8.ごちゃごちゃと言うヴァスカンブル
赤銅色の鍛え抜かれた体をわなわなと震わせた。
え、忘れた?
「忘れた、だと?」
「い~~~やぁ⤴? いや、忘れていない!」
「いや、俺様のことが分かんねぇんだろ!? じゃあ忘れたんじゃねぇか! え、忘れたんだろ!?」
「いや、忘れちゃいねぇ! 覚えてねぇだけだ!」
「ウッソだろ!?」
まさか覚えてねぇとは。あんな素晴らしい出会いをしたにもかかわらず、その委細を忘れてしまったというのか!?
「あんなに激しく愛し合ったじゃねぇか!」
「……愛し?」
地面に埋まっていた男が先に反応した。何だ? お前もエルに惹かれている身か?
「拳闘士特有の言い回しだね。強敵と戦う時とか実際に過去に強敵と戦った時とかに使う表現だよ」
「成る程」
隣にいた回復術師の説明によりそいつは納得したようだ。偽りはないので特に訂正も補足もする気がない。
肝心のエルはと言えば、かなり険しい顔をしている。まさか、まだ思い出せていないのか?
「お、俺様はお前に会うためにゴッヅァセンス森林からわざわざ出て、マレットス王国まで行ったってのによぉ」
「フーン?」
「そしたらよぉ、武器の搬入とかで忙しいって追い出されたりよぉ」
「ん?」
「しかもエルはいねぇって言われたからよ。そのまんま調べながら歩いていたら、ここにいるって聞いたんだ!」
「そうか」
なぜかずっと素っ気ないが、俺様の熱は冷めやらぬ状態だ。
「お前に会えると思ってここまではるばる来たんだぜ! エル!」
俺様はエルを情熱的に見つめる。いや、もう睨みつける勢いだ。
エルの険しい顔は、さらに皺が刻まれている。
マジで? これでも思い出せねぇの? エル、本気か?
「じゃあ、もう一回言うわ。お前は誰だ?」
「くそっ!」
ここまではっきりと拒絶されると心が腐りそうだ。
強大な戦闘能力は健全な魂と健全な精神と健全な肉体、この三種が高水準へ至った時に宿ると言われている。一つでも崩れたら弱くなる。
こんな精神攻撃に負けてたまるか。
俺様は右手を胸に置き、左手をエルに差し出して大きく宣言する。
「じゃあ! 今から愛し合おうぜ! 俺様のことを思い出させてやる!」
エルはやはり困ったようにポリポリと頬を掻く。三秒ほどこちらを視ると、回復術師の方を見た。
回復術師の少女はニヤニヤしながら、地面に刺さっていた男を指す。男は自身の後ろで行われているやり取りに気付いていない。
エルは頷くと、男に向かって歩き出した。
何だ? 何をしようとしているんだ?
「私はこいつと愛し合っているから」
「うん? あぁ、うん。そうだな」
「な、が、ぐ?」
変な声が出た。
しかし、愛し合うのに対一である必要はない。兄は4,5人を囲っていたはずだ。
「そりゃあ俺様が諦める理由にならねぇ」
「そりゃそうか」
「俺様を受け入れねぇ理由はねぇはずだ!」
エルは頬をポリポリと掻く。断る理由を考えているのだろう。
まぁ、何が来ても押し通してやる。
「ユーヤ、お前がアイツの立場ならどう口説く?」
「え、愛し合うって話?」
「それ」
男、ユーヤが少し空を見る。
「今から愛し合おう。僕のことを刻み込んでやる、とか?」
「拳闘士、これが違いだ。だから受けない」
「はぁ?」
何だ? 何が違う? 俺様とこいつが。
「お前は思い出させようとしてきた。過去に囚われている。ユーヤは刻み込もうとしてきた。未来を視ている。私は過去を見るより未来を思う方が好きだからな。だから私はユーヤを選ぶ」
「ぐ!?」
マズイ。納得してしまった。ここから挽回するには何をしたらいい?




