1.馬車に乗るユーヤ
僕は大迷宮の創造主フロイドに送ってもらい、大迷宮の外に出ていた。
帰ろう。皆の元へ。
爽やかな朝の空気を吸い込み、気持ちを新たにする。
少し肌寒くも感じる朝の空気に溜息を溶かす。息が白い。
僕は到着時とは趣が違う通りを一人で歩いていた。喧騒も人混みもない大通りはやけに広く感じられる。お店は全部閉まっている。
東の空はすでに明るい。早朝だからか、人はあまりいない。
くぅと腹が鳴った。
「飯食べてねぇや」
体の内側からの音を聞いて、へそのあたりを擦る。何か買おうにもお店が開いていないし、お金もない。
パッと振り返る。今、視られていた? 僕の勘違いか?
「よぉ、ガキンちょじゃねぇか。何だ、帰ってきたのか」
そこにいたのは獅子獣人。どこか見覚えがある。誰だっけ?
「ア? まさかお前、俺様のこと忘れたのか!?」
凄く驚いている。そんなに印象的な出会いだったのか?
「俺様だぞ? まぁいい。俺様の名前はレオン。獅子獣人のレオンだ。チーム鳥獣牙刃のアタッカーをしている。覚えてたか、ガキンちょ」
「……なんとなく」
「凄ェ眉間に皺作んじゃん。絶対覚えてねぇだろ、復唱してみろ、俺様の名前」
「えっと、まぁ、いや、まだ僕達は互いに名前を呼ぶような仲じゃないじゃん。そんな、悪いよ」
「おい! 覚えてねぇじゃねぇかよ」
「朝だから大声出さない方がいいよ」
「うぐ!?」
冷静に突っ込まれた獅子獣人は、その通りだと思ったのか、押し黙った。
「用がないなら僕はもう行くけど」
「大迷宮はもういいのか?」
獅子獣人が少し目を細くする。何かを見極めようとしているのか。
「あぁ、もういい。大迷宮は攻略した」
「はっ。いつでも戻ってきな。大迷宮は常に挑戦者を歓迎している」
負け惜しみだと思われているのか? 訂正する意味は特にないからこのままにしておこう。
僕は馬車の乗り合い場にやってきた。
「兄ちゃん、馬車に乗んのかい? ならこれにサインをして金を支払いな」
「さ、サイン」
僕は学がない。会話はできるが、読み書きは出来ないのだ。サインってあれだろ? 自分の名前を書くことだろう? 無理だ。僕は自分の名前の形すら知らないのだ。再現すらできない。
後、お金もない。
「あん? もしかして兄ちゃん、文字書けねぇのか?」
「……悪かったな」
「悪いなんざ言わねぇよ。俺が代わりに書けばいいしな。それに、こんなところに来る奴のだいたいは文字をかけねぇしな。で、名前は?」
「ユーヤだ」
「ユーヤ、ね。初めて聞く名だ。これでもこの町の住民は全員覚えている。お前は大迷宮挑戦者だな」
「そうだよ」
乗り合い屋の親父がスラスラと文字を書いていく。あの文字配列がユーヤ、か。
「行き先は?」
「行き先?」
「おう。行きたい場所に名前はあるかい?」
「……知らない」
親父の手が止まった。書けることがないのだろう。
「名前、知らないか?」
「名前なんてあんの?」
「どうやってここまで来たんだよ」
「連れがいた」
頭を抱えた。どのような対応をすべきか悩んでいるのだろう。
「おっちゃん。パンカブ行き、お願い」
「あ~、今、こいつの対応していてな」
「こいつは僕の連れさ」
ケイは僕の背中に手を触れながら、親父に次々と指示を出していく。ケイはふざけていながら、決めるところは決めてくれる。
「連れ、見つかってよかったな」
「あぁ、本当に」
親父が荒々しく笑う。僕も笑顔を返しておく。
ケイが背中を押す。馬車へと向かう。
僕は自分の村へと向かう馬車の座席に腰かけた。ケイは何も言わずに隣に座ってくる。
何も言ってこない。
まぁ、何か言われたところで何を返せばいいのか分からないからありがたい。
馬車の中は静か。隣のケイは僕のことを見ずに前を向いていた。表情はニヤニヤ。なぜ?
何も言わないでくれるのは有り難いが、そのニヤニヤはなんだ? 居づらいじゃないか。この馬車内で何をしろというのだ。期待に応えるのは難しい。
「おめでとう」
ケイの言葉に顔ごと逸らす。頬が熱い。しかし、手を当てたとしたら、気にしているように思われる。何となくそれは嫌だ。
焼き肉串の入った袋を持ちながら、ケイはこちらを視てきた。覗き込むような真似はしてこない。
戦闘中に顔が浮かんだのが恥ずかしい。誤魔化すようにケイの袋から焼き肉串をひったくり、齧り付いた。
「あ、奪いやがったな」
取らせておいて何を言っているんだ? 魔眼があれば避けられただろ。




