9.喧嘩するユーヤ
目の前の赤銅色の拳闘士が悩んでいる。エルのことをそんなに奪いたいのか。
正直、僕が口を挟んでいいのかは分からない。それでもエルを奪われたくない。
ならば、やったことが良いことは一つしかないだろう。
「何が何やら僕にはさっぱりだけど、こういう時、決める手段は一つだろう」
「何?」
「喧嘩、戦闘だろ」
「確かにそうだな。じゃあ私のことを賭けて、二人で喧嘩しろや!」
「うぉおおおお!! やってやらぁ!!」
拳闘士が全力でやる気を出す。何か変なオーラとか出てきていそうだ。近づきたくない。
エルが肩をトントンと叩いてきた。
「ユーヤ、全力でやっちゃっていいぞ」
「え?」
「お前が負けたら、私はここからいなくならなくちゃいけなくなるからな」
「……マジかよ」
エルがいなくなってしまうのか。それは随分と淋しくなってしまうな。絶対にそれは避けたい。
僕はかなり独占欲が強いらしい。今更かもしれないが。
「あと、拳闘士は手加減されるのが嫌いだから」
「よし、分かった」
「何を小声で話してやがる! まさか俺様の弱点でも話してんのか!」
「話してねぇよ。まぁ、真の強者なら、それが対策されていても勝てるんだけどね」
「いいぜ! やってやらぁ! 早く来やがれ!」
チョロいな。何だ、この拳闘士。
「エルが去ってしまうのは悲しいし、嫌だし、僕だってやってやるよ」
「アイツ、大迷宮から帰ってきて以降遠慮がなくなってないか?」
エルの声が聞こえたが、答えない。恥ずかしいからだ。
しかし、僕は発言を取り下げる気はない。言わないと伝わんないからな。
というか、ケイのやつ、回復中にもう一戦あるぞ、もう一戦、とか囁いていたが、知っていたな? 後で責めてやろう。体が弱いから擽りでいいか。
ケイがブルリと震えるのが背中で感じ取れた。
僕はクライネから貰った木剣を構えようとする。その直前、拳闘士がダッシュしてきた。
顔面、特に鼻頭を狙った的確な拳。合図などない。この拳闘士はストリートでの戦いに慣れている。
僕は体を後ろに倒れるようにして後退。拳がスレスレで通り過ぎる。拳風で飛ばされなくてよかった。
拳闘士は止まることなく、次の拳を繰り出してくる。僕は体を反らして躱し、バク転をして拳闘士を蹴った。彼は二、三のバク転で距離を取る。
僕は片足で回転して躱す。彼は着地と同時に回転、踵を叩き込もうとしている。それも後ろに跳んで回避。拳闘士の脚が地に着いたと同時に疾走。攻撃の手は止まらない。
僕は足捌きだけで躱していく。あれ、これって。
エルもケイも退屈そうに欠伸したり溜息吐いたり。僕も気を抜くと出してしまいそうだ。ミデリー達もこんな気持ちだったのだろうか。
別にこの男性が弱いわけではない。強さの印象はそこそこ。強いには強いのだが、印象に残らない程度だ。そこそこの速さであるため避けやすい。パワーは類稀なものであるため、当たったら一たまりないだろう。まぁ、当たらなければどうということはない。
直線的な拳も鉤状の拳も足捌きのみで躱せてしまう。蹴りも同じだ。
振り上げられた足の膝に木剣を当てる。それこそ添えるくらい。それだけで拳闘士の骨が折れた。
「あ?」
拳闘士の目が丸くなる。こんな簡単に折れるなんて思わなかったか? 最近ケイに習ったんだ。そんなに力を入れなくても折ることができるってな! 折るじゃなくて外すだったかもしれない。
時を止めた拳闘士の前で僕は木剣を構えた。そして、渾身の突きを拳闘士の腹筋に打ち込む。体が曲がったことで晒された後頭部に一発叩き込んだ。




