7.押し切られるユーヤ
「何の用だ?」
僕はシャツを手に持ちながら、叢から現れたエルフを睨む。
今から足元にある、刃を潰した剣を拾おうとすれば、その前に攻撃されてしまうだろう。相手の動きを見てからでなければ、狙い撃ちされてしまう。
さぁ、どう動く?
僕が睨む先で、エルフが木剣をこちらに見せてきた。これから攻撃するぞ、という合図だろうか。もうそうなったら、まずは横に跳んで攻撃を躱し、こちらを狙っている隙に刃を潰してある剣を拾って、池の中に飛び込む。そのまま行方をくらまし、逃げ切ってみせる。
目の前のエルフは木剣を手放した。
「は?」
「私は貴方の敵ではない」
このエルフは何を言っているのだろうか? 僕は初めて会うわけではない。いや、互いに知っているだけで、顔を見せ合ったわけではない。
このエルフは僕が巨木モンスターと戦っているときに、後ろから覗き見ていた奴だ。今更僕に何の用だというのだ。
「私は貴方に救われた。その恩を返したい」
「いらない。アンタが何をしようとしているのかは知らないけど、僕は強さを求めるのに必死なんだ。悪いけど、邪魔をしないでくれ」
鋭い眼光で告げると、エルフは口を閉じた。エルフが何を考えているのかは何も分からない。しかし、ここに留まっていると、面倒ごとに発展するのは予想できた。
僕はシャツとズボンを着ると、即座に立ち去ろうとする。
「お待ちを」
やはり止められた。
「僕の方に話したいことはない」
「もし、強くなりたいのであれば、私の協力は必須レベルではないですか?」
「……どういうことだ?」
「ただ強くなりたいだけであれば、家事は必要ないのでは? その時間を修行に充てることが可能となります」
「断る」
「え」
自分の案が即答で断られると思っていなかったのか、エルフは呆けた顔をしてしまった。
「僕は家事をしているときに、修業や戦闘の反省をしているんだ。僕は家事をしたいんだよ」
「な、成程。では、そうですね。……私が修業相手になりましょう」
「……巨木モンスターに負けていなかったか?」
「うぐ」
純粋な疑問をぶつけると、エルフは言葉が発せなくなった。やはり負けていたんだな。
このエルフがどれくらい強いのかが分からない。巨木モンスターに近い実力だったのか、手も足もできなかった。それによって修業相手になるかどうかが決めなければならない。
待てよ。僕の戦ったあの巨木のモンスターに負けたのだとしたら、あれはあまり消耗していなかった。ということはこのエルフは手も足も出なかった側。修業相手にはならない!
「修業相手にならないだろ」
「うぐ」
言葉に詰まった。
エルフは顔を背けてぶつくさと何かを言っている。どうしても僕と一緒にいたいのか。
「分かりました。これで最後です」
「ほぉ、最後」
「これが駄目なら私はもう諦めましょう」
「よし分かった」
僕は真面目に話を聞くべく向き直った。
「私は貴方にお礼がしたい」
「うん」
「共に住んでお礼がしたい」
「う、うん?」
「私をここで追い返すと、この森にいづらくなりますよ」
「何?」
まさか、これは脅しか?
「私は、この森ではそこそこの身分でして、顔がきくんですよ。女性一人。しかも、知り合い。誰が捨てたんだ。あそこの男の子だ。何てことをしてくれたんだ。この森に入れてやんねぇぞ、と」
「脅しか、脅しだな」
僕は腰を落として、刃の潰した剣を拾った。
「それで、どうされます?」
脅しだ。これは間違いなく脅しだ。学のない僕でも分かる。
僕は狩猟や強敵の邂逅以外に、草枝を拾ってお金に換えることもしている。森に入れないのは困る。
「ぐぬぬ」
「どう、されますか?」
ズイ、と圧が強くなる。
僕は観念したように力を抜いた。
「仕方ない。分かったよ。受け入れるよ」
「よし」
エルフは真顔のまま握り拳を取った。
「僕はユーヤ。アンタは?」
「私はクライネです。以降、よろしくお願いいたします」
僕はクライネと握手をした。