒を開始する。
「……そうか。俺様ぁ負けたのか」
しんみりとヴァスカンブルが呟く。
「おぅ、お前は負けたぞ、完膚なきまでにな」
「ぐっ。全部俺様が弱ェのが原因だ。反論の余地もねェ」
ヴァスカンブルは悔しそうに下唇を噛みながら頷いた。言い放った側であるエルは悪びれることなくケイの前で拳闘士を見下ろしている。
「お前のことを覚えていない理由がはっきりと分かったわ。お前、強さが中途半端なんだよな」
「ウラッ⁉」
まさかの一言だったのか、拳闘士は顔を引き攣らせて真っ赤にしている。
「今はまだヴァスカンブルって覚えちゃいるが、明日になったらもう分からんかもしれないからな」
「ウラァ」
かなりショックを受けたのか、拳闘士は静かに首を折ってしまった。
拳闘士の耳が赤くなっている。恥ずかしがっているのか? 体がプルプル震えている。
「くそぉ! こんなに言われんのは初めてだ!」
どうやら怒りだったようだ。
「覚えていろよ! 絶対にテメェを倒してやるかんな!」
拳闘士が勢いよく立ち上がる。そして僕を睨みつけてきた。
「その首洗って待っていやがれ!」
拳闘士は言うだけ言うと走り去ってしまった。
僕は見送りながらゆっくりと手を持ち上げていき、己の首に手を当てる。
「首を洗う。……何でだ? 毎日水浴びをしているつもりなんだけど、臭ったのかな?」
首に当てていた手を嗅いでみる。よく分からん。
「首を洗うってのは慣用句の一つだな」
「かんようく?」
聞き慣れない言葉の説明に聞き慣れない言葉が入ってきた。何一つ分からん。
「慣用句っていうのは例えを用いた独特な言い回しだよ。首を洗うっていうのはガンドス王国生まれの慣用句だね」
「ホゥ」
ケイの説明は分かりやすい。完全に僕が分かることが分かっている説明の仕方だ。
「ガンドスっていうのは闘いが大好きな国でね。自死を命じられた際には身を清めていた歴史があるんだよ。今でも捕まった際は辱められるくらいならって、自分で首やら腹やらを切るんだ。恐ろしいよね」
「何だって自分から死のうとするんだよ。殺されるその時まで抵抗する方がいいだろ」
そこが分からない。なぜ早々に命を諦めてしまうのだろうか。
「価値観の違いだね。僕も良しとは思わないけど、ガンドスではそれを美学として語るんだ」
ケイはあの拳闘士が去った方を見る。
……そういえば、名前何だっけ。




