16.押し付けられたユーヤ
意識の覚醒は水面から顔を出す感覚に似ている。
息苦しい感覚から唐突に解放されて、開いた瞼が世界を認識するまでの僅かな時間。その間だけ、起きているとも眠っているとも違う感覚となる。
洞窟内特有の寒さと湿気。管理の疲れとだるさのせいで体が重いし、動かない。
「う、ん」
少し頭が重い。寝惚けたような声で呻いたが、それが自分の声なのかすら自信が持てない。
視界に膜が張ったかのように世界が見えてこない。何回も瞬きを繰り返し、瞳の膜を取り除いていく。
徐々に世界が見えてくる。
目も耳も鼻も正常になってくる。半覚醒状態だ。
見えている景色は石肌。いまだ僕は洞窟内にいる。これは確実だ。
今、僕はどういう状況なのだろう。立ち歩いて探ってみよう。
ギシ。
「ん?」
体が動かない。これは疲れやだるさが原因ではない。目を擦るために右手を挙げようとし、眉を顰めた。
数十秒後、僕は自分が椅子に座らされ、後ろ手に手錠を嵌められていた。しかもご丁寧なことに、胴はロープで椅子に括りつけられ、ついでに椅子の脚は鋲で地面に固定してある。いや、一体化している。何があっても僕を逃すまいという意図が窺える。
幸いといえるかどうかわからないが、目隠しや猿轡をされていない。
「あ~」
ボーッとしたままの声を出し、僕は立ち上がろうとする。
ギシ。
「んあ」
あぁ、そうだ。今、縛られているんだった。
「あぁ……何これ?」
そういえば何でこんなことになっているんだ?
駄目だ。頭がボーッとしている。あまり思い出せない。
「あら、起きましたね」
登場したのは偽の僕ではなかった。輝くような白色の毛並みと眩しい程の赤色の瞳を持った、美しい兎だ。
兎? なぜこんなところに兎が? というか、この兎、喋った?
兎獣人なのか? いや、あの種族はきちんと二足歩行。この兎はまさしく下級モンスターの兎だ。いや、兎は喋んねぇだろ。
「あぁ、混乱されているようでしたら、別の姿の私を用意いたしますが、いかがいたしましょうか?」
「えっと、そんなことが出来んの?」
「はい」
「じゃあ、人っぽい見た目で」
「では、少女お待ちを~」
どこか話しやすそうな雰囲気になっている。戦いの時にあった殺気や戦意はそこにない。一体どうなっているんだ?
数秒後、現れたのは真っ暗闇の髪と瞳を持った少女。いや、顔にあどけなさがあるだけで、僕よりも身長が高い。もしかして女性と言った方がいいのか?
「これならどうでしょう。話しやすいですか?」
「あぁ、それなりに」
「では、これで参りましょう」
なぜか得意げな顔の少女が近づいてくる。
「私には決めていたことがあります」
広々とした静海の様な声音、何者も吸い込み離さない瞳を向けられた。
マズイ。逃げられない。
向こうの主張が通らない限り、僕が解放されることはない。いや、死による解放なら有り得るのか?
少女はこちらに手を差し伸べてきた。
「私は貴方のような方について行こうと定めていたのです」
目は光も通さぬ真っ暗闇だというのに、異様にキラキラして見えた。真顔のまま。これ、本気で断れないやつだ。
少女は真顔のまま、バチコーンとウインクしてきた。満面の笑みならともかく、真顔でこれは怖い。
「い、意味が解らねぇ。何を言って、というか、何で僕に言っているんだ? この椅子に固定している理由も見えてこないし、何がしたいのかも分かんないし、恐怖しかない。大怪我だったはずが治っているのも不可解だ」
「私は貴方とは良い関係を築きたいと考えております。一つ一つ解決させましょう」
少女は椅子の周りを歩き始めた。
「私は強くなりたいと思ったことがありません。そのため、どうして強くなりたいのか分からないのです。ですから、なぜ強くなりたいと願うのか知りたかったのです。どうして強くなろうと思うのでしょう、と」
僕の周りを一周し、正面に来る頃には、少女の後ろに猫がいた。兎、少女ときて猫だ。もはや何でもありだな。
猫はトコトコとこちらに歩いてくると、僕の膝の上に乗ってきた。
布越しに分かる。フワフワだ。フニフニしてきて気持ちいい。拘束されていなければ、思いっきりモフモフしていただろう。
「アイツ等の元へ帰りたい。素晴らしいことです。それなら私にも分かります。しかし、それなら危険な地へ行かなければいいのではありませんか? そこは疑問が残ります」
「それが先だ。強くなりたいが先。漠然と強くなりたいと考えていて、後付けで理由が添えられただけだ」
「いつから強くなりたい、と?」
「知らん。気付いた頃には願っていたし、体を鍛えていた。それが当たり前だったから、理由を考えたことがなかった」
成る程、と呟きながら少女は周りを歩く。
「純粋だったからこそ、私に勝ちきれなかった。純粋に不純な動機となったからこそ私に届いた。成る程。感動しました。やはり貴方について行くことにしましょう」
少女が僕の前にやってくると、犬や鼠、ハムスターなどがついていた。
え?
兎、少女、猫、犬、鼠、ハムスター、モルモット、ハリネズミ、ヒヨコ、虎、メンダコ。十一種類? 多くない? そんなに分身体があるの? 必要があるのか。どうなっているんだ、大迷宮。
「貴方を椅子で固定している理由ですが、急に暴れ出さないようにです。先程まで争っていたわけですから」
「そりゃそうだな。もし体が自由に動くとしたら、まず間違いなく襲い掛かっていただろうな」
「それと大怪我に関しては、万能薬を使って治しました。私の能力でいくらでも生み出せますので」
「は?」
僕は思わず気の抜けた声が出てしまった。
万能薬とは、その名前の通り、ありとあらゆる怪我病気を治せる薬だ。未知の病に関しても、この薬は効いてしまう。
そのせいで他の薬の開発が遅れていると聞いたことがある。ただし、量産はそこまでできないため、かなり希少で効果だ。具体的には国の予算を超えているとか。
そんなものを生み出した? 僕が気絶している間に? そんな簡単に?
実はこいつ、メッチャ凄いやつなんじゃね?
「私は強くなる理由を聞いた初めての相手の、その夢の果てを見届けることを決めていました」
「うわ、嫌な予感しかないぞ。だってこの流れ見たことあるもん」
少女はこちらに手を差し伸べてきた。
「私を連れて行ってください」
「ほら、やっぱりそうだ。嫌だよ。もういっぱいいるもん。エルフ、吸血鬼、龍人、魔眼、人間、人間。ほらもう六人いる」
「そうですか」
あれ、引いた? 意外と話が通じるか?
よし、このまま押していけば断れそうだ。
少女は顎に皺を集め、眉根を寄せ、何かを考えている。
「ほら、あんまり相手が多すぎると、僕対応できないからさ」
「そうですね。ではこれを持たせましょう」
渡されたのはバングルだった。銀色をしており、棘を生やしている。中央部は四本爪が宝石を掴んでいた。
「え、嫌なんだけど」
少女は腕につけようとしていたが、動きを止め背を伸ばした。
少女は自身のことを指差す。
「勝者」
僕のことを指差す。
「敗者」
あぁ、命令ということか。仕方ない。貰うしかない。
「……貰うよ」
「では、家に着いたら魔力を流してください」
バングルが左手首に付けられる。
「僕、魔力使えないぞ」
「え、使えてましたよ?」




