8.見つけ出されたユーヤ
僕は今、自宅に向かって歩いている。行きと違うのは、後ろにエルフがいることだ。
このエルフ、名前をクライネと言い、僕にお礼がしたくて付いてきているらしい。
森を抜けると、クライネが少し振り返った。
「淋しいのか?」
「そうですね。私はこの森の中に産まれ、この森の中で育ってきました。この森を出るのはこれが初めてです」
「帰りたければ帰っていいんだぜ」
「……帰りません。まだ、お礼ができておりませんので」
「…………そうか」
僕はその強い信念を受けて、後頭部を掻いて前を向いた。
「行くぞ」
「……はい」
一応声はかける。一応僕に付いて行きたいと言っているし、一度僕は彼女を受け容れている。ここに置いていきたいと思っているわけではない。
僕の後ろ三歩をエルフが歩く。こんなこと、誰が予想できただろうか。僕だってできていない。まぁ、エルフがどんな種族なのか、僕は詳しくないのだが。
堂々と歩く。村まではあと一時間か。
クライネは何も喋らない。正直何か話してほしい。この、絶妙に耐えられない空気をどうにかしてほしい。だが、僕には話のタネがないんだ。
僕は口元をもごもごとさせながら、後ろに気を配る。
頼む、何か話してくれ。
そう思いながら、一時間が経過した。そう、一時間が経過したのだ。一時間が経過したということは、僕の家に着いてしまったということだ。
「……どうしましたか?」
「あ、あぁ、ここが僕の家だ」
「ここが」
クライネが僕の家を見る。
小さな小屋だ。小屋の時点で小さいはずなのに、さらに小さい。その小屋は草の蔓が巻き付いている。
「入らないのですか?」
「あぁ、入るよ。……この家を見て何も思わないのか?」
「……周りのお宅と較べると自然がたくさんありますね」
「あ、そう」
ギギギと脂の足りないドアを開けて中に入る。中は狭く、人が二人生活するのが限界な広さだ。
「……荷物はどこに置きましょう」
「そこらへんに置けよ」
僕はベッドの横に刃の潰した剣を立てかけてベッドに座る。
クライネは背負っているリュックをどうすればいいのか分からず、立ち尽くしている。遂にクライネは物置場の前に前にリュックを置いた。
クライネはそのまま床に座る。そのまま辺りを見渡す。
「確かに整頓されていますね」
「整理はしていないけどな」
「元から物が増えていなければそうですね」
僕はベッドから腰を上げると、裏口から外に出る。
「何をなさるのです?」
「雑草抜き」
僕はぞんざいに言い放ちながら、雑草を抜く。これはこれで焼いたり煮たりすると食べられるので、籠の中に溜めていった。
「この草達はどうするのですか?」
「食う。食料が今家にないから」
「行商人が来なかったのですか?」
「……買えなかったんだよ」
クライネは僕の後ろで腕を組んだ。
「畑に撒く水はどうしているのですか?」
「さっき会った沢まで取りに行っている」
「遠くありません? この村には共同の井戸などはないのですか?」
「あるよ。でも僕が使うのは違う。僕はこの村の嫌われ者だからね。使わない方がいいんだよ」
「成る程」
クライネが顎に触れながら、何かを考えている。
「私はこれでもかなりの魔法の遣い手です」
「ウン?」
「この庭に井戸を作りましょう」
「……ホントに?」
僕がクライネの顔を見ると、彼女はただ一回頷いた。
「……お願い、出来る?」
「分かりました。では、まずは水魔法を使って水脈を探します」
「凄ぇ、魔法ってそんなことできんのか」
僕はお尻を着けない体育座りの状態で、クライネを見守る。
クライネは指先に水の珠を出現させながら、庭を歩いている。
僕は手を振って小さな何かを払う。
「どうかされましたか?」
「いや、何か小さな何かが、何かがいた」
「何かが多いですね。虫ですか?」
「あれなんだけど」
僕が指差す先をクライネも目で追う。
「よ」
僕が素早く腕を振って、その小さな何かを捕まえた。
「何だ、これ」
「……カメラ、ですね」
「何? それ。カメラ?」
「遠くの場所のことを見ることができるものですね」
「そんなことができるものがあるのか。凄いな。で、これどうしよう」
「これの製作者はおそらくユチェ・ポルクスでしょう。一度春蟲祭で見たことがあります」
春蟲祭って何だ? 僕は基本家の敷地内に籠っているため、自国のことでも知らない。
「へぇ、どんな奴なの?」
「ものづくりに命を懸けている方、ですかね。自身の体も改造しているという噂です。その性質上、いい素材や素体になりそうな者を好く傾向にあります。ヴォジュア・オールドウッドを倒せる実力だからこそ、狙われたのでしょう」
「潰していいの? このカメラ」
「よく分かりませんが、いいのでは?」
ブツン――――――。
「カメラ壊されちゃったなぁ。名前を聞き出せなかったけど、どうするかなぁ? またカメラを飛ばすかなぁ」
「あんまりやっていると、相手にキレられるよ」
「でも、いい素材だからなぁ。絶対に会いたいからなぁ。一回死なない程度に壊されちゃうくらいなら許容できちゃいそう」
「心臓に悪いから止めてね」